昔からずっと好きだった。好き、好き、好き。隣に居る事が当たり前だったあの頃は、恋なんて言葉すら分からなかった。それでも好きという気持ちだけは、きちんと理解していて。
時には下校中にさらっと言ってみたり、あるいは両手を握って真っ直ぐ言ってみたり。すると彼も、にっこりとはにかんで好きだと返してくれる。それが何よりも嬉しかったのだが、彼の好きが自分のものとは少し違うという違和感だけが胸の中で渦巻いていて。その理由が全く分からなかったが、自分の素直な気持ちを何度も彼にぶつける事は変えなかった。それはある種の自己暗示みたいなものだったのかもしれない、なんて今更だがそう思う。
それでも、いつからかその言葉を繰り返す度に、安心ではなく不安が積もっていくようになって。小学生の頃からずっと好きと伝えてきて、それでも伝わらないから言うのを止めた。
それは二年前。今では話す事もしない。彼とは幼なじみで家も近いので、昔から一緒に遊んでいたのだが、今ではその面影すらなく。
部屋の窓から彼の家を眺めては溜め息を吐き出す、そんな毎日が続いていた。
もしも今、昔のように好き、と言えば何て応えるだろうか。なんて、愚問だ。
リンは窓を眺めれば、カーテン越しにいる彼を想像して、そっと目を伏せた。



「好き、か…」

ぽつりと呟いた言葉は、そのまま空気に溶け込んで消えていく。窓から差し込める太陽の光は、確実に教室全体へと熱を運んでいく。暑くなってきた、という戯れ言と共に浮かぶのは懐かしいあの頃の風景。つまらない授業なんて耳に入ってくれなくて、持っているシャーペンでノートの上を数回叩いた。
時が経てば人も変わる。その言葉が、最近一段と身に沁みてきていた。あの頃までずっと一緒だった幼なじみの彼は、学年で成績トップクラスを誇り、この学校の生徒会長を務めている。先生や生徒からの信頼も厚く、将来を期待された非常に優秀な生徒であろう。
それに比べ自分ときたら、どこにでもいる女子高生と何も変わりない。成績は良くも悪くもなく、至って目立つような事もない。彼のように沢山の異性から告白をされている訳でもなく、簡単に言ってしまえば、普通。まぁ、だからと言って不自由を虐げられている訳では無いので、この日常が不快に思った事は一度も無いのだが。
それでもこの感情のように、自分だけがおいていかれている感覚だけは消える事は無かった。
はぁ、と何度目か分からない溜め息を吐き出すのと同時に、鳴り響くチャイムの音を耳で捉えた。
生徒達は、待ち望んでいた昼休みの時間に入った途端、一気に教室内が騒がしくなる。いつもと変わらぬその風景に溜め息を吐き出すも、この光景はどうしても嫌いになれない自分が居て。リンは机にだらしなくうつ伏せになり、そっと瞼を閉じた。
彼、レンとクラスが違って良かった。と、本当にそう思う。どうあがいって、遠くなりすぎた距離を縮めるだなんて今更できる筈がない。それでもまた昔のような関係に戻りたいと、昔以上の関係になりたいと思うのは只の我が儘なのだろうか。

瞼を閉じたまま、だんだんと眠る体制に入っていく脳内。そのまま意識を手放しかけた、その時だった。バンッ!と、突然叩き付けるような大きな音が耳を震わせたのは。
リンは小さく悲鳴を漏らしながらも思わず飛び上がり、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。
一回ここで落ち着いて、状況を把握してみようか。
今は昼休み、リンは今自分の席に座っており、目の前には普段この教室には居ない人物。そして彼はリンの瞳を真っ直ぐに見つめ、そして、そして。

「鏡音君だ、かっこいい…!」

誰かが呟いた事により、騒がしい教室内が一層騒がしくなった。
そう、目の前に居るのは自分の想い人である鏡音レン。全く話さなくなって、存在すらも忘れ去られたものとばかり思っていた。
煩く波打つように繰り返す心音は鳴り止む気配が無く、目を逸らす事すらできない。久しぶりにまともに見た彼の姿は、最後に見た時と変わる事はなく、小さな安堵が胸の内に広がる。
ちょっと良い?と一言彼が呟いたかと思えば、突然右腕を掴まれた。あまりに突然の事だったので、声すら発する事が出来ず。その手とレンの顔を何度も何度も確認する。
彼の腕に引かれるまま立ち上がれば、目線が真っ直ぐにぶつかり目眩がした。
そのまま、ぐいっ。と引っ張られ、それに引かれるまま教室を後にした。

上手く回らない脳内でただ一つきちんと把握している事は、まとまらない自分の心境心理だけ。掴まれた腕の温もりを意識する度に激しく鼓動が波打ち、どうにもならない程くらくらと目眩がした。廊下を歩く度に、彼を好きなのであろう女の子からの強い視線や、興味の視線が痛々しく突き刺さる。
レンはどうして今更になって、このような行動に移ったのだろうか。有りもしない期待がじわじわと胸の中へと浸食していき、そんな自分が馬鹿らしく思えてくる。歩く度に響く筈の音が聞こえない、それ以上に煩い胸の鼓動が周囲の音を掻き消していくから。
彼と繋がる手のひらに視線が釘付けになり、どこへ向かっているのか今どこにいるのかすら分からないが、そんな事どうでも良かった。目的の場所になんてたどり着かなくても良い、ただこの時間がずっと続く事を密かに願う。
そんな時、突然レンの足が止まり、リンはそのまま彼の背中へと鼻をぶつけてしまった。
思いっきりぶつけてしまったので、痛みの走る鼻を軽くさすりながら、そっと彼を見上げる。彼の背中は思ったよりも大きくて、やはり昔とは違うのだと数回瞬きを繰り返した。
規則的に速くなる鼓動に、赤くなる頬。

「鏡音さん──」

あれ、どうして昔のように名前で読んでくれないの?
期待が崩落したような感覚。まるで壊れたガラスのようにバラバラと足下に落ちていく。表情が固まって、笑顔が作れない。彼は覚えてなどいなかったのだ。
そうだ、冷静に考えてみれば彼と話さなくなって何年もの月日が経っているし、立場だって違う。覚えているのかもしれないだなんて、そんな事は初めから有り得ない事だったのだ。
彼の背中を眺めていた視線が、だんだんと床へ落ちていく。涙が目に溜まっていく、そんな時。
とん、と突然温もりが全身を包み込んだ。

「──いや、リン」
「え?」

思わず間抜けな声を上げてしまった。崩れた期待はそのまま行き場を失い、宙に彷徨ってしまう。彼が覚えているのか、いないのか分からなくなってくる。
駄目だ、駄目だ。そんな事をされたら、また期待をしてしまう。リンはそっと彼の胸を押して離れようとすると、それ以上に強く抱き締められた。

「もう、我慢も迷うのも嫌なんだ」
「レン?」
「リン、俺は……」




これが恋が叶う瞬間ってやつですね




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匿名様、リクエストありがとうございます!
学パロは私が一番大好きなパロディなので、うきうきしながら書かせていただきました^^
いちゃいちゃしてないですが、両片想いが大好きすぎて。そして、このレン君はたぶんリンちゃんが誰かに告白された事を知って、焦って告白しようと思ったんだと思います^^
ありがとうございました!



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