苦しい、苦しいんだ。彼女の姿が瞳に触れるだけで、こんなにも胸の内が膨らんでいく。見ているだけで幸せなんて、そんなの嘘だ。少なくとも自分には、この痛い程の感情を抑える事なんてできない。周りからの一歩引いたような視線なんて気にしない、彼女の笑顔が最大の原動力なのだから。 「というわけで、一緒に帰ろう!」 一面に花が咲いた、そんな空目をしてしまう程の、満面の笑顔を彼女へと贈った。ここは言うまでもなく教室で、授業の終わりを告げるチャイムが鳴り止む頃合いを見計らって、彼女の席の前に飛んできたのだ。毎度の事ながら、あまりの早さに瞬きを繰り返すリンに、胸が締め付けられる。 これは純粋なる初めての恋だった。レンは生まれてきてからこの十四年間の間、恋なんて言葉とはかけ離れた生活を送ってきた。と言っても、それほど大それた事ではない。告白も何度かされたし、気になる子もいた。しかしそれが全て胸の内を焦がすような恋に発展した試しがない、ただそれだけのだ。恋の仕方なんて分からないし、表現の仕方も分からない。それ故に自分の気持ちに素直になって、一目見た瞬間に奪われてしまった心の赴くままに行動する。 そんなレンに対し、リンはゆっくりと目を細め、くすくすと笑みを零した。そのお淑やかな微笑みが、レンには花畑に咲くどんな花よりも、可憐な一輪の華に見えて。天使だ、という言葉を無意識の内に呟いていた。レンの行動に慣れてしまった教室内は、放課後という事もあって煩く賑わっている。それにも関わらず、彼女のほくそ笑む声は一瞬たりとも聞き逃す事は無く。寧ろそれをボイスレコーダーで記録して、イヤホンで四六時中聴いていたい程だ。それ程までに彼女のか細い美声は、天然記念物並の価値があるし、どんなに疲れた時でも、一秒も経たない内に疲れが吹き飛ぶ程の癒やし効果を与えてくれる。 隠しきれない顔の緩みをそのままに、レンはそっとリンの両手を包み込んだ。すると、レン君は面白いね、なんて再び笑みを見せるものだから、脳内で何度も鼻を抑えながら机をバンバンと叩いて悶絶する。隣の席であるミクからの、一歩引いたような視線は気にしないでおこう。 「うん、いいよ。一緒に帰ろう」 一緒に帰らないかという問いに、躊躇いながらも強く頷いた彼女の回答を理解した今、正に脳内はお祭り騒ぎである。ブレイクダンスを行いながら服を脱ぎ捨て、そのまま教室内を駆け回る程の激しい喜びを、頭の中で表現する。リンの両手を包み込んだまま感謝の言葉を紡げば、ぎゅっと小さく力を込めた。もちろん、そのすべすべな肌をさする事も忘れずに。 リンの肌は、なんて触り心地が良いんだろうかと感動に浸っていれば。彼女は浮かべる笑みをそのままに、少々眉をハの字に歪ませている事に気付いた。その小さな変化にも直ぐに気付いたレンが小首を傾げれば、彼女は少し慌てたように目を迷わせた。 「レン君、嬉しいんだよ? 嬉しいんだけどね、これじゃ帰れないよ」 困ったような申し訳なさそうな笑みで紡がれる言葉に、一瞬くらっと目眩がした。火照っていく頬は急には冷めてくれず、さすっていた彼女の手を名残惜しそうに離せば。離した筈の片方の手を徐に掴まれ、はっと彼女の顔と触れた手を数回見比べる。 リンの手はレンより少し冷たくて、それでも重なった部分から熱を分かち合うように馴染んでいく。興奮で胃の中が逆流してしまいそう。極度の緊張と興奮に息が荒れて、じわじわと滲み出るかのように頬が緩む。これって脈ありなんじゃないのか、そう思った回数は数知れない。 そんなレンの下心なんて微塵も知らない彼女は、笑みを浮かべたまま同意を求めるかのように髪を揺らせた。 「片手なら繋いでいても帰れるね」 ああもう、彼女は本当に狡い。彼女の言葉や行動一つで、こんなにも心動かされるなんて。 「お前ら見ていて、こっちが恥ずかしいわ!」 だんだんと思考がおかしくなっていくのを阻止するかのように、盛大なツッコミが轟いたのはその直後だった。 叫んだのは、隣の席で頭を抱えているミク。いつもは溜め息一つで終わらすのだが、そんな彼女が思わず叫んでしまう程、どうやら空気が甘くなっていたらしい。恥ずかしそうに慌てるリンの、掴んだままの手を引っ張れば、そのまま逃げ出すように教室から駆け出した。 彼女を四六時中後ろから見守るだけでも幸せだが、たまにはこういう志向も悪くはない。寧ろロマン溢れて、こっちの方がシチュエーション的には有りかもしれない。 走り際に後でパンツを見せてくれないかとダメ元でお願いすれば、彼女は恥ずかしそうにまだ新しいの買ってないからごめんねと囁いた。どんな新しいパンツ買ったのかという意味で聞いた訳ではないのだが、彼女が可愛すぎるので、パンツを見る見ない云々についてはどうでも良くなった。 それは可憐な華の香り -------------------------------------------------- 由宇、誕生日おめでとう!! 遅くなって申し訳ないです。リクエストは『犯罪臭漂う変態なレンくんと純粋リンちゃんの話』でしたが、変態成分が少なすぎてしまいました。 変態ナメてた、変態の行動予測ができない…だと!? しかし書いていて楽しかったです^^ |