(リン視点)


一昨日のクリスマスはいつも通り家族と聖夜を過ごし、昨日は普通に冬休みを過ごした。そして今日は補習の為、学校に足を運ぶ。そんな何も変わらない筈の日常なのに、何だかいつもと違ってみえた。
理由は簡単。一昨日のクリスマス、自分の好きな人である鏡音レン君と手を繋ぎ、その上お店でお揃いのキャンドルを買ってもらったのだから。
思い出しただけでじわじわと顔に熱が溜まっていく。リンは頬を両手で包み込み、ぎゅっと目を瞑った。まだ彼とは沢山話をした事がないけれど、それでもこの好きという気持ちが本物だっていう事が証明されていくような気分だ。
もっと話をしたい、もっと仲良くなりたい、もっと近付きたい。
そんな願望と希望の言葉が頭の中で渦巻いて、それでも一昨日が最初で最後のチャンスだったのかな、という不安も一緒に渦巻いていて。あの時もっと話をすればよかったな、という後悔の言葉まで出てきて、リンは小さく首を横に振り。
いつの間にか着いていた学校に足を踏み入れた。

短い冬休みに補習だなんて笑えないが今日一日だけなんだと思えば頑張れる、気がする。
リンは期末テストの結果は基本的には悪くなかったのだが、数学だけ一桁という悲惨な結果になってしまったので、冬休みに一日だけ補習を行う事となったのだ。はぁ、と深く溜め息を吐き出しながら、重たい足取りで教室に入る。
すると、そこに居たのは数人の生徒。彼等もリンと同じようにテストが悲惨だったのであろう。何だか仲間意識を感じる。
リンは一番後ろで窓際の特等席に座り、そっと鞄の中から筆記用具を取り出した。ふと窓から外の様子を伺えば、丁度見えるグラウンドで、サッカー部の部活をしている様子が見える。冬休みまで部活だなんて大変だな、と思いながら眺めていれば。練習試合をしているのか、この学校のユニフォームを纏った男の子がゴールを決めた。
その男の子は嬉しそうに同じチームの子とハイタッチをして、振り返って。そこで漸く気付いた。その男の子は、自分の恋する相手である鏡音レンだということに。
リンは何だか自分まで嬉しくなってきて、一気に頬を赤く染める。そしてそこでタイミング良く先生が来たので、名残惜しくもそこから視線を外し、黒板に目を向けた。

補習の内容なんて上手く頭に入ってくれない。時々外を見て、黒板を見て。その繰り返しで、ノートには黒板の文字の半分も写せていない。
駄目だとは分かっているが、どうしても彼の様子が気になって。いつの間にか目で追ってしまう。
そして、ふと前の席に座っている女生徒三人組が目に入った。彼女達も窓の外を眺めて、小声だがキャーキャーと黄色い声を上げている。そして聞こえてきたその声を聞いて、少しだけ後悔した。
やっぱり鏡音君カッコいいよねとか、あたし本気で好きなんだけどとか。
その言葉を聞いて、ああやっぱり鏡音君って人気があるんだな。とか、あたしなんかじゃ適わないな。とか、朝に感じた嬉しさなんて忘れて、そんな弱音が胸を締め付けていく。
ああ痛い、痛いよ。届かない恋って、こんなにも痛いんだね。
ストーブや暖房のかかっていないこの教室が寒くて、そっと手と手をさすった。


空が夕暮れがかった頃、漸く終わりを告げた補習に溜め息一つ。
用事の終わった教室は、だんだんと人が居なくなっていき。外を眺めてみても、もうサッカー部も部活が終わったのか、誰も居ない。それでも帰る気にならなくて。
リンは机にうつ伏せになり、そっと瞼を閉じた。そんな時だった。
ガラッと勢い良く教室の扉が開き、思わず体を震わせて、そっと顔を上げる。そして扉の方へと顔を向ければ、そこには先程グラウンドに居た鏡音レンで。
どうして居るのだろうとか、もう部活はとっくに終わったんじゃないのかなとか。そんな言葉さえも口から出なくて。ただただ目を丸くさせて彼を見つめた。

「あれ?鏡音さん、どうしたの?」
「え?あっ、えと。ほ、補習です」
「ああ、なるほど」

忘れ物を取りに来たのか、自分の机の中を漁りながら納得する彼を見て、くすりと笑みが零れた。
すると、彼と目が合い。彼も同じように、くすりと笑みを零す。
ああ、適わないと分かっていても、やっぱり好きだな。と、思う。
くしゅん。
そんな事を思っていたら、あまりの寒さにくしゃみをしてしまった。放課後だからか、朝より冷えてきたような気がする。
リンは手をさすり、そこに息を吐く。すると突然彼が目の前にやって来て。リンは、どうしたのかと思い小首を傾げれば、彼はそっとリンの両手を包み込んだ。

「大丈夫か?こんなに冷たい…」
「かか、か鏡音君っ!?えと、え?え?」
「手、繋いでたらあったかくなるだろ、な?」

動揺するリンに、レンはにっこりと微笑む。
どうして彼はこんなあたしに声を掛けてくれるのだろうか。期待しても良いのだろうか。
……なんてね。
どきどきと煩く鳴り響く心音がこの冷たい教室内に反響して、目の前の彼に聞こえそうで、聞こえなさそうで。
リンは繋がる手のひらを眺め、真っ赤に火照る頬を誤魔化すように目を伏せる。
そしてさっきの期待なんて無かったかのように、リンは目の前の幸せにそっと微笑んだ。




放課後の教室は少し寒くて、きみの手はこんなにも温かい。




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