がっしゃーん!

突然鳴り響く何かが倒れるような音。背中からしたその音に、食器を洗っていたデイダラは背筋が凍りついた。
ギギギ、と錆びれた機械がぎこちなく動くように、ゆっくりと振り返れば。案の定、食器棚が綺麗に俯せに倒れていた。

また、やってしまった。

今日は特別にこれといった用事や行事は無いのだが、何故か突然。そう、突然サソリに会いたくなり、彼の家にお邪魔になりにきたのだ。
しかし当の本人であるサソリは、すーすーと規則正しい寝息を立てて気持ちよさそうに睡眠中。流石にデイダラも、彼が忙しい毎日を過ごしていたことは自覚していたので。
それに、たまたま。そう、たまたま昼食でも作ってやろうと思ってしい、今に至る。

しかし、この惨劇は何なのだろう。
二人前の昼食を作り終え、後片付けに皿洗いをしていたらこうなったのだ。
ご飯を食べて喜んでくれるサソリを想像して、浮かれてしまっていたのであろう。
毎度の事ながら頭が痛くなってくる。

「あー、くそ…。なんでこうなるんだよ、うん」

かちゃかちゃ、と溜め息を漏らしながら食器棚に入っていた皿(だったもの)を拾っていく。
一体どのくらい割れたのだろうかと思い、倒れた食器棚を再び見れば、現実逃避したくなった。食器の数は数えきれないほどあり、高級そうな物からシンプルなものまで幅広い。唯一の救いは、何台かある食器棚のうち一つだけしか倒れていないということ。
(やっぱ謝んねーと、怒るよなぁ…)
デイダラは再び深い溜め息を吐いた。

「……いっ、て」

かちゃ、と皿の破片を触れば、ちくりと小さな痛み。痛みを覚えたその人差し指を見れば、ぷっくりと赤い血が滲み出ている。
じんじんと熱くなってくるその指を、舐めてしまえば治る!と言わんばかりに口に含もうとした。
…含もうとしていたのだが、

「あ…旦那。お、起きたのかい、うん?」

突然現れた影にビクリと肩を震わせ、その影の持ち主を見上げれば案の定サソリがいて。言い訳を幾つか考えたが、今のこの状況を見てセコい言い訳なんて皆無に等しいのは一目瞭然で。
デイダラは恐る恐る顔を上げ、サソリへと目線をかえた。

すると突起サソリに抱き締められた。まるで壊れ物を扱うように優しく。
彼に抱き締められたという事実何よりも恥ずかしく、嬉しく。突然真剣な声色になった彼にその指を取られた事に反応するのが一瞬遅れてしまった。

「な、な、……なに、してっ!?」

初めは真剣にその傷を見ていただけなのだが、突然ペロリと舐められたかと思えば、次の瞬間にはその指がサソリの口に含まれていた。
デイダラの顔は、彼のその行動と暖かな唾液に、かぁっと熱が集中していく。指に舌が絡みつき、血を抜くように吸いついてくる。
ちゅっ、ちゅっぱ、と唾液と空気が弾く音が聞こえてきて、恥ずかしくて舐められていない方の手で自分の口を隠し、サソリから顔ごと目線を外した。
それでも音は消えず、時々ちくりとする痛みにさえ興奮を覚えてしまう始末。
ちらりとサソリの方を目線だけで見れば、ぱちりと目があってしまった。その瞬間ぼっと顔から火が吹いた。
そんな自分とは裏腹に、ふっ。と、優しい笑みを見せる彼が格好よくて。本当に自分は彼が好きなんだと、改めて実感する。

そして、漸く指から唇を離した。離れた後、空気に触れて少しひんやりとする。
名残惜しいだなんて、少し感じてしまった自分が恥ずかしくなった。それでもサソリの方を再び見てみれば。
再度、ぎゅっ。と抱き締められた。

「……気を付けろよ。」

どんな高価な食器が壊れようと、お前が怪我をする方が嫌なんだから。そう言われているような気がして。
ああ、幸せってこの時間の事なんだな。と、自然と笑みがこぼれる。
きっともう冷めてしまっているであろう昼食を背中に、デイダラは確かに幸せを感じていた。



何よりも大切な、君




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