(微々えろ)

彼はいつも突然だ。
それは今回も例外ではなく。学校が終わり、帝人と杏里と一緒に放課後を過ごしていれば、彼からメールが来たのだ。
それは、直ぐに来て。という短文だったが、その少ない文字に拒否権が無いという事が滲みでていた。
なので今、正臣は駅のホームに立っている。本当は行きたくなかったし、もっと帝人達と過ごしていたかった。
それでも彼の言葉を拒否したり無視すると、何となく後が恐いので自然と足は彼の家へと進んでいく。

正臣は小さく溜め息を吐きながら、人で溢れかえるホームで肩を落とした。
見渡す限り人、人、人。人が居ない所なんて無いんじゃないかと錯覚してしまう。
正臣はちらりと自分の手にある鞄と紙袋へと視線を変える。
この紙袋の中身は女の子に人気な、小さなお菓子屋さんで買ったもの。それはとても可愛いらしくラッピングされており、彼に合わないなと見た瞬間そう感じた。
(別に臨也さんの為じゃないけど…)
彼の驚く顔を想像しながら、気まぐれって恐ろしいな、と改めて感じた。
夕暮れだというのに、照りつける太陽は未だに健在で。正臣は小さく欠伸を漏らし、目を擦る。
そして、片手にある小さな袋を再び見て、微かに口を緩めた。

数分後、漸く目的の電車が到着。
人が我先にと入っていき、正臣もその中へ流されて行く。登下校に電車を使わない正臣は、この人の流れに未だ慣れた試しが無い。
正臣が乗ったのは一両目のドア付近。取りあえず近くにあった手摺りを持ち、バランスを保つ。
ガタンゴトンと揺れる車体に酔いそうになった。
その時。

「!?」

お尻に妙な感覚。
一瞬、当たっただけかと思ったが、ゆるゆると撫でられるこの感触は絶対人為的だ。
(ちょっと待て、俺は正真正銘男だぞ!?)
セクハラする相手の性別を間違えるだなんて、馬鹿げてる。間違えるなら、せめて他の人にしてほしかった。
それでも声を上げないのは自分が男だから。男がセクハラされてます何て言って、誰が信じてくれるのだろうか。
顔を真っ青に染め、半分呆れながら恐る恐る後ろを振り返えった、その瞬間だった。
ガタンガタンッ
真っ直ぐ進んでいた車体が、緩やかに弧を描きカーブを曲がる。
その衝動により、後ろに居たの人に押され、背中から覆い被される形となる。電車のドアに勢いよく顔面をぶつけてしまった。

「っ、…痛」
「大丈夫?」

後ろから覆い被さる人物の声が、耳に直接入ってくる。
とても綺麗な声色をしているが、どこかで聞いた事のある声。数秒の間、記憶を探ったが答えは出てこなかった。
しかしそんなくだらない事を考えている場合ではない。
この状況をどうにかしなくては。
この後ろにいる人物は穏やかな声色で、正臣の尻を撫でているのだ。
(こいつかよ、さっきの勘違いセクハラ野郎は……!)
まだ勘違いしてるのかと、呆れ顔になる。仕方がないので自分が男だというのを教えてあげようと思った矢先、奴の尻を撫でている方の別の手が、服の中に突っ込んできた。
ゆるゆると撫でるその手は突起を摘み、柔らかく撫でて快楽を誘う。
膨らみのない平らな胸を触って女ではないことは分かった筈だが、厭らしく触るその手は止まる事を知らない。
この状況から逃げたいが、体重を掛けられている為振り返る事も叶わない。
(くそっ……な、んで…?)
流し目で両隣を見てみると、こちらの様子には気付いていない様子だったので少しの安堵。
しかし、その安堵も束の間、正臣がホッとしていたのが気に食わなかったのか、相手の尻を撫でていた手がゆるゆるとズボンの中に入っていくではないか。
しかも正臣の自身を鷲掴みし、じわじわと扱いていく。

「……っ、くぅ…ッ」
「ほら、集中しないと周りに聞こえちゃうよ?」

小声で再び耳元で囁いてくる。言葉を発する度に掛かる、奴の吐息に身震いがする。

「やめ……ろ、俺は…お、とこ…」
「知ってるよ?だってずっと前から見てたからね」
「!?」

体中の身の毛がよだつ。
コイツ、気持ち悪い!

「さぁ、頑張って声を我慢してね」
「…っ!……、ぅくっ……やぁ…」

ぐっと力を入れて、扱かれる。じわりと先走りが奴の手を濡らす。
気を抜いたら直ぐにでも達しそうだ。しかし、ここは電車の中。たくさんの人の中でイくだなんて言語道断。
正臣は目に涙を溜めて、唇をぎゅっと噛み締める。顔は真っ赤で、ドアに頭部を付けて俯かせていた。
足がガクガクと震える。ガタンガタンと揺れる車内で、バランスを保つのが精一杯。これ以上大きく揺れると直ぐに倒れてしまいそうだ。
それを知ってか知らずか、そんな小刻みに揺れている自分の足の間に奴の自身が入ってきた。それはズボン越しだがよく分かる程の質量で、見た瞬間吐き気がした。
奴はそれを太ももの内側を誘うように擦り合わせてくる。勿論、正臣の自身を扱く事も忘れずに。
(くそっ、…さいあ、く)
ガタン……ガタン……、
瞬間、さっきまで大きく揺れていた車内の揺れが止まった。
どうやら駅に着いたらしい。
後ろにいる奴もそれを察してか、名残惜しいように服の中とズボンの中に忍び込んでいた手を、取り出し、足の間に入れていた奴の自身も抜いた。
そして、耳元で一言。

「今度は、二人きりでヤろうね」

そして正臣の上から退き、人混みに姿を消していった。正臣は真っ青になりながらも、ホッと安堵の溜め息を吐く。しかし、一度上昇した熱をどうにかしなければならない。
電車が完全に止まりドアが開いた瞬間、正臣は急いでトイレに向かった。


それから、漸く臨也のマンションの前までやって来た。
あのセクハラ野郎はどうなかったのか分からないが、気持ち悪い悪趣味野郎だということは分かった。電車には暫くの間乗らないでおこうと、心の底からの後悔。
願うなら、今後一生会いたくないものだ。

不機嫌な表情で扉を開ければ、無駄ににこにことした笑みで臨也が出迎えた。
そんな彼を見てより一層顔を不機嫌にする正臣に、どうしたの。とにこかに聞いてくる。中へと促され、靴を脱ぎ中へと入る。
そしてゆっくりと椅子に座れば、彼は自分が隠している事をまるで知っているように、再び何かあったのか尋ねてくる。。
正臣は観念したのか、握る手のひらをぎゅっ。と握り締め、ぎこちなく口を開けた。
正直言うと言いたくない事を無理に聞かれるなんていい迷惑なのだが、なぜか安心できる。
自分は、電車の中での出来事が怖かったのかもしれない。

「……セクハラ…」
「?」
「電車の中でセクハラされたんです…俺、もう……」

あのセクハラ野郎は正臣が男だと言ったら、前から知っていると言った。つまり前々からストーカー混じりの事をされていたのかもしれない。
今後外に出たら、またセクハラをされるのでだろうか。
そう思っただけで、目尻に涙が溜まってくる。顔を青ざめ、かたかたと体を震わせる。
この行き場の無い不安と恐怖。
どうすればいいのか分からなくて、震える体と声にぎゅっ。と目を瞑った。

「安心しなよ、大丈夫だから」
「…なんで、なんでそう言いきれるんすか?」
「え?だってそれ俺だから」
「は?」

数秒間の沈黙。
少し脳内を整理しよう。あのセクハラ野郎は臨也で、ここに正臣を呼んだのも臨也。つまりあの電車内でのセクハラは計画的なもので。
今度は違う意味で震える体に、引きつる口元。
未だに手に握ってある、彼の為に買ったお菓子の入っている紙袋をぎゅっ。と握り締める。
そして、あの続きをやるき満々の目の前の彼に、思いっきりぶつけてやった。




それは悪戯を通り越して犯罪です





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電車でそんな事をやってたら周りの人は普通気付くよね、という突っ込みは無しの方向で←




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