(想いは棄てたつもりでしたのレン視点) 聞き慣れた鐘の音。学校の授業を告げる予鈴が校内に響き渡った。 それでも尚、ばたばたと騒がしい教室内は静まる事を知らない。自分の席に付く者、付かない者。また、急いで教室に入ってくる者もいる。一応自分の親友という部類にいるミクオはまだ教室に居ない為、確実に彼女であるミクと一緒に悠々と歩いているのであろう。 チャイムが鳴るまで話していた友達が席に戻る後ろ姿を眺めながら、レンはそっと溜め息を吐き出した。 日々の日常に充実しているかしていないかと聞かれれば、即答でしていると答えられる自信がある。友達と過ごす時間は楽しいし、勉強面でも怒られた事は一度も無い。 それでも充実しているという答えが、心の底から思っている事なのかと問われれば、きっと何も言えないであろう。充実しているのに何かが足りなくて、楽しい筈なのに何か満たされなくて。そんな得体の知れない感情が、自分の物の筈なのに時々怖くなる。 そっと窓の外を眺めれば、よく見知ったカップルが堂々と歩いている姿が目に入った。目を凝らさなくてもミクオとミクだという事が直ぐに理解できる。手を繋いで、嬉しそうに笑いあって。 そんな幸せそうな二人を見ていると、ふと自分の妹の姿が浮かんだ。彼女の笑顔を最後に見たのは一体いつだったであろうか。それすらも思い出す事が出来なくて、何だか心が寂しい。 妹、リンに嫌われている事は知っている。 家でも彼女はレンに会わないように部屋に閉じこもるし、朝食も少し時間をずらして登校も一緒にならないようにしていて。あからさまに避けられているその行動に、ぎゅっと胸が締め付けられる感覚に陥る。この感情は、きっと。 まだ確信は出来ないが、たぶんそうなのであろう。数ヶ月前、まだこの感情の意味を理解出来て無かった頃。亜北ネルというクラスの子に告白されて、この感情を誤魔化すように付き合い始めた。それでも、それは何も変わらなくて。彼女には悪いが一緒に居ても何も感じないし、満たされない。そして最後に思い描くのは妹の笑顔。結局一週間も満たないうちに別れてしまい、このもやもやとした感情は消えないままだった。 それ以来、告白されても断っている。相手には申し訳無いのだが、どうしても頭の中にチラつく妹の存在が消えなくて。一体自分はどうしてしまったのだろうか。 レンは深い溜め息を吐き出しながら、この感情も吐き出したい衝動を押し殺した。 「顔が暗いぞ、恋しろ恋!」 「……ミクオ、お前は女子か」 「失礼だな。男子も常々恋を求め続けるものなんだぞ!」 突然の登場に目を丸くさせながらも、いつの間にか終わっていた朝のホームルームに瞬き一つ。 ミクオの言葉に、あっそ。と一言流せば、一時間目の移動教科である科学の教科書を机の中から取り出した。その間にも、隣で彼女の自慢話に花を咲かせる彼に小さく苦笑。 別に恋をしていない訳ではない。ただそれに確信が持てないだけで、そしてもしもそれに確信が持てたとしてもそれは叶わない恋だという事だけの話。決して許されないし、彼女に知られたら今まで以上に避けられてしまう自信がある。 教室から出て廊下を歩きながら、隣で嬉しそうに語る彼を見ていると、ずきずきと羨ましいという嫉妬が胸の内を破壊していく。きっと確信を持ってしまえば、嫉妬ともどかしさに壊れてしまうだろう。 自分の感情なのに、きちんとコントロールできなくて。勝手にリンと一緒に指と指を絡めて手を繋ぐ自分を想像して、現実に戻った時の虚無感に少し後悔を抱いて。勉強や運動が出来ても、そんな単純な事を繰り返してしまう事は直せなくて。 それでもこれは恋じゃないと思い込む自分にも、無理があるような気がするが、これだけは譲れなかった。 外はこんなにも晴れているのに、自分の心の中は曇ったまま。ミクオの話を生返事で返しながら、廊下を真っ直ぐ見つめる。 別に彼の話が嫌いな訳ではないが、ここ最近はまともに話が耳に入ってこなかった。この胸の中のもやもやとした感情や、ぐるぐると回る感覚に酔いそうになって、吐きそうになって。 それでも、火曜日の一時間目。この時間の移動時間は嫌いではなかった。 「リン」 「……っ、お兄ちゃん…」 そう。この時間、リンのクラスは体育なので嫌でもすれ違う事になる。 彼女と顔を合わせるのが、この機会ぐらいしか無いので嬉しいのだが。それと同時に彼女に嫌われていると自覚してしまうので、複雑な気分だ。 一歩一歩進む時間がスローモーションのように流れていく。体が重い、胸が高鳴る、頭が痛い。それでも彼女の笑顔をもう一度見たくて。「リン、またな」 軽く手を上げて笑顔でリンを見れば、彼女は困ったような複雑そうな表情を一瞬浮かべ。そして目を逸らすように、顔を伏せた。 ズキリ、と胸の内が痛む。 そのまま無言ですれ違えば、ぽっかり空いた空洞のように物寂しかった。何も知らないミクオに肩を叩かれ、仲が悪いのか?と聞かれたが、何も答えれなかった。 きっと俺はリンの事を好きなんだと思う。この痛む胸が、何度も何度も彼女を好きだと叫んでいるから。あの頃のように戻りたい、戻れない。 だから今日も自分の恋心に蓋をして、自分に嘘を並べる。 想いを棄てるつもりでした -------------------------------------------------- 想いは棄てたつもりでしたのレン視点。 近視相姦の片想いで、お互い好き合ってるつもり。 |