ああ、どうしてこんな事をしているのだろうか。 手首にちくりと痛む傷、そこから溢れ出る赤い血が浴槽の中で広がっていく。今、リンは手首を切ってそれを浴槽の水に浸している。 放心状態の瞳は、虚ろにも天井を眺めており、その瞳には何も映っていない。ぐったりとした体を動かす事も億劫で、このまま死んでいくのかななんて思えば、自然と口角が上がっていった。自分のお望みの死に方は何かな、このまま何も考えずにいつの間にか死んでいたなんて滑稽だけど、それも有りだと思う。 昨日までは彼が居なかったから、きちんと生きようと思っていたのだけれど、やっぱり無理だったみたいだ。 今日から彼が家に居る。 彼は、年が三つ上の兄である鏡音レン。昨日まで彼は高校の部活での合宿で、家を開けていたが、今日帰ってきたのだ。そして今は部活で家を空けている。 彼はいつもリンを虐めて、ストレスを発散している。それは小学校の頃からずっと続いており、初めは小さな事だったのだが、それが段々とエスカレートしていき。もう、自分の体も限界に近くなってきた。 暴力は当たり前だし、性的暴力も多々あった。親は家を空けがちなので、バレるなんて事はない。 何だか無限に続く地獄を見ているような気分だ。 何度も死のうとしたけれど、怖くて出来なかった。それでも何度も何度も手首を切って、今まで死ぬ事は出来なかったけれど、だんだん死に近付いている気がして心地良い。 服の下から覗く大きな青痣に、軋む骨。この痛みから逃れたくて、早くこの生を終わらせたかった。 そんな時。 がちゃり、と玄関から扉が開く音がして思わず肩が跳ねた。 一瞬、息をする事を忘れる。目を見開き、目線だけを浴槽の扉へと向けて。冷や汗一つ。 この時間帯に親が帰ってくる筈ないし、兄は部活の筈だ。もしかして部活が早くも終わったのか、否か。そうであったとしても、そうでなくても、お願いだからこの浴槽には来てほしくない。 そんなリンの願いも虚しく、すっと浴槽の扉の前に人影が映った。その瞬間心臓が止まった、そんな気がして。その人影のシルエットだけで、誰かなんて分かってしまい、無意識に息を押し殺す。 元々電気は点けていなかったので、居ないと判断してこの場から立ち去る事を頭の中で何度も何度も願う。しかし、やはり現実はそう上手く事が進んでくれず、ゆっくりと扉が開かれた。 そこに居たのは案の定、兄である鏡音レン。その表情は冷たく、まるでリンを蔑んでいるような冷え切った瞳をしていた。その瞳を見て、湧き出る恐怖という感情。 「何してんの?」 「……っ」 「何してんだって聞いてんだよ!」 ばんっ、と響く鈍い音と同時に体を縮こませる。 恐怖で彼の質問に上手く口が動いてくれなくて、そんなリンに腹を立てたのか、彼が思いっ切り扉を蹴っ飛ばしたのだ。そして縮こまるリンの体を数回蹴りを入れ、聞いてんのか!と怒鳴り上げる。 怖くて痛くて、何も言えないでいると、レンは舌打ち一つ。そしてリンの髪を乱暴に掴み上げた。 俺をあまり苛々させるなよ。 彼がそう囁いた次の瞬間、リンの頭を無理矢理浴槽の中へと押し入れた。突然の事で、水の中で空気を思いっ切り吐き出してしまった。がぼがぼともがくが、彼は手を離してくれず。 少し飲み込んでしまった水は少し鉄の味がして、吐きたくても吐けなくて、息をしたくてもできなくて。 もがく力も段々無くなっていき、そのまま意識を飛ばしかけたその瞬間。リンの髪の毛を掴む彼の手に引っ張られ、ざぱぁっと浴槽から顔を上げた。 咳き込みながらも息を小刻みに吸えば、再び水の中へと顔を押し込まれる。再度息ができなくなり、ばたばたと腕を動かして苦しいと訴える。それでも彼は頭を離してくれず、顔を上げたくてもビクともしないこの現状に頭が上手く働かなかった。 苦しくて苦しくて、殺されるんじゃないかという恐怖が全身を駆け巡る。 そして漸く顔を上げられ、呼吸を一、二回すると再び水に顔を入れられた。流石にこれ以上は、本当に死んでしまう。それでもリンはこの繰り返しに、抵抗する力もない程弱りきってしまった。 「……もう、殺して」 何度目か繰り返され、顔を上げた時、消えそうな声でリンは呟いた。 虚ろな瞳は焦点が合っておらず、今にも気絶してしまいそうな程。咳き込みが激しく息もきちんとできず、涙と鼻水が浴槽の水に混じっている。 こんなに辛くて苦しいのならば、いっそのこと殺してくれた方が楽だと思う。どうして彼はこんな事をするのだろうか、嫌いだからと言うのならば殺してほしい。否、きっと彼は楽しんでいるのだ、苦しむ妹の姿を見て。 レンはそんなリンの髪の毛を掴む手を離し、瞬き一つ。そして思いっ切り吹き出せば、そのまま可笑しそうに笑い声を上げた。その声は浴場に響き、頭の中に木霊する。リンは自分の手首から流れる血に気を止める事も、彼の笑い声に反応する事もできず、ただただ虚ろな瞳で床を見つめた。 するとレンは突然、そっとリンのぐったりとした体を抱き締め、ぎゅっと力を入れる。 そして、くっくっと喉で笑う声がピタリと止んだかと思えば、にっと口角をつり上げ。 「この先ずっと逃がしてやんねぇよ」 だから死なせてあげない。 そんな残酷な言葉を耳元で囁く彼が、恐ろしくて恐ろしくて。それでも限界が来たのか、そのままぐったりと意識が遠退いていく。 最後に"愛してる"なんていう幻聴まで聞こえてきて、明日このまま目が覚めない事を願いながらも意識が飛んでいった。 本当にどうしてこんな事になってしまったのだろうか。 まぁ今はもうどうでも良い、ただ眠いだけ。 バイオレンスライフ -------------------------------------------------- Sヤンデレン×ヤンデリン 兄と妹設定でDVの話。 何か無駄に暗くなりすぎた。 |