私は不幸の落とし子だと、疫病神だと思っている。
そこに居るだけで不幸を呼び、存在するだけで死臭が漂う。死にたいと願った事は数え切れない程あるし、自殺しようと考えた事も数多くある。それでも今まで生きてきたのは、只の臆病故か。
それでも実際に手首を切った事も、自殺未遂を行った事もない。やはり死にたいと願いながらも、心のどこかでは生きたいと願っているのかもしれない。

最初に変だと感じたのは、親友が怪我をした時。そして確信したのは、父親が行方不明になった時だった。
確信は無いが、自分に関わった者達は不幸になる。そう言われている気がして。それは自意識過剰でも何でも無い。それでもそれは確かに、現実として目の前に転がっていた。
初めは何かの思い過ごしだとばかり思っていたのだが、最近ではただ話しただけの人でさえ怪我をしたりという不幸が降り注いでおり、もうどうする事もできない。昨日話した人が次の日階段から落ちて怪我をする、その度に自分の中に罪悪感が募っていくのが分かった。

ゆるりゆるりと動く時間だけが、早く進めと自分の背中を強く押していく。足が絡まりそうになりながらも、リンは覚束無い足取りで一歩一歩進んでいく。きちんと真っ直ぐ進めているのかさえ分からず、ただただ地面だけを眺めて。
毎日同じ風景に囲まれながら、いつもと同じように学校に向かうだけなのに、そのいつもと変わらぬ日常が怖くて恐くて仕方がなかった。
背中から聞こえる足音は弟のもので、律儀にも毎日一緒に通学をしている。理由は特に無い。先に行こうとすれば、待って!と止められて。その声を無視する理由もないので、重たい足を止めて振り返って。無邪気に笑う彼につられて、結局毎日一緒に通学している。
それでも通学中何も話さないのは、別に彼が嫌いだからではない。寧ろ好きだ、それは生温い姉弟ごっこではなく、ただ純粋に一人の人間として。それでもそんな想いと一緒に、丸めて投げ捨てているのは。巻き込みたくないのだ、自分の周りに降り注ぐ不幸に。
そんな事を考えていれば、突然肩に衝撃が走った。ずっと地面を睨んでいたので、目の前から人が歩いてきたなんて気付かなくて。思わず転けそうになるが、咄嗟に踏み止まる。ぶつかってきた相手は丁寧に、すみません。と謝り、そのまま通り過ぎていく。リンも軽く会釈をして、そのまま背を向けて。
どこかで見た事がある人だなと思ったが、あまり深くは考えなかった。

学校に着けば、待っているのは孤独という名の日常。レンは学年が一つ下なので、途中で別れて重い足取りで自分のクラス入る。
別に、クラスで虐められている訳ではない。しかし嫌われていないのかと聞かれれば、素直にイエスと答えられる自信は無い。
友達を作ろうとせず、同じクラスの人間に関わろうとしない、それだけで浮いてしまうのは自然な事で。それでも、一人で居ないと不安で仕方が無いのだ。
一週間前までずっと一緒に居た親友は、下校中誰かに突き飛ばされて階段から転げ落ち、今は入院生活を行っている。リンは小さく溜め息を吐き出し、そのままゆっくりと机にうつ伏せだ。
周りの視線が痛い、まるで異質なものを見るような目が痛い。目を瞑っていても分かる程、その視線が全身を包み込む。どうしてお前がここに居るのか、どうして、お前は生きているのか。そんな事を問いかけられているような気がして、閉じる瞼に力を入れて勢い良く耳を塞いだ。ガリガリと頭に爪を立てて、脳内に響く自己嫌悪の波を誤魔化そうとしても、それは全くといって良い程効果は無く。
きっとこれは神様が与えた罰なのだと思う。決して恋心を寄せてはいけない相手、弟に恋をしてしまった自分への報い。ガリガリと爪を立てる度に痛い頭皮なんて忘れて、ただただ溢れる憂鬱にその身を委ねて。
そのまま鳴り響いたチャイムの音と同時に、そっと瞳を開いた。

いつもと変わり映えのない授業に、きちんと頭の中に残らない授業内容。そんな薄っぺらい時間に思わず零れる溜め息達。
もしもこの空間を第三者の目で見る事が出来たのであれば、ぽつんと忘れ去れた空気中の気体のように当たり前な存在でいられるのだろうか。もしもあたしが不幸の落とし子でなければ、周りの人達のように普通に笑っているのだろうか。
そっと見上げた窓の外は、今にも泣き出しそうな程黒い雲で覆われていた。
リンはそっと視線を机に戻して、黒板の内容を写す為シャーペンを握り直した。そこで、ふと思い出した。朝ぶつかった、緑色の綺麗な髪が特徴の男の人を。その時は一瞬だったので、直ぐに思い出す事ができなかったのだが、今思い出した。
生徒会の一人であり、一つ上の先輩である初音ミクオ先輩だ。彼は校内でも人気が高く、クラスの女の子が彼の事を好きだという声を何度か耳にした事がある。なぜ彼は学校に背を向けて走っていったのかは分からないが、そんな事よりも自分に関わってしまった彼に不幸が降り注がないか、ただそれだけが不安で仕方がなかった。


ザーザーと本格的に雨が降り始めたのは、学校が終わって暫くした放課後だった。
鬱陶しい程の湿気が、じめじめと気持ち悪い。リンは持ってきていた折り畳み傘を開いて、家に帰る生徒達の波の流れに沿って歩き始めた。帰りはいつも一人で帰っている。レンはいつも不満そうな表情を浮かべるが、それでも放課後だけは譲れない。
近くにある花屋でいつもと同じように、黄色やピンクの色鮮やかな花を買い、歩いていく。
すると突然目の前に人影が現れた。思わず立ち止まり、瞬きを繰り返す。するとそれはミクオ先輩で。リンは小首を傾げて立ち竦んでいると、彼は傘もささずに荒い息遣いを繰り返している。大丈夫かと心配になり、そっと近付けば。

「……っ!」

突然強く腕を掴まれた。
思わず息を飲む。彼はそのまま顔を上げれば、じっとリンを見据えて。
ドッと押し寄せる緊張感と危機感。早まる心臓の音が煩くも、脳内に響き渡っていく。
そして彼は"気を付けろ"と一言だけ呟いた。
分からない、分からない、怖い恐い。
見かけた事やすれ違った事、ぶつかった事はあるが、きちんと話した事もない。それなのに腕を掴まれ、何かを訴えるような眼差しで見られても、溢れるものは恐怖以外何もなくて。
それと同時に、自分と関わらないで欲しいと願う。これ以上罪悪感で押し潰さないで。
リンは掴まれている腕を思いっ切り振り上げて、それを振り解けば。そのまま彼の横を通り抜けて、精一杯地面を蹴り上げた。
荒い息遣いを繰り返し、それでも振り返りもしないで走り続ける。彼の言葉の意味が少しだけ気になったが、リンの頭の中はその言葉を冷静に考える事ができるほど落ち着いてはいなかった。

目的の建物の敷地に入れば、深呼吸を一つ。そして傘をきちんと傘立てに立てて、先程購入した花束を片手に病院の中に入っていった。
ここは親友であるミクが入院している病院。リンは毎日毎日欠かさず足を運んでいるのだが、どうしても顔を出す事ができなくて。花束をいつも受付の人に預けて帰っている。それでも今日こそは顔を出さなければと、リンはそのまま受付に預けて帰りたい衝動を抑えて、彼女の病室へと足を踏み出した。
彼女の居る病室は三階で、突き当たりを右に歩いた直ぐにある。分の不幸のせいで彼女を巻き込んでしまった、そんな彼女にどんな顔をして会えば良いのか分からない。それでも優しい彼女は、そんなのリンのせいじゃないって笑うのかな。
リンはそっと病室の扉をノックして、どうぞといった返事を聞いて扉を開けた。

「ひ、久しぶりミクちゃん…」
「……な、んで」
「……え?」
「何であんたが来たのよ!やめてよ、帰ってよ!」
「!?」

言葉を失った。
あれ、ミクちゃんは何て言ったの?え、え、どうして?
あまりの衝撃に動けないでいると、彼女は思いっ切り花の入った花瓶を床に叩きつけた。その音に肩が跳ねる。
そしてリンを睨み付ける彼女の鋭い瞳をずっと見ている事ができなくて、そっと床に視線を外せば。目に入ったのは菊の花びら。普通はお見舞いには持って来てはいけない花がここにある事に驚き、先程ミクが叩き割った花瓶と散らばった花達を見渡した。
菊、椿、ユリ、シクラメン……。
どれも死や不幸を連想させるので、お見舞いの時には持ってきてはいけない花達。
どうしてこんなものがあるのか分からない。どれも贈った覚えが無くて、それでも水で濡れてしまったメッセージカードには、きちんと"鏡音リンより"と書かれている。
目を見開いてミクの方へと顔を向ければ、彼女は思いっ切り台を叩いて強く睨み付けた。

「こんな縁起でもない花ばっかり寄越して!……友達だって思ってたのに」
「…え、違っ」
「出てって!もう二度と私に顔を見せないで!」



……パタン。と閉まった扉は静かに、そして広く響いた。
ぽっかり空いた穴のように、ただただ呆然と前だけを見据える。とぼとぼと歩く足が、きちんと進めているのか分からない。どうやって病院から出たのかすら分からない。
頬を伝った涙は、流れているのにも関わらず感覚が無い。
ザーザーと降り続ける雨の中、傘をとじたままズルズルと引きずって歩く。
時々ミクと一緒にカラオケで歌った歌を口ずさむ。その乾いた声は雨音に掻き消されていき、溢れる涙も雨に流されていく。
そんな時だった。

「リン、逃げろっ!」
「え?」

後ろから聞こえた声に、足を止めて振り返れば。そこには初音ミクオが居て、それでも彼は真っ赤な液体を雨に滲ませていて。
え?
そのまま、濡れた地面に崩れ落ちた彼の後ろに現れた人物に段々と目を見開いていく。周りから甲高い悲鳴が聞こえてきたが、それを気にする余裕も無くて。先程まで生きていた筈の先輩は、目を開いたまま冷たい雨に打たれていく。広がる赤に、上手く頭が働いてくれない。
倒れるミクオを見下ろすように、目の前で微笑む人物は紛れもなく自分の弟で。くすくすと微笑むその声は、雨の音と共に響いていく。

「ああ、もう。駄目じゃないか、リンに話しかけちゃ」
「……レン?」
「安心して、リンは僕が守ってあげるから」

片手に握るナイフを地面に放り捨てて、ゆっくりと近付いてくる。その表情は満足そうに微笑んでおり、なぜかその笑顔が怖くて恐くて。
彼の事が好きで、大好きで。今まで生きてこれたのは彼の存在が居たからだと思える程、好きなのにガクガクと震える足が落ち着いてくれない。
彼はリンの前に立つと、幸せそうにその体を抱き締めた。
リンに馴れ馴れしく話しかける者、リンを汚い手で触る者、リンを気持ち悪い視線で見る者。全て全て全て全て、全て消してあげるから。
"そうしたら僕達、本当に幸せになれるね"
そう呟いた彼の手から、ひらりと椿の花びらが落ちた。




これが不幸か否かと嘆くのか




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ヤンデレン×リン
リンちゃんも病んでる気がするが、たぶん気のせいではないです。
一応ミクオ→リンで、軽いストーカー設定だったのだが、ただの裏設定で終わってしまった(笑)
そしてミクに贈る花をすり替えたのはレン君です。
レン視点も書いてみたいけど、何だかもうヤンデレよろしくな話になりそうです。




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