(レン視点)

空を見上げれば、薄い雲の掛った青が広がっており、ここが世界の中心じゃないのかと一瞬疑ってしまう程。
この広大な空の下に居れば嫌な事なんて全て忘れてしまえるような気分になれる。
だから、この空に近付ける屋上が学校内では一番好きだった。
薄く目を閉じて静かな空を堪能する。
朝早くからの呼び出しは予想通り、名前も知らない先輩。何でもレンが調子に乗りすぎたらしい。
ただそれだけの理由で呼び出さないで欲しい。しかも朝早くから。
なので直ぐに殴って蹴って。人数の差なんて関係ない程、圧倒的な強さで蹴散らしてやれば彼らは何処かの漫画で聞いた事のある三下の言うような捨て台詞を吐いて走って行った。
意外と早く終わったので、学校で唯一好きな場所である屋上へ足を運び、今に至るのだ。

青空を堪能していれば、ふと朝早くに教室で話した少女を思い出した。
彼女はクラスメイトだが、教室には殆ど顔を出さないので初めて話をした。初めは話しかけるつもりは無かったのだが、自分の前を横切る彼女にどきんと、胸が高鳴ってしまい。
これは何だと思っていれば、いつの間にか話しかけていた。
彼女はぎこちなく返事をしてくれて、それだけで自然と笑顔が零れた。
その事に自分でも驚いた。家では自分に興味のない両親、学校では自分に恐れを抱くクラスメイト。
全く笑える要素なんてなくて、いつしかどうやって笑えば良いのか忘れてしまっていた。
それなのに彼女は簡単に自分に笑顔を思い出させてくれた。そして、その後。
彼女はふんわりと笑みを浮かべ。
初恋だった。遅すぎるかもしれないが、今まで喧嘩ばかりで女の子と接した事が無かったので、これが本当の初恋。
あの笑顔をもっと見たいな、と青空を眺めていれば。

バタン!と大きな音を立てて屋上の扉が開いた。その音に驚き、小さく肩を震わせる。
ばたばたと勢いよく走り、フェンスにもたれ掛り儚くもぽろぽろと涙を流す。
その彼女を見て驚いた。彼女は、あの教室で話をした女の子ではないか。
彼女は声を押し殺し、小さな嗚咽を漏らしながら肩を震わせている。その震える姿がとても小さくて。
レンは思わず彼女の方へと足を進めた。
彼女はレンの存在に気付いていなのか、零れる涙を拭う事もせず泣いている。
その体を抱き締められるのならば直ぐにでもそうしたいのだが、生憎そんな勇気など持ち合わせていない。
レンはそっと彼女の隣に座れば、漸くこちらの存在に気付いた彼女の頭に手を置いた。
すると彼女は反射的にこちらに顔を向け、はらはらと零れる涙が頬を伝い落ちる。その頬を見て思わず目を見開けた。

「どうしたんだ、その顔…」
「え、…あっ。いえ、これは…なんでも、ないんです」
「なんでもないであんな短時間に腫れる訳ねーだろ!」
「ひっ、…ご、めんなさい」
「あ、いや。そうじゃなくて…」

朝会った時と違い、真っ赤に腫れあがってしまったその頬に、思わず声を荒げてしまった。
大丈夫だと儚げに微笑む彼女の姿に、大丈夫では無いことは一目瞭然で。
それでも誰にも知られたくないという彼女の気持ちも直ぐに理解できた。それでも眉間に皺が入り、彼女に強く当たってしまう。
怖がらせるつもりは無かったのだが、この腫れ具合は確実に人に殴られたか叩かれた時に出来るものだ。彼女に手を上げた奴が居るという事に、何とも言えない怒りがじわじわと腹の中から湧き出てくる。
それでも彼女に八つ当たりしては元の子もないので、必死で怒りを抑えようと溜息を吐きながら額に手を置いて自分を落ち着かせる。
すると彼女は泣く事を止めてレンをじっと見つめる。
どうしたのかと思えば、彼女は素早く自分の涙を服の袖で拭い。慌てたようにポケットから絆創膏を取りだした。

「鏡音君、けっ怪我してます!」

え、と声も上げる暇もなく彼女はレンの腕を取る。彼女の柔らかな掌が優しく、再び高鳴る胸の鼓動。
彼女を直に見る事が出来なくて、顔を空へと移し平常心を保とうと必死に目を泳がす。
彼女はその間に、レンの血が滲んだ拳に絆創膏を貼り付けた。
その絆創膏を見れば可愛らしい黄色と白のドットがプリントされたものだった。
その可愛らしい絆創膏が彼女に合っていて、自分に合わなくて。それがなんだか可笑しかった。
思わず吹き出して笑えば、彼女は顔を真っ赤にさせて、その絆創膏しかなかったのだと弁解の言葉を繰り返す。
自分を怖がらず、対等に接してくれる人は今まで親友であるミクオしか居なかったので。
今のこの瞬間が何故かくすぐったくて、嬉しかった。
ありがとう、と彼女の頭をぽんぽんと軽く叩いてやれば、それに比例するかのように彼女は柔らかく微笑んだ。

その笑顔に何故かは分からないが心が晴れやかになる、そんな気がしていたら。そういえば彼女の名前をまだ知らない事に気が付いた。
同じクラスの人間の名前を知らないなんて可笑しいかもしれないが、今までこんな風に接してくれる人が居るだなんて知らなかったのだから仕方がない。
レンは、あー、あー。と恥ずかしさを紛らわすように、わざとらしく頭を掻きながら目線を泳がせる。

「なぁ、あんたの名前教えてくんない?」
「…え?あ、はい。鏡音リンっていいます」
「え、名字一緒じゃねーか」
「あ、ほんとだ…!偶然ってあるんですね」

彼女の名前を聞いて驚いた。まさか一文字違いだとは思わなかったから。
それでも先程からレンの事を鏡音君といっていた彼女も、今気付いたように声を上げるものだから。
それが可笑しくて、可愛くて。
先程の儚げな彼女の涙の意味を知りたかったが、何も言いたくないという彼女から無理に聞く事も出来ない。
それでも、本当に自分は彼女の事を好きになっていたんだな、と。再び笑みを零した。




それは儚げに微笑んだのです




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レン視点。
レンはリンにべた惚れなんです。




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