眩しい程明るい太陽に目を凝らし、そっと手を仰ぐ。斑な雲が散らばった青い空は太陽を隠そうとせず、その暖かな光に目眩がした。 太陽は好きだった。何故なら、こんな自分でも平等に暖かく包み込んで、幸せな気持ちにしてくれるから。時々眩しすぎて上手く直視できなくなるけど、それでも好きだった。 あの雲、何だかハートの形してるみたい。なんて、よく分からない数列を口に並べながらスラスラと黒板に書き散らす音を片耳に、少しだけ現実逃避を実行してみる。それでもずっとそれをしていたら、黒板の内容をノートに映す前に消されてしまうので。 リンはそっと窓から目を離し、その目線をゆっくりと黒板へと向けた。と思ったのだが、ふと彼が目に入ったので、視線は斜め前で止まってしまった。正確には自分の席から斜め三つ前の席。 そこにはリンと同じ黄金色の髪をした男の子が座っており、彼は丁寧に黒板の数列を写している。その後ろ姿だけで頬が染まってしまい、思わず自分の机に目線を逸らした。 彼は鏡音レン、気前が良く勉強も上位な為クラス委員を努めている。そして彼は、それは酷くモテる。クラスの女子で、彼に好意を向けている人はきっと半数以上いるであろう。仮に学校中の女子に好きな人は誰かというアンケートを取ったとして、彼は上位に入る確率は限りなく百パーセントに近いであろう。 だからいつも思う。そんな太陽のような彼の彼女が自分で良かったのか、と。 リンは彼、鏡音レンと付き合っている。 告白は彼からで、一人で学校に残って勉強をしていた時に丁度彼が教室に来て。夜遅くまで優しく丁寧に勉強を教えてもらい、その後告白された。初めは冗談かと思ったのだが、彼の真剣な瞳に圧倒されて。 いつも優しげな微笑みを浮かべ、先生からも信頼され、何でもこなすことのできるここの学校の王子様。そして根暗で直ぐ緊張してきちんと喋る事もできない、そんな自分。 こんな相対する位置にいるというのに、付き合っていても良いのだろうか。そんな言葉がいつもぐるぐると回って、頭の中をがんがんに攻撃する。 それでも彼の事が好きだから、告白を受け入れた事に後悔の言葉は一つもない。 リンは再び顔を上げて、そっとレンの方を見れば。彼もリンの方を見ており、リンは再度頬を真っ赤に染め上げて、机に目線を逸らした。 そんな二人を嫉妬の眼差しで見つめる人達が居る事に、リンは気付けないでいた。 鳴り響くチャイムの音。授業が終わり、待ちに待った昼休みになったという事で、売店に走る生徒達。リンはそんな生徒達を片隅に、そっと鞄の中から弁当を取り出した。 その時、突然頭をぐしゃぐしゃと撫でられたので、顔を上げてみれば案の定レンで。彼はいつもの場所で先に待ってると言って、早々に教室から出て行った。 そんな彼の背中を眺め、リンはそっと自分の弁当に目を向ける。今日は上手に卵焼きが焼けたと思うので、少しだけ自信がある。リンはその弁当を片手に持ち、席から立ち上がればいつもレンと一緒に食べている場所、屋上へと向かう為に踵を返した。その時だった。 どんっ。と突然横から衝撃が走り、派手に転んでしまった。その衝撃でお弁当はひっくり返り、きっと中身は悲惨な事になっているであろう。 リンは打ってしまった腰を抑え、ゆっくりと顔を上げれば。そこにはあからさまに口角を上げた、クラスでも派手な身なりの女の子三名がリンを見下ろしていた。 「あ、いたの?ごめんごめん気付かなかった」 「つかそれだけで転んじゃうっておかしくない?」 「……すみません」 彼女達の言葉にリンは小さく謝り、お弁当を持って立ち上がった。そんなリンに舌打ちをする彼女達の面白くなさそうな表情が目に入って、何だか怖くなってきて。 リンは震える体に鞭打って、逃げるように教室を後にした。 ああ、また逃げてしまった。 いつもレンが居ない所で先程のようなあからさまな意地悪をされており、リンはそれに言い返す事もできず直ぐに彼の元へと逃げる。これは臆病すぎる自分の悪い所。別に彼に告げ口している訳ではないが、逃げているという事実が弱い自分を晒しているようで何とも言えない。 レンと付き合うと決めた時からこのような嫉妬の火の粉が飛んでくる事を覚悟していたが、それでも実際に火の粉を被れば直ぐに臆病になってしまう。自覚していても、直す事のできない自分が嫌で嫌いで仕方がなかった。 ばん!と勢い良く扉を開ければ、それは予想以上に響いた。 全速力で階段を駆け上り、この屋上まで来たので直ぐに息が整わなくて、何度も荒い息遣いを繰り返す。屋上の空気は教室に籠もったものと違い、冷たくて澄んでいるそれは肺の中で循環していく。 だんだん息遣いが整ってきて、大きく深呼吸。そしてフェンスの近くで横になっている彼の所へと、再び地面を蹴り上げた。 「リン、こっちこっち!」 「ごめんね、待ったよね」 「謝んなって。ここで待っていたかったのは俺だからな……でも」 待たせた罰として、チャイムが鳴るまで俺の膝の上な? レンはリンに気付いたのか、すっと起き上がりニッと微笑めば。拒否権の見えない強制令を発動した。リンはその言葉に瞬きを数回繰り返せば、だんだんと意味を理解していったのか、真っ赤に火照っていく頬。 早くしろ、と目で訴える彼に答えるようにリンは恐る恐る彼の前に座れば、彼に足と足で逃げられないように抱き締められた。 どきとぎとスピードを上げる心拍数に比例するように、顔全体に熱が集中する。そんなリンとは裏腹に、余裕そうな彼に頭を軽く撫でられた。 教室に居た彼とは別人のような行動と、丁寧とは言い難い言葉遣い。紳士的かつ爽やか王子様と信じ込んでいる彼のファンが、今の姿を見たらきっと失望するであろう。いや、これはこれでアリだと開き直るのかもしれないが。 正直に言うと彼は紳士的でなければ爽やか王子様でもない。寧ろ強引なところもあるし、どちらかと言うと俺様主義だと思う。初めは驚いたが、それでもそんな彼だからこそ好きだし、皆の知らない彼をずっと独占しているという事実がとてつもなく嬉しかった。 そんな時、レンが嬉しそうにリンの持ってきた弁当に手をかけて、思わず肩が震える。 「今日も弁当作ったんだろ?くれよ」 「……ご、ごめん。ちょっと転んじゃって…」 「………。」 先程、クラスの女の子に押されて転んだ拍子に一緒に転がった弁当を眺めながら。リボンを垂らして申し訳なさそうに謝れば、レンは何か悟ったように黙り込んだ。 そして突然突きつけられる弁当。それは自分のものでなく、明らかに彼のもので。その弁当とレンを交互に見比べれば、交換だと彼は弁当をリンの目の前で置いた。 そしてリンの弁当を手に取り、蓋を開ければ案の定ぐしゃぐしゃになったおかず達。レンはそれを気にする事無く、口に運んだ。 「だ、だめだよレン君。それはあたしが、」 「黙って俺のを食べろ。これ以上口答えしたらキスするからな」 あと、この卵焼き美味いな。 なんて言うものだから。リンはこれ以上何も言えなくなって、ありがとう。と零し、彼の弁当に箸を付けた。 お弁当を食べ終えた後、リンはレンの膝の間で抱き締められまま、ゆったりとした幸せの時間を過ごしていた。彼に包まれた体が暖かい。その時、突然首元にキスを落とされた。その拍子に思わず肩が震えて、レンはくすりと微笑む。 何だか嬉しくて恥ずかしくて、リンはそう言えば先程弁当を食べてもらった事のお礼がしたいな、何ていう考えにこの恥ずかしさから逃げれば。 一向に離れようとしない彼にそう伝え、それでも尚このままが良いと言う。確かに彼と一緒に居るのは幸せだし周りには人なんて居ないのだが、なんせ恥ずかしいので自分の頭の中が爆発してしまいそう。 リンはお願い!と見上げれば、彼は目を丸くさせて頬を赤らめる。そして仕方ないな、とその拘束を離された。 じゃあちょっと待っててね。 そう彼に伝えて屋上から教室へと続く階段へと足を進めた。 お礼といっても自販機でジュースを買う事しかできないので、自販機のある中庭に向けて階段を数段降りた時だった。目の前に突然三人の女の子が立って、その妨害により自然と足を止める。 その女の子達は先程教室で突っかかって来た子達で。思わず目を丸くさせて、小さく肩を震わせる。足までも震わせて、今すぐにでも逃げたい衝動に駆られるが、今逃げれば確実に彼に心配される。 彼に無駄な心配は掛けさせたくなかったし、目の前の彼女達もきっと何か用事があるだけだ。そう頭の中で言い聞かせて、小さく深呼吸。 すると目の前の女の子達はその鋭い瞳で、強く睨みつけてきた。 運良く鏡音君の彼女になれたからって調子に乗ってんじゃないわよ!とか。あんたみたいな奴と鏡音君とじゃ全然釣り合わないのよね、とか。むしろ鏡音君が可哀想、とか。 彼女達の暴言が、鋭くリンの心の中に突き刺さっていく。 分かってる、分かってる。 彼とあたしとでは太陽と日陰みたいなもの。釣り合わないぐらい分かってる。 リンがだんだんと顔を俯かせるが、そんなリンの態度に調子付いたのか彼女達の暴言が止む事が無い。 「つか何であんたなわけ?有り得ないんだけど!」 「絶対鏡音君、本気じゃないから」 「むしろ別れた方が鏡音君の為に決まってる!」 甲高い笑い声と共に吐き出される言葉達に、リンはぎゅっと拳を強く握る。 分かってる、けど。どうして、どうして。あたしの事を中傷するなら良い、全て当てはまっているから。でもレン君が好きと言ってくれた想いまで踏みにじるのは止めてほしい。 リンは唇を堅く噛み締め、震える体でキッと強く目の前の三人を睨み付けた。するとその三人も笑うのを止めて、調子に乗らないでとでも言うようにリンを壁に追いやる。 そして、とん。と壁に背中を付けば、どっと押し寄せる恐怖。それでも目を反らせる事はしないで、逃げ出さないように足に根を張って。 神様お願いです、こんなあたしに少しだけの勇気をください。 「あ、あたしはっ…れれレン君が好きだから、別れるなんて、しししたくないですっ!」 声や体は震えていたが、瞳は真っ直ぐと目の前の彼女達を見据えていた。 その彼女達はというと、リンの気迫に一瞬唖然としていたが、その瞳は直ぐに鋭く光り。何かを言うために口を開けた瞬間、それは別の声に遮られてしまった。 「……そういうわけだから、リンから離れてくれない?」 その声に目を見開く一同。振り向く彼女達の間からその人物を確認すれば、それは案の定レンで。 彼は酷く冷たい瞳で見下ろしており、思わず背筋が凍る。彼女達は必死に自分達に置かれた状況から逃れる術を探しているようだったが、それも既に遅く。 「か、鏡音君……?」 「聞こえなかったのかな?離れろって言ってんだよ」 それでも彼女達は、あまりの衝撃に足を動かせないでると、レンはあからさまな溜め息を吐き出して。リンの手を優しく握り、行こ?といつもの笑顔で腕を引っ張った。 とんとん、と階段を降りていく途中で振り向けば、彼女達はその場に腰を下ろしてショックで唖然としていた。その姿を見て、何だか可哀想だと少しの罪悪感。 それでも彼に引っ張られる手のひらの温もりが暖かくて、暖かくて。彼の背中を再び見れば、ぽん。と頭に手を置かれて"頑張ったな"と言う彼の言葉に安心して、ポロリと涙が一滴零れた。 皆の王子様は、私だけの騎士でした -------------------------------------------------- キリ番の50000番を踏んでいただいた晴香様に捧げます! リクエストの表は爽やか王子、裏は強引で俺様なレン×ちょっと根暗な人見知りリンでしたが、何だか中途半端な終わり方で申し訳ないです。 この後きっとリンちゃんはレンに甘やかされるんだと思います。 リンちゃんに攻撃する女の子達に「ちょ、面貸せや」と言いたかったのは他でもない、私です← リンちゃんの敵は私の敵だああリンちゃん可愛すぎるううu リクエストありがとうございました! |