まさか屋上に人が居るとは思わなかったが、この何とも言えない悲しみと苦しみの感情を彼のおかげで紛らわす事ができた。
この赤く腫れてしまった頬を、まるで自分のように心配してくれる。そんな彼の優しさがとても温かい。
彼は優しい心を持っている。不良だなんて、彼にはそんな言葉は似合わない気がする。
そんな事を頭の片隅に感じながら、彼の笑みに再びつられて微笑んでいれば。
彼は思い付いたように、ニッと笑みを浮かべた。

「俺さ、あんたの事リンって呼ぶからさ。あんたも俺の事レンって呼べよ」
「…えっ?」
「あ、嫌だったか?でもさ、名字が同じって紛らわしいだろ?」

レンは後のフェンスにもたれ掛りながら、リンの顔を窺うように小さく小首を傾げる。
そんな彼を見つめながらも、リンは彼の言葉に同感する。
確かに同じ名字を言い合っていれば何かと混乱してしまうと思う。しかしリンはそれに素直に頷く事が出来なかった。
理由は彼氏に他の男の子の事を名前で呼んでいる事を知られる事が恐ろしいから。
じんじんと痛むこの傷が、どうしても拒んでしまう。
それでもリンは彼の言葉に小さく頷き、君付けで良いなら。と儚げに微笑んだ。
そしてそれと同じタイミングでチャイムの鐘が鳴る。
その音にリンは目をに開き、慌てて立ち上がった。そんなリンとは正反対に慌てる様子もなくフェンスにもたれ掛かり座っているレンに、リンはくるりと踵を返す。
そしてレンの目の前で立ち、彼の腕を握り授業に出る事を促す。彼は驚いた様子だったが、一向に立ちあがろうとする様子は無い。

「れ、レン君っ。授業は出ないんですか?」
「出るわけないじゃん」

まるであたりまえだと言うように目を丸くする彼に、何故か慌てている自分の方が可笑しいのではないかと不安になってくる。
それでもリンは頑なにレンに授業に出るように促すが、どうせもう遅刻だろ。という彼の言葉に、はっとした。
こんな事をしている間にも授業は進んでいくのだ。それに彼にとっては迷惑だったのかもしれないと思い、掴んでいた彼の腕を慌てて放せば。
彼に迷惑な事を必死になっていた事に対し、何だか恥ずかしくなってきて。
リンは一度お辞儀をして、ごめんなさい。と付けたし、穴があったら入りたい気持ちを隠す様に踵を返しその場から駈け出した。
するとレンは慌てたように立ち上がり、離れて行くリンに聞こえるように少し大きな声で"俺はここに居る事が多いから、また来いよな"と、はにかんだ。
リンは顔だけ振り返り彼の笑顔を見れば、その言葉がなんだかとても温かくてとても嬉しくて。
じわじわと込み上げてくる歓喜に、ここに来た時とは違い、自然と笑みが零れた。
そしてくるりと顔を戻し、軽い足取りで階段を駆け下りて行った。

教室に着けば勿論大幅に遅刻しており、案の定先生に注意をされた。しかしそこまでは怒られなかったので、一安心。
少し腫れた頬は隠す事は出来なかったけれど、それでも授業だけは出たかった。席に着けば、自分の席から斜め後のレンとは逆側の窓側の席からの視線が痛かったが、必死で平常心を保つように小さく深呼吸する。
そして、既に黒板にびっしりと書かれた文字列を写すため、シャーペンをノートへと滑らせた。
かりかりという一定のリズムで、書き進んでいく。漸く書き終えそうだと思えば、先生はどんどん黒板に文字列を付けたしていく。
先生の言葉に耳を傾ける暇などなく、気付いたら授業の終わりを告げる鐘が鳴り響いていた。
休み時間に入り、漸く写し終えた文字列に安堵の溜息が出てきた。
そしてふと顔を上げれば、綺麗な緑色の髪が目に入った。それは本当に綺麗で、思わず魅入ってしまう程。

「リンちゃん、おはよ」
「ミクちゃん…!おはよう」

にっこりと微笑む彼女は正に天使の微笑み。彼女は初音ミク。この学校のアイドル的存在であり、リンとは中学からの親友でもある。
また、ミクとミクオは従兄妹だ。中学は別々の学校だったのだが、偶然にも高校は同じで。
彼女はリンとミクオが付き合っている事は知っており、付き合い始めた当初はとても悔しそうな顔をしながらも、おめでとうと言ってくれた。
そんな彼女はリンの先程まで必死に写していたノートを見るなり、拗ねたように唇を尖らせた。

「また、クオの為にノート写してるの?」
「うん。クオちゃんって、いつも面倒だからって何もしないでしょ?それに…その、クオちゃんの喜んだ顔を見ていたいから…」
「……羨ましい」
「え?」
「あ、ううん。何でもないよ!…あ、それより昨日貸したCDどうだった?」

リンは聞き取れなかった彼女の言葉が気になったが、逸らされた話題に聞きそびれ。リンはそのCDを鞄の中から取り出しながら、とても満足した事を伝えた。
ミクとそのCDについて話しながらも、先程写し終えたノートを机の中へと閉まっていく。
リンはミクオの笑顔を見るのが好きだった。それでも本当に愛しているのかと問えられれば、潔く頷く事は出来ない。
自分は卑怯なのだ。
心の底から好きでもないのに、彼の好意に軽々と承諾して。だからこの痛みは酬いなのだと思う。
それでも彼には自分とは違いずっと笑っていて欲しいから、今日も私は彼に好意を見せる。




心に偽りの鎖を縛ったのは誰




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華麗にミクの初登場。
僕っ子設定が生かせれていない…だと!?





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