いつからだろう、笑顔が引き攣るようになったのは。
クラスメイト、先生、親友、親の前でさえ上手く自然に笑えなくなっていた。
別に学校でいじめられているとか、家庭内の複雑な事情がある訳でもない。
理由は分かっているけれど分からないフリをして、今日もまた頑張って笑顔を浮かべるのだろう。
いつか自然に笑顔が浮かべれる日を望みながら。

窓を開けて朝日を体いっぱいに浴び、少し瞑想する。
彼女は鏡音リン。平凡な家庭に育った、少し控え目な性格の女子高校生。
金髪のその目立った髪は地毛であり決して染めた訳ではないが、入学当初は教師に目を付けられた事もある。それでも黒染めをしようと思わなかったのは、自分の好きな向日葵と同じ色だから。
小さい頃、夏休みになればよく向日葵の咲く花畑へと行った覚えがある。
あの時は本当に素直に笑顔が零れたものだ。
リンは、懐かしいな。と思い出に浸りながらもそっと目を開けて、着替えの為窓を閉じた。
パジャマを脱げば、肌に少し布が擦れてチクリと痛みが走った。
焼け付くような痛みと、生々しい青痣。それを隠すように制服を纏えば、小さな溜息。
そして朝食も取らずに、鞄を持って勢いよく玄関から飛び出した。
眩しいほどの良い天気に目を凝らせば、玄関口で立っていた人物に気が付いた。
彼はリンが家から出てきた事に気付けば、笑顔で手を軽く上げる。
緑色の短髪に爽やかな笑顔がとても綺麗。彼は初音ミクオ。リンの彼氏だ。
ミクオとは高校に入学した初めの頃に彼から告白されて、その告白に応えて今に至っている。
彼は本当に優しくて、大事にしてくれていると実感できる程。
それでもリンが笑顔になる事が苦に感じるようになったのも、その頃だった。

他愛のない会話を繰り返し、二人は学校へと続く道を歩いていく。
いつもより少し早めに家を出たので、まだ登校する生徒達の人数は少ないのが分かる。
会話に一段落が付いたのか、ぴたりと会話が止まる。すると、彼がそっと手を差し伸べてきた。
リンは戸惑いながらも、その手にそっと自分の手を重ねる。
すると彼はにこりと微笑んだ。リンも笑みを向けようとすれば、ちくりと腕の傷が痛み。
小さく眉を顰めれば、ミクオは気付いたのか不安そうに顔を歪めた。

「リン、痛む?」
「…ううん、大丈夫だよ」
「ごめん。でも、リン。愛してるよ」
「……うん、ありがとう」

ぎゅっと握る彼の手が微かに震えている事にリンは小さく眼を伏せた。
そして彼に少し引っ張られるように歩いて行く。
ちくり、ちくりと痛む体と心に、どうすればいいのか分からなかった。

学校に着けば、ミクオは生徒会の仕事があるらしく直ぐに走って生徒会室へと向かって行った。
自分の下駄箱の前で彼の走っていく背中を眺めながら、そっと笑顔を止める。
そして下駄箱から自分の上履きを取り、履き替える。少ししゃがみ込み踵からきちんと履けば、まだ誰も来ていないであろう教室へと歩いて行く。
本当はもう少し遅く来たかったのだが、彼が早く来なければいけないのだから仕方がない。リンは小さく溜息を吐きながら、進んでいく廊下の窓の外をそっと眺めた。
綺麗な青が広がるその空に再び溜息が込み上げてくる。それから直ぐに視線を外し、いつの間にか着いていた教室の扉をそっと開けた。
まだ早いのか日中とは大違いの静かな教室。小刻みに刻む時計の針の音が響く。
やっぱりまだ誰も来ていないな、と思っていたら。自分の席の斜め後の席に人影が見えた。
いつもその席は殆ど空席なのに、今日はそのいつもとは違うようだった。

それでもリンは、今机にうつ伏せになって寝ている彼とは話した事も無かったし、自分とは世界が違う人だと思っているので何も話しかけず、そのまま自分の席へと進んで行く。
彼は耳にイヤホンをしているらしく、そこから音が微かに漏れていた。
その曲はリンも好きなアーティストだったので直ぐに分かった。何せ、昨日そのアーティストのCDを親友から借りて、今日返す為に持ってきているのだ。
しかしリンは何も言わずそのまま通り過ぎて、自分の席へと鞄を置いて腰を下ろす。その鞄の中から今日の授業で使う教科書とノート類を机の中にしまう為に一旦取りだしていると、机にうつ伏せになったままの彼が肩耳からイヤホンを取り、声を掛けてきた。

「あれ、あんた早いね」
「…あ、えと…。お、はようございます」
「ん、はよ。…あ、それあんたも好きなの?」
「え?…あ、えと…。は、はい」

まさか話しかけらるとは思っていなかったので驚いて上手く言葉が出て来なかった。それでも彼が、リンの鞄から見えた親友に借りたCDの事を言っているのだと気付き、声が裏返りながらもぎこちなく頷く。
すると彼は嬉しそうにはにかんだ。
再び驚いた。彼は鏡音レンといい、遅刻常習犯でありサボり魔に喧嘩も絶えない所謂世間でいうところの不良という部類の人間だ。失礼だとは思うが、そんな彼がこんなにも自分よりも綺麗に笑うものだから。
なぜか自分もそれに釣られていつの間にか微笑んでいた。
笑うって、こんなにも簡単だったっけ。その疑問が小さく頭の中で渦巻いていった。




笑顔を忘れた少女と少年の物語



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本格的に長編を初めてみました。
最後まで終わらせる事を目標に頑張ります。





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