今日は待ちに待った文化祭。数ヶ月前から準備を行い、漸く迎えた今日の良き日に、リンは頭を抱えて床に座り込んでいた。
別に文化祭が嫌いという訳ではない。寧ろこの手のイベント行事は大好きなので、いつも楽しみにしている。なので落ち込んでいる理由は、そんな事ではないのだ。
心配そうな表情でリンに、気にしないでと頭を撫でているのは、親友である初音ミク。彼女は、白と黒が基調としたふわふわのスカートに、ふりふりのレースを纏ったエプロンを身に纏っている。その可愛らしいメイド服が、彼女の可愛さをより一層引き立てている。
そう、彼女は今メイド姿なのだ。そしてそれは、落ち込んでいるリンも然り。


リンは溜め息と共に、先程の出来事を思い出していた。
待ちに待った文化祭という事で、朝からテンションが高かったリンは、自分のクラスの出し物であるメイド喫茶を成功させようと、とても張り切っていた。
それに今日は二つ上の先輩でありリンが恋心を寄せる相手、鏡音レンと初めての校内デートができる。三日前、親友であるミクの手引きによって文化祭を一緒に回らせてもらうようになったのだ。
どうやら彼女の従兄弟がレンと仲が良いらしく、なんとも羨ましい限りだ。
と、いう事で。今日という日が嬉しくては楽しみで仕方がない。
それでも今日は、彼に自分達のクラスがメイド喫茶をするだなんて事は言っていない。理由は、只単に恥ずかしいから。
リンは午前中にクラスの出し物を手伝い、午後から自由行動という日程なのだが、それはどうやら彼も同じらしく。なので丁度良いと思い、早めに終わるようにリンは意気揚々にメイド服で注文を取る為に足を踏み出した。
それから数分後だったと思う、突然クラス内が黄色い声でざわつき始めたのは。生徒会長である神威がくぽ先輩が来たのか、それともカイト先生が来たのか。まぁどちらにせよ、リンはここからでは誰が来たのか確認できない位置に居るので関係無いのだが。それに、そこまで気にはならなかったので、あまり深く考えなかった。
そんな事を考えながら注文が来るを待っていれば、注文を聞いてきたミクに先程来られた人の注文を受けてもらうように言われたので。リンは彼女のお願いに頷き、サービスの水と一緒に注文を受けに足を踏み出した。

「……えっ?」

思わず足を止めてしまった。
そこに居たのは紫色の長髪では無く、サラサラとした青髪でも無く。自分と同じ黄金色の髪に、スカイブルーの透き通った瞳。そこに座っていたのは、紛れもなく自分の片想いの相手である鏡音レンだった。
確か午前中はリンと同じで、クラスの出し物の手伝いだと聞いた筈なのだが。リンは瞳を見開いて瞬きを数回繰り返し、ふと合った彼の瞳を数秒見つめる。
どきどきと高鳴る心臓が、思考回路をショートさせていく。そして、にっ。と笑みを見せる彼の悪戯っぽい笑顔を見て、はっと我に帰った。
自分の服装を一回確認すれば、湧き出てくるのは果てしない恥ずかしさ。リンは水を置いて早く逃げようと思い、急いで水を手に取れば、慌てていたせいか手を滑らせてしまった。
あっ、と声を出す前にそのコップは派手に転がり。ばしゃ、と中身が飛び散ったそれは、割れることは無かったのだが。それは目の前に居たレンの頭上にダイブし、その中身は彼の頭を濡らした。
リンは慌ててしゃがみ込み、持っていたタオルで濡れてしまったレンの服や顔を拭けば、小さな溜め息が聞こえてきて。
嫌われたらどうしようとか、呆れられたらどうしようとか。そんな不安が全身を包み込んで、そっと彼の顔色を伺うように、リンは彼を見上げた。
彼は仄かに赤い頬に、苦虫を噛んだような表情をしており。頬が赤かった理由は分からないが、その表情が何だか機嫌を悪くしてしまったのだと思い、思わず勢いよく立ち上がってその場から逃げるように立ち去っていった。


はぁ、と出てくるのは深い深い溜め息。
先程までの事を思い出し、再び込み上げる自己嫌悪。こんな姿を見られた挙げ句、水浸しにして途中で逃げたのだから、嫌われて当然だ。
せっかくミクが自分の為に、レンと文化祭を回れるように配慮してくれたのに、これでは全てが台無し。大丈夫だよと微笑みかける彼女の優しい言葉でさえ、頭にきちんと入ってくれなくて。じわりと滲み出る涙が、メイド服の袖に小さな染みを作った。
この機会にたくさん彼と話して、たくさん彼の事を知って、そして彼と親しくなりたかったのに。
再び込み上げてくる深い溜め息を吐き出せば、今度はぱたぱたと急いだような足音が聞こえてきた。
少しだけ顔を上げれば、それはグミで。彼女はミクと同じようにリンの目の前でしゃがみ込めば、リンの頭を軽く撫でた。

「さっきのお客さん、鏡音先輩がリンを呼んでるよ。」
「……え?」
「さ、早く行ってこい!」

そして、頑張ってね!
なんて。グミにぐいっと引っ張られて、無理矢理立たされ。そして背中を押されながら彼女の声援に耳を傾けるも、心の準備が整っていないので、え、え、と戸惑うばかり。
ミクもグミと一緒に、頑張れ。とリンの背中に声援を送っており、抗議する間も無く表に放り出されてしまった。
今の時間帯はお昼前なので、お客さんもたくさん居る。突然出てきたリンに視線が集まり、何だかその視線がとても痛い。
リンは体を縮めて、鏡音先輩の方へ目を向ければ。彼はタオルで髪を拭いており、何だか申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
どういう風に謝れば良いのだろうか、どういう風に話し掛ければ良いのだろうか。まったくシュミレーションのできていない頭の中で、どうしようの五文字がぐるぐると回る。
すると彼もそんなリンに気付いたのか、その場で立ち竦むリンに手招きした。リンは戸惑いながらも、ゆっくりとした足取りで彼の方へと足を進めれば。
彼は満足気に微笑むが、あー濡れちゃったなぁ。と、頭を拭くタオルをそっと自分の肩に掛けた。
彼の言葉に再び申し訳ない気持ちが湧き出てきて、すみません。と頭を下げれば、再び滲み出る涙が目頭に溜まっていく。涙を流すところなんて見られたくなくて、そのまま頭をずっと下げていれば。
顔上げてよ、と冷たい声が聞こえて。恐る恐る顔を上げれば、彼は頬杖を付いて小さく微笑んでいた。
その綺麗な笑顔に、どきっ。と心臓が高鳴るのと同時に頬に熱が溜まっていく。
そして彼は改めて注文をする為にメニュー表を手に取ったので、リンもメモ帳とペンを手に取り。チーズケーキとショートケーキ、コーヒーとオレンジジュースしかないメニューの中から何の注文が来るのかを待っていれば。

「じゃあ、バナナケーキ欲しいな」
「……え?それはメニューには無い、です」
「ん?そうなんだ。じゃあ、」

ああ、また嫌われてしまった。と、自己嫌悪に胸を痛めていれば。
レンはガタンと椅子を鳴らせば、そのままリンの顎に手を添えて。
余りの突然な出来事に、息をするのを忘れていた。唇にある柔らかな感触、そして目の前には彼いっぱいに広がる。キスをされたんだと気付いたのは、彼が唇を離した時だった。

「リンちゃんが欲しいな」

拒否権の見えないその言葉の意味を理解してしまえば、一気に顔が赤くなっていって。
辺りに居る人達は当然の如く二人に視線を集中させている。それでもそんな視線に気を止める余裕も無くて。
リンはぐるぐると回る視界の中、その場から逃げるように教室から走り去っていった。




逃走恋愛ってやつですよ




リンが走り去って行った直後、その教室に入れ替わるようにミクオが入ってきた。
彼はレンと仲が良く、世間で言う悪友とでも言っておこうか。そんなミクオは先程の出来事なんて知るはずも無く、唖然としている教室内に小首を傾げ。
そしてレンの方へと視線を向ければ、彼は緩む頬を隠すように両手で頬杖を付いている。

「…なぁ、何があったんだ?」
「いや、リンちゃん可愛いなぁって思っただけだよ」
「は?」




--------------------------------------------------
キリ番41000番を踏んでいただいた、捺実様に捧げます!
リクエストの先輩リン廃鬼畜レン君×後輩萌え萌えメイドリンちゃんです。
鬼畜になりきれなかったです。そして書いてる途中でレン視点にすれば良かったと思いました(笑)
しかし学パロで学園祭にメイド喫茶を行うリンちゃんクラスだなんて、なんて美味しい設定なんでしょうか!メイドリンちゃん可愛いよ、可愛すぎるよ^^
それなのにgdgd文章になってしまい、申し訳ないです。それでも書いていて楽しかったです^^
リクエスト、ありがとうございました。





人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -