この世界は腐っている。非道な労働に、繰り返される不条理の数々。何が正しくて、何が正しくないかなんて、そんな簡単な事すらきっと麻痺してしまっているのであろう。 この街は昔から鉱石が良く取れていたので、工業が盛んな活気のある街だ。しかし、それは只の表向き。裏では政府がこの街の全てを握っており、住民は過酷な労働を強いられていた。抵抗すれば処刑され、賃金はあまりにも少なすぎる。それでも抵抗なんてできずに、今日もまた過酷な一日が過ぎていく。 そんな街の片隅で、一人の少年がとぼとぼと覚束無い足取りで歩いていた。彼は、鏡音レン。両親は居ない。反政府組織を結成したリーダーだったレンの両親は、見せしめとして公開処刑をされてしまったのだ。未だに慣れる事のない孤独の波に埋もれる感覚。 誰でも良い、誰か僕を愛して。 そんな言葉を頭の中で呟けば、ぐしゃぐしゃにして放り投げた。そんな時だった。目の前にあるソレと、白い人が目に入ったのは。 乾ききってしまったその身体は、動かす事すらままならなくて。ただただ屍のように、その場に倒れていた。込み上げる涙すらこぼす事も許されないソレは、何を求める訳でもなく転がっている。息をしているのか、していないのか。それすらも確認出来ず、少女はただ呆然とソレを見下ろしていた。 足の裏にまでこびり付いた血生臭い塊を、そっと地面にこすりつける。もう固まってしまったそれは、濃く染み付いて直ぐには落ちそうもなくて。そっと伏せた瞳をもう一度持ち上げる、ソレを見下ろす。その瞳は群青色に濁っており、そこから感情というものが読み取れない。悲しんでいるのか嘲笑っているのか、それとも……?薄く汚れた黄金色の髪は、ゆらゆらと素直によそ風に吹かれて、揺れて。 そっと袖に仕舞っていたものを、ソレの上にぽとりと落とした。それは赤い、赤い彼岸花。花びらをぐしゃぐしゃにして、ばらばらと落としていく。まるで、大量に溢れ出ていたであろう、その深い傷口を隠すように。 「安心して、君の想いは死んでないから」 じゃあね。 一言、そう呟いた瞬間。腰に下げていた刀を一気に引き抜き、ソレを貫いた。その瞬間、ぴくりと小さく動いたソレの指は、そのまま動かなくなった。それを目で確認した後、ぴっ。と刀に付いた赤を飛ばせ、すっと鞘に仕舞った。 それは一瞬だった。そう、一瞬。一回の瞬きの間に終わってしまいそうな程、早くてきちんと目で追うことが出来なくて。生きているのか、死んでいるのか分からない。ソレと同じような瞳をした少女。それでも彼女には、慈悲を感じられた。 一体何者なのか、何の為にこんな事をしているのか。そんな事など分からない。倒れていたソレは、きっと政府に反抗して撃たれてしまった人間の一人であろう。彼女は政府の人間なのだろうか、そんな疑問が一瞬過ぎったが、直ぐに撤回した。服装からして違うし、何より彼女はこの世の人間かすら疑わしい、と思ってしまったから。 白い服に、白いスカート。白い靴に、白いリボン。その服装に癖っ毛で肩まである黄金色の髪が良く映えている。そう、まるで。まるで『死神』のようだった。 ゆっくりと振り返る彼女は、とても美しく妖艶で、それでも少女らしい幼さも醸し出している。群青色の両眼は、まるでこの世の全てを見据えているよう。思わず見とれてしまっていると、そこでふと気付いた。 彼女がこちらをじっ、と見つめている事に。 「見つけた」 にっ、と弧を描いた彼女はゆっくりとこちらに近付いてくる。何故かその姿から目が離す事ができず、動かない足が小刻みに震える。 逃げないと、殺されるかもしれない。早く逃げないと、早く、早く。……いや、このまま殺されるのも有りなのかもしれない。両親を無くし、生きる意味も術も無い自分が生き残っても、あるのは虚しさだけだ。 それでも震える足は、まだ生きたいと叫んでいる。生きる希望を無くしても尚、生きたいと願ってしまうだなんて、なんて滑稽。ああ、もうどうでも良いから楽になりたい。 レンは瞼をぎゅっ、と閉じれば唇を強く噛み締めた。その後訪れた感覚は、死へ導く痛みではなく、ふわりとした感覚だった。 「……って、え?」 そっと瞼を開ければ、直ぐ目に入ったのは白い布で隠された小さな膨らみ。上手く状況が把握できなくて、数回瞬きを繰り返す。すると、そんなレンとは裏腹に満面の笑顔を見せる少女。 彼女は、突然レンの唇に己のものを重ねると、ぎゅっと再びレンに抱き付いた。 「見つけました、私の主!」 この時から、自分の運命の歯車が動き始めていた事に、レンは気付くことはなかった。 死神と謡われた少女と、少年の物語 名前のない彼女に『リン』と名付けたのは、あと数時間後。 -------------------------------------------------- 一度で良いからファンタジーっぽいものに挑戦したかったのですが、私には無理でした(笑) たぶんこの後、レンが再び反政府組織を立ち上げたりするんだと思います。 これは書き直したいなぁ。 |