(出遅れた四月一日の数年後の話)


桜が咲いて、散る頃。
この季節がくるといつも思い出す。隣の家に住んでいる小学生の男の子と、毎日遊んだ日々を。
一緒にゲームをして大人気無く圧勝したり、二人だけでかくれんぼをして上手く隠れていない彼を思いっ切り抱き締めたり。
あの頃が一番楽しかったな、なんて。そんな風に物思いに更けていても、過ぎていく日々は残酷にも進む事しかできない。はらりと散った花弁は、そのまま地面に落ちて名前も知らない誰かの足に踏まれていった。
あれから数年経って、リンは昔からなりたかった教師として、今日から一歩踏み出していた。
昔、一緒に遊んでいた小学生のレンと遊ばなくなったのは、大学の受験勉強を始めた頃。帰る時間も合わないし、休みの日は勉強三昧で他の事に手を付ける余裕も無かったから。そして昔はあんなに毎日遊んでいたのに、今では会わない事が当たり前になっている。
時間の経過とはある意味残酷なのかもしれないが、それでも時間が経過するから生きていける。
リンは小さく流れる風に吹かれた髪を、そっと梳いた。

今日は新学期。新しい学年に上る者達や新しく入学する者達、そして新しく配属された先生方。その中の一人であるリンは、新米の先生として緊張を隠せないでいた。
体育館で行った入学式は、全てにおいて新しい感覚に皆そわそわと落ち着かない様子。そんな様子を見ても、やっぱり緊張は高まるばかりで。
リンは新米教師だが、新しく入ってきた一年生の一クラスの担任をする事になっている。どうやら副担任にベテランの教師が来て、新米教師を実践で教育するらしい。思わず、はぁ。と、込み上げてくる溜め息を喉の奥に飲み込んでいく。
入学式は無事に終わり、今から教室に行って早速ホームルームを行う予定なのだが。緊張と不安が交じりに混じって、胃が痛くなる。
入学式を見た中では、とても良い子達ばかりのように見えたが、実際はどうなのだろうか。馬鹿にされたり、笑われたらどうしよう。そんな事を考えていたら、突然ぽんっと肩を叩かれた。
振り向けば、それは副担任のメイコ先生で。その表情は、リンの考えている事なんてお見通しとでも言うように、凛としていた。

「緊張してる?」
「……は、はい」
「鏡音先生なら大丈夫よ。それに皆、新しい学校に緊張してるんだから、鏡音先生が元気でむかえてあげなくちゃ。笑顔よ笑顔!」

ぽん、ぽんっ、と二回程背中を叩かれて、瞬き一つ。大丈夫だなんて、そんな何の根拠も無い曖昧な言葉なのに、何故か心地良く胸の中に沁みていって。
メイコ先生の言葉と笑顔に、だんだんと緊張が薄れていくのが分かる。リンはメイコ先生に感謝しながも、彼女みたいになりたいと小さく心の中で願った。
リンは、ありがとうございます!と、笑顔でお辞儀をして顔を上げれば、二人でそっと笑いあった。

ガラッと扉を開ければ、広がるのは新しい教室の空気。新しい学園生活に心を踊らせている者、緊張している者、面倒だと思っている者。全てが新鮮で、全てが初めてで。
リンは小さく深呼吸をして、一歩ずつ歩いて教卓の前に立てば、再び深呼吸。そして教室の後ろでメイコ先生が見守る中、そっとクラスの名簿を開いた。
一人一人名前を呼んで、生徒達が返事と共に軽い自己紹介をして。自己紹介を丁寧にしたりふざけてみたりと、そんなありきたりが嬉しかった。自分がこの先きちんとこのクラスの担任をやっていけるかどうかという不安は消える事は無いが、それでも頑張っていける。そんな気がした。
窓の外に広がる木々達が微風に揺れる音を感じながら、名前を呼んでいっていれば、とある生徒の名前を見て呼吸が止まった。
瞬きを数回繰り返してその名前を指でなぞれば、そっと顔を上げる。そして、突然固まってしまったリンに対して小首を傾げる生徒達の中でも、一人だけ落ち着いた雰囲気のままリンを見つめている生徒が目に入り。
瞬きを繰り返し、漸く出てきた声でその名前を呟いた。

「鏡音、レン君…。」



初めは本当に驚いた。彼が小学生の頃一緒に遊んだ記憶に浸っていた後で、その子の名前が目に入ったから。そして顔を上げてみれば、雰囲気はがらりと変わっていたが彼だと直ぐに分かった。
あの頃まだ小学生だった彼は、今でも覚えているだろうか。一緒に遊んだ日々を、あの時の言葉を。なんて、どちらにせよあれはまだ子供だった彼を喜ばせるだけの言葉遊び。
それにしても何という偶然か。まさか自分が受け持つクラスだなんて。
別に嫌いになった訳ではないが、久し振り過ぎて何という風に接したら良いのか分からなかった。
パタンと静かに教室の扉を閉めて、小さな溜め息。ホームルームは無事に終わり、後は新しい教科書を配ったりするだけ。リンは大丈夫だと自己暗示を唱え、職員室に戻ろうと踵を返した。
その時だった。

「リンちゃん……?」
「……っ!?」
「ああ、やっぱりリンちゃんだ!久し振り!」

振り返れば、そこには鏡音レンが居て。彼は教室から出て来れば、右手を上げて走ってくる。
廊下は走ってはいけないよなんて注意する余裕もないし、彼が覚えていたという事に驚きを隠せない。本当に久し振りで、本当に懐かしくて。当たり前だが、あの頃より何もかも成長している彼に自然と頬が緩んだ。
リンも小さく右手を上げて、久し振り。と微笑みかければ、彼は嬉しそうにニッと歯を見せる。その笑顔が眩しくて、この懐かしい感覚に酔ってしまいそう。
そしてふと、自分より年下なのに身長が追い付かれそうな事に気付いた。やっぱり成長したな、と昔のように彼の頭を撫でれば。彼は嬉しいような困ったような表情を浮かべるものだから、その心境が読めなくて頭の中で小首を傾げた。
初めは驚いたし、なんて話せば良いか分からないので気まずいと思っていたが、その心配はただの杞憂だったようだ。やはりあの楽しかった日々は嘘ではないし、彼も大切にしている。それだけで嬉しくて堪らなかった。

そしてそこでふと、周りの視線に気付いた。
そう言えば今はホームルームが終わったばかりなので、休み時間だ。勿論廊下には自分達以外にも、様々な生徒達が居るわけで。二人の事を知らない生徒達は、興味津々に目線が集中する。
リンは思わずレンの頭を撫でていた手を離し、慌てて謝る。すると彼は苦笑混じりに、謝らないでと微笑んだ。
そして徐に、覚えてる?とリンを見つめて、手を握られる。その瞬間、思わずドキッと胸が高鳴った。
覚えてるとは何の事だろうか、思い当たる事が沢山あって分からない。
リンは彼の問いに小首を傾げれば、彼は口角をつり上げ、リンの手にそっと口付けた。数秒の間、上手く理解出来なくて固まっていれば、彼は唇を手から離せば。その瞬間、一気に頬に熱が集中した。
あわあわと冷静でいられなくて、顔を真っ赤にさせて慌てて。そんなリンに、彼は満面の笑顔でそっと口を開いた。

「言っておくけど、あの約束は今でも有効だからね?」
「……え?」
「俺が小三の時にした約束」

俺が大きくなったら、リンちゃんを嫁に貰う約束だよ。
彼の口から紡がれた言葉に、混乱する脳内を整理出来ないまま瞬きを繰り返す。するとレンは、つまり俺が高校卒業と同時に結婚だからね!と固まったままのリンの頬に触れるだけのキス一つ。
周りの声なんて一つも耳に入らない。ぐるぐると回る思考の中で、この先の教師生活への不安だけは鮮明に渦巻いていた。




過ぎ去った四月の出来事




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出遅れた四月一日のあとがきで書いていた、俺得の話です。
リンがクーリンじゃなくなったのと、レンがイケレンかマセレンか分からない中途半端な奴になったのは、成長したからという事で誤魔化しておきます←





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