それぞれの




ひっくり返った弁当を手づかみで食す老人の姿は、とても奇妙なものだった。まるで物乞いのような仕草だが、その男から卑しさはまるでない。
それに、老人なわけはないだろう。動きや声質、身体つき全てが衰えていく老人の肉体とは真逆のもので、それどころかこれから成長していく若い男のものだ。コロシアムでも圧倒的な力を見せたこの男が、何か理由があってこんな変装をしているであろうことを、レベッカも気がついていた。ルーシーという名前だって、もしかしたら偽名なのかもしれない。
しかし、敵であるはずのこの男を、レベッカは嫌いになれないでいた。騙して殺そうとした自分を憎むでもなく、礼を言ってくる人間など、今までに出会ったことがない。
「ルーシー、本当にごめんなさい」
「ふぁんであやふぁんふぁ?」
口いっぱいに床にまみれたコロシアム弁当を含む男は、何を言っているのかよく分からなかった。それでも、なんとなくその意味は感じ取れる。なんで謝るのだと、ルーシーはそう言っているのだろう。
「だって、あなたを騙した……」
「もういいって! それにおめェ、いいやつだしな!」
ごくりと料理にもなっていない食料を飲み込んだルフィは、にかっと笑みを浮かべた。その中に偽りはなく、レベッカは息を吐いて困ったように眉尻を下げる。きっとこれ以上謝ったところで、許す許さないなどと、そういう次元ではないのだろう。

「お弁当も、」
「おっ弁当! お前も食いてェのか!?」
食え食えと床に散らばるそれをルーシーが指差した途端、牢獄の中にいる男たちが声を張り上げた。てめェレベッカに汚ェもん食わせようとすんな! そんな罵声が飛び交う。しかし、レベッカはにこりと笑うと、重い甲冑で覆われた体でしゃがみ込んだ。ありがとう、白米と何のおかずかも分からない崩れたものを一緒になって指先で摘む。一口でそれを食べ、本当に美味しいと、レベッカは声を上げた。
どれだけ腹が減っていようと、床に落ちたものを食べたことは今までに一度だってなかった。隙間風が吹き込むボロ家には、いつだって片足のおもちゃの兵隊が、美味しい料理を運んできてくれた。母もいて、城で暮らしていたあの頃に比べれば、随分と粗末な食事だったが、兵隊が持ってきてくれるものはなんだって一番美味しかった。
「落ちたものを食べるだなんて、考えたこともなかった」
「意外とイケるだろ?」
「ふふ、そうね」
はー、食った食ったと満足げに腹を叩くルフィは、それからどかりと横たわった丸太の上に腰を下ろした。レベッカもそれに倣い、ルフィの隣に腰をかける。監獄の男たちは、困ったようにレベッカへ視線を向けていた。
「おれもよ、落ちたもんはさすがに食えねェと思ってたんだよ!」
「え?」
ぱあっと顔を輝かせ、突然そんなことを言ったルフィに、レベッカは目を丸くする。

「ゾロが、仲間がな! 土の上でぐちゃぐちゃに踏みつけられた砂糖まみれのおにぎりをさ、むしゃむしゃ食って美味かったって言ったんだ! 噎せて涙目になりながらよお」
そのときの光景を思い出したのか、ルフィは手を叩いて笑いはじめる。ゾロ、初めルフィが言った仲間の名前をどこかで聞いたことのあるような気がしたが、レベッカはすぐにその光景を想像して、たまらず噴き出してしまった。
「ふふ、ルーシー以上にすごそうな人」
「あっはっは! そうなんだ、あいつすっげェーんだ」
「それに、大事な人なのね」
「んん?」
面食らったようなルフィは、腕を組み首を傾げると、僅かに口元を緩める。レベッカがこれまでに見てきたルーシーの表情とは、どこか違ったように見えたのだ。その仲間のことを大切に思っているのがすぐに分かるほどに、その目はきらきらと輝いていた。
多分私も――レベッカは片足の兵隊のことを脳裏に浮かべる。きっと、兵隊さんの話をするときは、自分もルーシーと同じような表情をしているのだろう。感謝や尊敬、そして焦がれているような、そんな目だった。
「あー思い出したらゾロに会いたくなったぞ」
「お互い、これが終わって無事に会えるといいわね」
「おう、そうだな!」
ルフィはレベッカの発言を深く追求することはしなかった。それに少し安堵したレベッカだったが、ルーシーになら自らの過去を話せるような気がしていた。変わったおもちゃの兵隊と過ごしてきた日々は、レベッカにはなくてはならないものだった。きっと、ルーシーも同じなのだろう。
ぜひ、ゾロという名の仲間にも会ってみたいと、レベッカはルフィと顔を見合わせて笑った。そのとき海賊狩りのゾロの存在を思い出したが、まさか同一人物でありルーシーが麦わらのルフィなのだと、そんなことは全く予想だにしていなかった。

(20140113 拍手文)


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