目の前にある、如何にもな雰囲気を漂わせている建物。
これは先日できたばかりの、所謂お化け屋敷というもので。とても怖いらしく、一部の学生の間でとても有名になっている。
それを証明するかのようにいつも開演時間前には数えるのも億劫になる程の客が並んでいる。
そして今、自分はそのお化け屋敷の長蛇の列の一部と化している。隣で、明らかな溜息が聞こえてきたが、それはいつもの事なので気にしていない。

事の発端は、今から約一時間前。
いつも嫌いだとか死ねとか言う、可愛いけど可愛くない恋人が来る時間帯になった事を携帯電話の時計で確認する。
彼はいつもなんだかんだ言って毎日ここに来る。もちろん放課後は仲良しな他の二人と遊んでいて遅くなる時もあるが、必ず欠かさず来る。
自分が毎日彼の事を考えてしまう程夢中なのと同じくらい、彼も夢中なのだ。
互いに好きだから恋人というランクに向上したのだし、それにこれは義務ではない。全てにおいて任意なのだが、彼はここに来る事を選んでくれている。
つまりこれは自惚れでもなんでもなく、確信なのだ。
彼の考える事が分かりやすいとか、分かりにくいとか。そういった事ではなく、ただ彼の行動が全てを物語っているだけの事。
臨也はぴらぴらと二枚のチケットを眺めながら、無意識のうちに零れる歓喜に胸を踊らせる。
すると、噂をすれば何とやら。
こんこん。と、控え目に扉を叩く音が聞こえて、その後扉が開く音がした。
誰が来たかなんて顔を見なくても分かるのだが、聞こえてきた声にそれ以上に嬉しくなる。そしてその姿を見れば、正臣が目の前にいるだけで嬉しくて嬉しくて思わず彼の小さな体を抱き締めていた。
突然の事に慌てたように名前を呼ぶ声は震え、彼の頬は真っ赤に染まっており、思わず零れる笑み。
そして彼に見せつけるようにチケットを取り出した。
"ね、今からデートに行かない?"
突然すぎたかとも思ったが、生憎学生の休みである土日は欠かせない仕事があるので無理だし、仮にも実際にも付き合っているのにデートの一つもしてあげれないのは何だか難痒い。
正臣はそんな臨也の突然の言葉に驚きを隠せず一瞬固まっていたのだが、小さく溜息を零し。
仕方が無いな。と両手を腰に持って行き、満更でもなさそうに笑みを噛み締めた。

そんなこんなで今に至るのだが、これはどうした事なのだろうか。
ナンパ好きな明るい性格の正臣をお化け屋敷に連れて行けば、いつも以上にハイテンションで喜ぶだろう。と思い、実は一ヶ月前から予定を立てていたのだが、予想外にもいつもより口数の少ない彼。
それに疑問に感じながらも、彼の口数が極端に少なくなったのがお化け屋敷に着いた頃からだという事を思い出した。
もしかして怖いのだろうか。と思っていれば、いつの間にか前列は居らず。自分達の番に回ってきたので、そこまで深く考えなかった。

中へ入れば、そこはまるで先程とは別空間に居るのではないかと感じてしまう。
真っ暗闇の中に、ぽつりぽつりとある蝋燭の火。歩く度にそれがゆらゆらと揺れ動き、大きく映し出された自分達の影が不気味に揺れる。
障子やら提灯やらが左右にあり、その純和風のような造りが上手く不気味さを演出させている。
こんなところで無駄に力をいれる人間に関心しながらも先を進んでいれば、どこからか聞こえてくる、ぎし、ぎし。という床が軋む音。
そして突然血糊が血飛沫のようにリアルに左隣の障子に飛び散った。
それと同時に隣から聞こえた小さな悲鳴。
ふとそちらへ顔を向ければ、正臣が体を強張らせて自分の腕を抱きながらも前後左右を確認している。
そして不規則に震える肩。そこで漸く確信した。

「もしかして、怖いの?」

顔を窺うように聞いてみれば、面白いほど跳ねる肩。
そして慌てたように、怖い訳ないじゃないすか。とぎこちない笑みで首を横に振った。
しかしその様子からして嘘だという事は丸わかりで。それでも困った様な驚いたような、そんな表情で必死さを噛み締めるその仕草が可愛くて、可愛くて。
臨也は気付かなかったフリをして、薄く笑みを零しながら、ふーん。と意味深げに頷き、再び前方に顔を向けた。
完成度の高いこのお化け屋敷は進んでいく度に不気味さが漂う。
それでも定番であるお化けの格好をした従業員が突然出てきたりして、その度にびくびくと肩を震わせるものだから。
お化け屋敷そのものを楽しむよりも、それに怖がる正臣を見る事の方が楽しい。
両手をぎゅっと握りしめて、下唇も噛み締めて。辺りを警戒して目線がいろんな所を彷徨いながらも、歪む視線。
怖がっているのは明らかだが、それでも頑張って我慢をしている事も明らかで。

このまま彼を放置して震える姿を堪能するのもありかもしれないが、空いた右手が何だか寂しい。
一人の人間だけにこんな特別な感情を抱くなんて、きっと世界中の人間を見ても探しても彼しか居ないだろう。
そんな事を考えながら彼の空いた手を掴もうと、そっと右手を伸ばした。しかし、その瞬間目の前に青ざめたゾンビのような人形がバッと出てきて。
正臣は驚いて両手を口に持って行き、その手はベタにも空を切った。
硬直する正臣の顔は青ざめており、再び辺りを厳重に警戒しはじめる。そんな彼に溜息が洩れながらも、行き場の失った右手を戻せば。
空いている筈のその右手に温もりを感じた。
そっと視線をそれに向ければ、そこには自分の右手に重なった手。これでお化け屋敷の怖がらせる為の類だったら笑える。なんて思いながら、そっとその手の持ち主を確認した。
すると、それは予想外なのか予想通りなのか。正臣が恥ずかしそうに、それでも必死そうな瞳を向けて、ぎゅっ。と右手を握りしめている。

「…今だけは、こうさせて下さい」

ぎこちなく言葉を紡ぐ彼に思わず笑みが零れる。
またお化け屋敷に来よう。と決意しながらも、今はそんな事はどうでもいい。
震える愛しい人の手のひらの温もりを感じながら、慣れない幸せを噛み締めた。




素敵な思い出作りってやつですよ




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お化け屋敷に行く臨正
実は私、お化け屋敷に行った事がありません←
そして臨也がうざやじゃなくなった。
しかし後悔はしていないです^^
リクエストありがとうございました!




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