昔読んだ絵本の中で一番印象に残っているものは、何だっただろうか。確か可愛い赤頭巾を被った女の子が登場する、童話だったような気がする。特に理由なんてものは無いが、幼い頃の自分はその話を強く脳内に留めていたようだ。 それでも僕は狼と赤ずきんが恋をする、そんな展開を期待している。 恋に色がつき始めたのは、たぶん中学に上がってからだと思う。確証は無い、実際に好きになった瞬間なんて自分では自覚できないのだと知っているから。一目惚れだってそうだ、一目見てその人の事を強く脳内に印象を焼き付け、好みかそうでないかを瞬間的に把握した上で好きだと錯覚する。実際の脳内のメカニズムなんて詳しくは知らないので、それが正しいのか正しくないのかは分からないが、一つの考えとしては有りだと思っている。 話がズレてしまったが、つまり自分はある人物に恋をしているのだ。そしてその無意識の内に落ちてしまった恋に、打開策すら閃かずに生きてきて三年の時が過ぎてしまった。幸い想い人に恋人は出来ていないが、それもいつまでキープできるか分からない。彼女は人気があるのだ。自分の知っている範囲では、五人は確実に彼女に好意を向けている。まぁ、その中に自分も含まれているのだが。 クラスは同じ、仲の良さも他の五人には負けていない。それでも一番不利な状態に立たされている事は、生まれたその時から変わる事がない。 ──なんで、なんでリンと姉弟なんだよ。 空から落ちてくる白い氷粒は、冷たい空気を更に冷たくする。白く濁る息が寂しく空気中に消えていき、溜め息さえも凍り付いてしまいそう。絶望に似たその強い感情は、今までずっと表に出す事なく胸の内に潜ませたまま過ごしてきた。それが正しかったのか否かは分からないが、ただならぬ息苦しさが強く胸を締め付けていく事だけは分かる。近すぎる故に触れる事を許されない。家族という暖かみのある団欒の中にいる筈なのに、その残酷な世間体が彼女への想いを殺していく。 もしも自分の素直な気持ちを打ち明けたら、両親は猛反発して否定の言葉を浴びさせてくる事は考えなくても分かっていたし、彼女もきっと嫌な目を浮かばせるであろう。実際に行動へと移してはいないが、なぜかそれだけは無意識の内に理解していた。きっと理解しないままこの感情を素直に表に出していれば、きっとこんなにも辛くはなかったであろう。しかしそれと同じ程の苦しみは伴っていたと思う。なのでどれが正しいのか分からずもがき続け、進展の無い無意味な時間だけが規則的に流れていった。 踏みしめる地面に雪が降りかかり、その度に自分の想い人が隣で嬉しそうに声を上げた。その表情を見ただけで先ほどまでの憂鬱が嘘のように胸の内が暖かくなる、そんな事がある筈もなく。確かに一瞬は幸せにな気持ちになるのだが、その瞬間に目に入ってしまうのだ、天使のような笑みではしゃいでいるリンに向けられた幾つもの視線を。 学校への登校中故に、まだまだ続く通学路。その間に浴びる彼女への視線は、何度見ても良い気はしない。せめて手を繋ぐ事ができれば少しは違うのかもしれないが、それをする勇気も度胸もなくて。姉弟という言葉が無意識の内に、そのような行動に制限を掛けてしまう。 レンは込み上げる溜め息を素直に吐き出し、今日もまたいつもと同じように憂鬱な日々を過ごすんだろうな、と決まっている未来を悟るように再び溜め息を零した。そんなレンの心境を何も知らないリンは、ただただ無邪気に楽しんでいる。それが羨ましくもあり妬ましくもあり、そして何よりも愛おしかった。 「レン、早く早く!」 今にも走り出しそうなリンは、寒さを紛らわす為かその場で何度も足踏みを繰り返す。その姿が可愛くて可愛くて。それでもそんな自分の意志は飲み込んで、目線を逸らし小さく頭を掻いた。はいはい、と生返事をして少しだけ歩く速度を速める。 誰もがお伽話のように都合良くいく筈がない、ましてやそんなに軽々しくハッピーエンドが掴めるなんて有り得ない。だから、これは仕方がない事。それでもいつか我慢が出来なくなってしまうかもしれない、この恋を忘れる事が出来ないかもしれない。その時は、狼も幸せになれるシナリオを夢見ても良いだろうか。 レンは空いている右手をポケットに突っ込み、白くなる息をそっと眺めた。 それでも、僕は -------------------------- レン→リン レン君の切ない片想いです。 幸せになるには、あと数年は掛かりそうです。頑張れレン君! |