つながらないエンドロール




ルフィが屈託のない笑顔を浮かべている姿を、少し離れた場所から眺めていた。ゾロはそれから、ルフィの隣にいる男へ視線を向ける。
共にサニー号に乗船した男は、シャボンディ諸島で一度見たことのある顔だ。まさかこんなところで再会することになるとは思ってもみなかった。ルフィやゾロと同じく億越えのルーキーと呼ばれ、今や七武海にまでのし上がった男だ。
海賊同盟を組んだことは、出航前にウソップから聞いた。ゾロも四皇を討つことに異論はない。寧ろ、楽しみと言ってもいい。己の実力が、どこまで通用するのか試したいと思っていたところだ。結局鷹の目には敵わないままだが、二年前より強くなった自負はある。
ルフィとローが何を話しているのか、ここからでは聞き取ることはできなかった。
ローの肩を叩きながら大口を開けて笑うルフィを認め、楽しそうだなとゾロも口端を上げる。ローは、反対に呆れたように顔をしかめていた。
それにしても、くっつきすぎではないかと思うのだ。
ローがルフィの恩人だということは聞いていた。それでも、ゾロの心の中にはもやもやとした、得体の知れない感情が渦巻いている。
すると、ローが手の甲でルフィの胸を軽く叩いた。それから、ちらとゾロに視線を寄越し、揶揄するように口端を上げる。ゾロは眉を上げ、鋭くローを睨みつけた。そんなゾロを気にかける様子もなく、ローは何事もなかったように視線を戻すと、ルフィの耳元へ唇を寄せる。
すると、何か耳打ちをしたローに対し、ルフィはがらりと表情を変えてみせた。そのことにゾロも驚き、頬を染めて照れたように笑うルフィから、慌てて視線を逸らす。
あの表情はなんなのだと、嫌な感情につき纏われていた。それらを振り払おうとして慌てて立ち上がる。
ローと馴れ合う気はないが、 わざわざ拗れるような態度を取るつもりもない。ルフィが認めた男だ。同盟に反対するつもりも初めからなかった。
こんなわけの分からない感情に苛まれるなぞ、ゾロには耐えられない。酒を飲んで気を紛らわしたいところだが、アクアリウムバーへ続く扉の前に二人は立っている。

ダイニングの扉を開けると、サンジはテーブルに腰をかけ、何か書き物をしていた。レシピをまとめているのだろう。何度か、その姿を見かけたことがあった。
不機嫌さを隠しもしない足取りのゾロをサンジは一瞥したが、すぐに視線を落として灰皿を手繰り寄せた。酒はダメだぞ、とすかさず先手を打たれてしまう。まるで何もかも見透かされているようだ。
ゾロは舌を打ち、なんでもいいとソファに腰を下ろした。 サンジは訝しげにペンを置いたが、何も言わず自分のカップを手にキッチンへ向かった。ついでだと言わんばかりにコーヒーを差し出され、ゾロも文句を言わず素直にカップを受け取る。波打つ茶色い水面に息を吹きかければ、立ち昇る独特の香りと共に湯気が霧散した。
もう夕飯の仕込みも終えたのだろう。一口それを啜っている間に、サンジはノートにペンを走らせ始めた。ペン先と紙が触れ合う音がダイニングに響き、外の喧騒が小さく聞こえてくる。その中に混じるルフィの笑い声に、ゾロはぐっと眉を寄せた。
ゾロがカップを空にした頃、サンジも一つ伸びをしてノートを閉じた。それから、新しい煙草に火をつけて、顔を上げる。
「で、なんかあったの。お前」
なぜそんな質問をされるのか理解できず、ゾロは目を見張った。空になったカップを持て余し、サンジに視線を向ける。
普段、喧嘩ばかりしているが、たまにこうして二人になったときは、その空間が心地よく感じることがあった。沈黙が続いていた今でさえそうだ。だからつい、先程の出来事をサンジに話してしまった。
サンジは茶化すこともなく、黙ってゾロの話を聞いていた。
冷めているであろうコーヒーを飲み干したサンジは、なんの変哲もないノートの表紙をじっと見据えている。ゾロが口を閉じると、しばらく外の喧騒だけが耳に纏っていた。

「別に、簡単な話だろ」
「簡単ってなんだよ。おれはこんな嫌な感情、他に知らねェ」
「今までおめェには縁がなかったってだけで、誰にでもある感情だ。まァ、深く考えるようなことでもねェ」
考えてほしくもねェし。そう続けたサンジの言葉に違和感を持ち、追求しようとして、やめた。それ以上に、サンジに対して投げかけたい疑問が生まれたからだ。
ルフィがローへ笑いかける姿を見ただけで鳩尾の辺りがもやもやし、二人を引き離したいと思ってしまう。ルフィを独り占めしたいだとか、そんな独占欲のようなものさえ生まれる始末だ。どう考えたって、こんな嫌な思いを誰しも抱えているはずがない。ゾロは、そんな負の感情に押し潰されてしまいそうだった。
「じゃァ、てめェにもあるっていうのかよ」
「……あるよ」
 サンジは、ゆっくりと紫煙を吐き出したのち、掠れた声を出した。ゾロは予想外の返答に驚き、両手でカップを握り締める。微量に残ったコーヒーが、カップの底を移動するのが分かった。
「ハッ、いつ、どんなときだってんだ」
「…、いま」
「あ…?」
サンジはノートとペンをまとめ、カップを手に世話しなく立ち上がった。そのままゾロのいるソファまで歩みを進めると、サンジの言葉を飲み下せずにいるゾ ロの手からカップを奪う。
そのとき、 困ったように笑うサンジの顔を見上げ、ゾロは呆然とした。からかっているようには見えなかった。
なぜ、サンジが今、ゾロが感じたような嫌な思いを抱いているというのか。ゾロは俯き、ただ考えていた。
蛇口から流れる水が、シンクとぶつかり甲高い音を立てている。考えても考えても、答えは出ない。唸りながらソファに身を沈めると、全てを放棄するかのような睡魔に襲われた。
ローに対する感情も、サンジの言葉の意味も、結局は分からないままだった。


「案外、意地が悪いんだな。麦わら屋」
「へへっ、それはトラ男も同じだろ? あんまり可愛いから虐めたくなるんだ」
「おれも乗ったことは認めるが…あまり過ぎると愛想つかされるんじゃねェか」
ローが苦笑しつつキッチンを見上げれば、ルフィも同じように顔を上げた。それから、ゾロもサンジもおれのだしな! とまるで答えになっていない返答がくる。
初めはルフィとゾロができているのかとも思ったが、どうやら違うようだ。ゾロがあまりにも嫉妬心を露わにしているので、確かにからかいも含めてルフィへ耳打ちをしたローだったが、今はゾロを不憫に思っていた。
この男の下につく一味は苦労すると、ローの思惑の通りには決して動いてはくれないルフィへ視線を投げかける。やはり、同盟を組んだことは失敗だったかと後悔するが、もう引き返せないところまで来てしまった。
芝生甲板で海楼石の錠をかけられて鼻ちょうちんを出しているシーザーを一瞥し、ローは深々とため息をついた。
ドレスローザに着くまで、あと数時間だ。このまま、うねりに身を任せるしか道はないのだろう。

(20131015)


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