気付けば放課後になっていた。
自分の席の斜め後の席は相変わらず空席だったが、先生はそれに困った様子も無く。寧ろ居なくて当然のように授業を進めていた。
それは昨日までいつもの光景だったのだが、何故だか胸の中がもやもやして少し寂しい気持ちになった。

「リンちゃん、帰ろう!」

そんな事を考えながら帰る支度をしていれば、とんっ。と肩を叩かれた。
振り返れば案の定ミクで。リンはぎこちない笑顔で大きく頷いた。
学校の登校はいつもミクオと二人きりなのだが、下校はミクも含めた三人でいつも帰っている。なんでもミクオがリンと付き合う時にミクが、帰りだけでも一緒に帰らせなさい。と後から条件を付けたらしい。
リンはその理由は分からないが、彼女が居れば少なくとも痛い事はされないし、人数が多い方が楽しいのでその理由はあまり気にならなかった。
そんな事を考えていれば、ミクオも帰る支度ができたのか、リンの隣に来て小さく微笑む。
リンはそれに応えながらも、そういえば彼は今も屋上に居るのだろうか、という言葉が浮かび小さく首を振った。

他愛のない会話を繰り返し校門を抜ければ、通り過ぎる風に目を向けてふと校舎の屋上を見上げる。するとそこに黄色い髪の彼が目に入った。はっきりと見えたわけではないが、自分と同じ髪色はとても目立つので直ぐに彼だと分かった。
リンは微かに顔を綻ばせ、前を向き直る。
すると突然ミクが心配そうな視線をこちらに向けて、リンの頬に触れた。朝、ミクオに叩かれたその頬はもう赤くはないけれど、今まで心配だったのを我慢していたのか、ミクは悲しそうに眉を歪ませた。
リンはそんなミクに大丈夫だと、困ったような苦しいような笑みを浮かべる。そんなリンを見てか、ミクオは悲しそうに目を伏せる。
ミクにはミクオに殴られたり蹴られたりしている事は言っていない。全て自分が悪いのだと思っているし、何より彼女に心配を掛けさせるのだけは嫌だったのだ。
そんなリンの気持ちを知ってか知らずか、この重くなった空気を変えるようにミクは笑顔で別の話題を持ち出した。言いたくない事を無理に聞いたりせず明るい場を作ってくれる、そんな彼女の優しさに今まで助けられてきた。そして今も。
リンは心の中で感謝しながらも、彼女の話に耳を傾ける。

「そういえばリンちゃん、朝屋上に居たでしょ?」
「……っえ」
「僕、リンちゃんが屋上に上って行くの見ちゃったんだよ」
「…リン、それ本当なの?」

突然空気が凍り付いた。
ミクオには保健室に行くと伝えて、実際には屋上に足が動いてしまった事であろう。思わず足を止めて、息をするのを忘れてしまう。
周りの声や光がモノクロと化し、上手く脳内で情報を整理できない。
最初は本当に保健室に行くつもりだったのだ。何も疚しい事なんて無い。
しかし彼はどう思うだろうか、彼から見たらどう見えるのだろうか。"嘘を吐いた"と、きっとそう捉えてしまうのではないか。
リンは恐る恐る顔を上げ、ミクオの顔を窺う。するとそこには困ったような心配そうな顔をする彼が居て。
今日の朝のように怒っている訳では無いらしく、驚くのと同時に一気に肩の力が緩む。震えていた体も震えを忘れ、周りの声や光も色を取り戻した。
心配そうに小首を傾げる二人に、慌てて謝る。一人で焦っていた自分がとてつもなく恥ずかしい。
そんなリンを見て二人は互いに目と目を合わせ、くすりと微笑んだ。
いつも彼の顔色を窺って、一人でびくびくと怯えて。これは自分の悪い癖だ。
別れを切り出す気持ちも勇気も無い癖に、嫌われたくない気持ちは一人前に存在している。
少し顔を俯けて自己嫌悪に浸る。そんなリンの手を、ミクは優しく包み込み明るく微笑んだ。彼女の笑顔は本当に綺麗で、綺麗で。自分のぎこちない笑みとは大違いだ。

三人は再び帰路を歩きだし、他愛のない会話を繰り返す。
ミクが話題を持ち出して盛り上げて、ミクオが悪態を付く。そしてリンはそんな会話を頷いたり、返答したり。それがいつも。
自分から話題を持ち出そうとは思うのだがその話題が思い付かず、また思い付いてもつまらないと思われるのが嫌で、あまり自分から話しかけた事はない。
それなのに、朝の教室と屋上で会ったあの少年と話した時は、なぜだか心の奥底にあるストッパーが消えてしまったように会話をする事に不安なんてものは生まれなかった。
その理由は分からないが、また話したいという気持ちは直ぐに理解出来た。
そういえば鏡音く…レン君は自分と同じアーティストとその曲が好きだったな。なんて言葉を片隅に、今度CDを買って彼とその事で話をしたいな。と、空を眺めた。

「……リンちゃん?」
「…っえ?」
「大丈夫?ぼーっとしてるけど」

気付けば二人といつも別れている交差点に着いていた。
ずっと彼の事を考えていたので、二人の会話なんて耳に入っていなくて。決して二人と会話するのが嫌とか、二人の会話がつまらない訳ではない。ただ自分でも分からないうちに彼の事を考えていた。
リンは慌てて手を左右に振り、大丈夫だという事と謝罪の言葉を繰り返すのと同時にミクオの顔を窺う。彼は少し不満気に口を尖らせながらも心配しているのか、リンの頭を数回撫でてその右手をズボンのポケットへと突っ込んだ。
そして"また明日"と三人で言い合って、二人に背を向けて家へと歩き出した。
彼の不満そうな顔が気になったがリンは頭を左右に振り、二人が見えなくなった後CDを買うために家へと続く帰路を引き返した。




自分の安心できる居場所を探して




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ちょっとレンの事が気になりはじめました。






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