ジオラマ・ハーツ





 先程から、何かに葛藤している様子の男を尻目に、面倒くせェな、と息を吐いた。背後の男はなにやら、ぬおおおとか、ふおおおとか、聞き慣れた声で奇声を上げている。ゾロに向けて手を伸ばしては、途中で押し留まり、奇天烈な声を上げ続けているサンジは、今は見た目も声もナミそのものだ。ゾロには触れたいが、ナミの身体で触れるのはどうなのかと、そんな二つの思いによる錯雑に襲われているのだろう。ゾロは我関せず、ブルックと並んで歩きながら談笑をしていた。
 サンジはつい先程まで、ナミの身体が手中にあることを歓喜していたというのに、ころころと感情を変えてみせる。端的に言えば、この男は情緒不安定なのだ。ゾロにとっては、面倒くせェという感情しか湧いてこない。しかしブルックが、そんなサンジの様子を見て不憫に思ったのか、いいんですか? とゾロへ耳打ちをしてきた。途端、背後でサンジが声を張り上げ、てめェマリモに寄るんじゃねェ! と、ゾロとブルックの間を引き剥がそうとして足を振り上げる。そのとき、雪に足を取られたサンジが、背後へ倒れ込んだ。ゾロが咄嗟に腕を伸ばし、サンジとはまるで違う、骨や皮だけと言っても過言ではない、ナミの細い手首を掴む。勢いをなくし、軽く雪の上へ尻もちをついたサンジを確認すると、ゾロは腕を離した。
「お前怪我でもしてみろ、ナミに殺されんぞ」
「分あってら! ナミさんの身体にはかすり傷一つつけん!」
 立ち上がったサンジは、ゾロに礼の一つも言わず、服についた雪を払っている。ゾロはその間、手袋越しの感触を思い出すよう、自らの掌を眺めていた。中身はまるきりサンジのはずだが、見た目がナミだと、どうにも調子が狂う。ブルックは、ただこの状況を楽しんでいるかのように、ヨホホ、と笑みを零していた。
「おいクソマリモ! おめェナミさんの手ェ握って喜んでんじゃねェぞ!」
「あァ!? 誰が喜ぶか!」
 必死な形相で声を張り上げるサンジへ怒鳴り返したのはいいが、相手がナミの身体では、いつもどおり手や足の出る喧嘩をするわけにもいかない。ゾロは行き場のなくした手で、がしがしと後頭部を掻き、はあと嘆息した。やはり、どうにも調子が狂う。踵を返すと、ブルックやサンジに行くぞ、と声をかけ、雪の上をざくざくと踏みつけていく。歩くたび、雪に足を取られ、なかなかに進みづらい。
 遠くには、真っ赤に燃える山が見えた。とかく、奇妙な島で奇妙なことになった。観念したのか、並んで歩き出したサンジをゾロは横目で見遣る。すると、それに気づいたサンジが、高ェぞ、と煙草を咥えながら、コートに隠れた胸元を隠すような仕草をした。あまりのバカバカしさに、ゾロはふんと鼻を鳴らす。煙草を吸っていいとナミに言われていたが、サンジは咥えるだけで、火を点けようとはしなかった。ぷらぷらと唇で煙草を揺らし、気だるげにしている。
「吸わねェのか、煙草」
「あー……まァ、誰かさんがちゅーでもしてくれたら多少気休めにはなんだろ、っておい……」
 冗談だぞ、サンジがそんなことを告げる前に、ゾロはその口から煙草を奪い、身を屈めた。大きな瞳が驚きによって、より開かれる。長い睫毛が、蜜柑のように丸い眼球の上で、ふるふると揺れていた。屈まなきゃキスもできない上、少しでも強く抱きしめたら、ぽきりと折れてしまいそうだ。唇が触れる寸前で動きを止めると、目を白黒させているサンジを一瞥し、小馬鹿にするよう口端を上げる。そのときブルックは、あらァと楽しげな声を上げ、両目を覆いながら、細い指の隙間から空虚な双眸をしっかりと覗かせていた。
 ゾロは屈めていた身体を戻し、手の中の煙草を口に咥える。お、おま、サンジが言葉にならない声を上げている最中、ゾロはまた、一人先へ進み出した。すぐに蹴りが飛んでくるが、あまり力は込められていない。サンジはナミの頬を真っ赤に染めて、わなわなと全身を震わせていた。
「てめェ! 真っ二つにおろしてやる!」
「未遂だろうが」
「そういう問題じゃねェ! しかもナミさんと間接キスしやがって、っ煙草返せコラ!」
 許さねェと憤慨するサンジの罵声を聞き流しながら、ブルックと巨大な足跡のようなものをまたも見つけ、おおっと歓声を上げる。雪男が多少は戦い甲斐のある相手ならば良いのだが、ゾロは人類のロマンなどいない派だと主張をしたばかりだ。
「聞けよてめェ! ナミさんの唇にっ……それにおれ以外のやつとキスなんて絶対許さねェぞ!」
「だったら早く戻りゃァいいだろ。おれは見た目がおめェじゃないと、やっぱ落ち着かねェ」
「なっ……てっめ、クソ!」
 戻ったら覚えてろよ! 折角熱の引いた頬を、サンジはまたも赤く染め、飛びつくようにゾロの腰へ腕を回した。よかったですねえ、サンジさん。ブルックは鷹揚にそんな言葉を告げながら、足跡の上で無邪気に飛び跳ねている。対してサンジは、ナミさんの腕でこんなクソ剣士を! と未だ葛藤しているようだ。往生際の悪いサンジへ向けて、ゾロはナミの腰に腕を回し、口端を上げる。
「まァでも、抱き心地はナミのが上だな」
 絹を裂くような、とはこのことだろう。女の声でキャーッと悲鳴を上げたサンジに、ゾロは腹を抱えて笑った。

(20140113 拍手文)


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