カチカチ、カチカチ。 カチカチカチカチカチカチ。 なんて煩い音だ。 煩く感じるという事は、自分にとって不快に感じる物だという事。なので迷わずそれを叩き割る。不快に感じるという事は不要な物だという事。なのでそれに類似するものを全て叩き割る。 両親の止める声も耳に入らなくて、ただただ煩いそれを床に叩きつけて黙らせる。何個壊したのか分からないが、黙々と叩き割る。 そして最後の一つも壊した後、リンはハッと我に返ったかのように瞬きを繰り返した。 その日、家中の時計が無くなった。 ふぅ、と小さく溜め息一つ。 自分は一体どうしたのだろうか。親はその事について何も触れないが、我に返った後の現状を見て、気付かない訳が無い。 最初に変だと思ったのは自分の部屋の音楽プレイヤーが壊れた時。ぼー、として我に返ったら壊れていたのだ。そして次はパソコン、扇風機、携帯電話。そして今日、時計が壊れていた。 弟のレンは気にするなと笑っていたが、そんな事できないのが現状で。何だか自分の中にもう一人の自分が居るみたいで、とてつもない恐怖が全身を包み込む。どうしてこんな風に音というものに敏感になったのか思い出せなくて、リンは震える体をそっと抱き締めてうずくまった。 数秒間そうしていると、しんとした室内に音という音が目立って聞こえてくる。 ああ、電車の音が煩い、小鳥の囀りが煩い、自分の息遣いが煩い。煩い、煩い、煩い。 「リン、大丈夫か?」 はっ、と我に返った。 顔を上げれば、こちらを見下ろしているレンの姿が目に入る。その表情は心配そうに、そしてどこか不安そうに曇っていて。 リンはそんな彼をただただ見つめていた。助けてほしい救ってほしい、そんな願いを瞳に宿して。 彼はそんなリンの願いに気付いたのか否か、そっとしゃがみ込み優しい手付きで頭を一撫で。別に撫でられてこの症状が治る訳でもないのだが、それでもとてつもない安心感が全身を包み込む。 何だろう、この気持ち。暖かくて心地良くて、そして嬉しくて。レンは弟で大事な家族、だからかもしれない。血の繋がった大切な家族に優しくされたら、誰だって嬉しいに決まってるのだから。 いや、そうでないと駄目なんだ。 その時、ホッと安らぐ自分とは裏腹に、何故か胸の奥から吐き気が出るような不安が押し寄せてきた。 体を硬直させて、冷や汗一つ。そんな中、自然と思い出していく昔の記憶。数々の罵声と批判の声達や、得体の知れないものをみる痛い視線。 駄目だ駄目だ駄目だ、思い出すな思い出すな思い出してはいけないんだ。あれは忘れたんだ、無かった事にしたんだ。 何故か、安心するはずのレンの手が段々と怖くなってきて。リンはそれから逃れるように、思いっ切りその手を振り解いた。ぱしっ、と乾いた音が静かな室内に響く。 その時見えた彼の驚いたような傷付いたような、そんな表情に胸が苦しくなってくる。 「リ、ン…?」 「…っ、やっ!そんな目で見ないで!」 「……リ、」 「煩い煩い、出てってよ!」 ぐっ、と彼の体を押しのけるように突き飛ばせば、簡単に後退った。レンは数回瞬きをすれば、体を震わせるリンの姿を見て溜め息一つ。 そして、分かった。と冷えた声で一言呟いて、そのまま立ち止まる事無く部屋から出て行った。 一人残ったリンは、ぎゅっと手のひらを握り、体操座りをして顔を膝に埋める。込み上げてくるのは深い深い溜め息ばかり。 それと同時にズキズキと痛む胸の内側。いつもいつも心配を掛けているのに、優しくしてくれているのに、あからさまな拒絶をしてしまった。きっと面倒だと思われた、もしくは呆れられたかもしれない。 後悔先立たずとはこの事か。 ああ痛い、痛い、痛いよ。 ズキズキ、ズキズキ。 ズキズキズキズキズキズキ。 心臓が痛い痛い痛い、心臓が煩い煩い煩い。 煩いモノは要らないモノ、要らないモノは壊してしまわないと。 ああ駄目だ駄目だ、お願いだから助けて。 耳を抑え首を横に振ってもその音は誤魔化しきれず、かたかたと震える体は止まる事を知らない。リンの瞳には何も映っておらず、何か音を遮る物は無いかと手探りで探した。 ガッシャーン!手探りで机の上を漁っていると、手がペン立てに当たり大きな音を立てて派手に落ちた。ばらばらに散らばるペン達の中にあったカッターが目に付いて、それを震える指先で触れれば。 リンは無意識のうちに口角をつり上げて、カチカチと刃先を長く露にさせる。 煩い煩い煩い、黙れ黙れ黙れ。音という音が自分を批判する声に聞こえてくる。聞きたくない、聞きたくない。 リンはカッターを握り締め、それを自分の胸に狙いを定めた。 これで、きっと静かになるんだ。 「リン、さっきの音は……って、何やってんだ馬鹿!」 「…っ!来ないで、邪魔しないで!」 煩いの、とっても。きっと気になって眠る事もできないし、普通に過ごせない。そんな迷惑な音なんて消しさってしまわないといけないのに。 リンの静止の言葉なんて聞く耳も持たないのか、レンは警戒するように一歩一歩近づいてくる。その間にもドキドキズキズキと心臓が煩いのに、何故かカッターを持つ手が動いてくれない。 震える手がガクガクと全身を伝わり、リンはそっと首を横に振る。そしてレンはリンの目の前でしゃがみ込み、その体をそっと抱き締めた。 「……来ないでって、言ったのに」 震える指先からカッターがこぼれ落ち、それは床に突き刺さった。ぎゅっと抱き締める彼の腕も小さく震えている事に気付き、何だか少しの罪悪感。 そして彼はリンの肩を持ち、お互い見つめ合う形になれば。レンはそっとリンの耳を手で優しく覆った。 「俺がリンから音を奪ってあげるから、リンは俺だけを見ていて」 優しく放たれた言葉が覆われた耳に入ってきて、リンはそっと首を縦に頷いた。 レンに触れている間、煩い音や体の震えが消えていた事に気付いたのは、それから数分後。 壊れた音と道化師 -------------------------------------------------- 音にトラウマがあるリンと、そんなリンを心配するレン。 最初から最後まで書いた自分でもよく分からないです。 |