ハロウィン




突如襲ってきた違和感に、ぱかりと瞼を開けた。開かない左目の上を何かが這っていく感覚がする。
目を覚ましたゾロの前には、口端を上げたサンジの顔があった。左の頬をサンジが手にしている黒いマジックが辿り、ゾロは唸るように何してやがる、と声を上げた。サンジは動じず、手を動かし続けながら、んー? と空返事をする。それから、満足げに上体を起こしたサンジの頭には、なんと奇妙な、顔を模したかぼちゃが一つ乗っていた。
ゾロは違和感を覚えた左目を擦ろうと手を上げたが、それはサンジによって制されてしまう。見れば、サンジは白地に黒いストライプという、見慣れないスーツを着ており、ゾロが辺りを見回すと一味みんなが奇妙な服を着て変な被り物をしていた。
状況を理解できずにいたが、サンジに服を一式渡されて、着替えてこいとゾロは男部屋へ押し込まれてしまう。中にはルフィがおり、ルフィの頭の上にも巨大なかぼちゃが一つ乗っていた。その上に更に麦わら帽子を被っている。服は普段と変わりないように見えるが、ゾロは自分だけが異世界へと迷い込んでしまった気分だ。寝起きの頭に、この状況はいささか重い。

「かぼちゃの日かなんかか…」
「何言ってんだァ、ゾロ。今日はハッピーハロウィンだ!」
「はっぴーはろうぃん?」
首を傾げると、巨大なかぼちゃを手に、サンジも男部屋へ入ってきた。一通りハロウィンの説明をされ、お菓子をくれなきゃいたずらするぞ! となんとも理不尽な要求をする行事だということは理解する。
騒げるのならなんだっていいルフィのことだ、どうせ今回も思いつきで行動しているに違いない。
「ゾロの左目、なんかかっちょいーことになってんな!」
「この強面も少しは雰囲気出るだろ?」
サンジが黒いマジックを手に、いたずらに口端を上げた。それで先程、顔に落描きをされていたことに思い至ったゾロは、床に落ちていた手鏡を慌てて拾い上げる。左目を一直線に延びる傷跡に、額から頬にかけて線が足され、そこには短い横線がちょんちょんと加えられている。もっと酷いいたずら書きを想像していたゾロは、興味を失い鏡を手放した。
「おれもゾロとおそろいにするぞ! サンジ、描いてくれ!」
「よし、任せろ」
何やら浮かれている二人を他所に、ゾロはばかばかしいと腰に手を当てた。すると振り向いたサンジは、お前はお菓子の代わりに酒でも貰やァいいんじゃねェか、と笑った。そうか、酒を貰えるのかと、単純なゾロはサッシュを解き、渡された服に着替え始める。
「おれらがいるってのに、全く無防備な野郎だな…」
「あァ?」
「襲われても知らねェぞ。なァ、ルフィ」
「ん、全くだ!」
ルフィの鎖骨から胸にかけて袈裟懸けに線を引いているサンジは、やれやれとため息を零している。ゾロはそれを無視し、全て着替え終えると履き慣れない下駄の底を確認するよう、足を上げた。
ルフィが言ったゾロとお揃いにするとは、ゾロの傷跡と同じ場所にマジックでそれを描く、ということらしかった。腕にもあったほうがかっちょいー! と、サンジの前に腕を突き出して、ルフィは関係のないところにまで縫い跡を描きはじめている。

「あっ、ゾロ! お前、足の傷がねェ!」
「ん? ああ、治った」
「なんだよ〜、せっかくおそろいにしたのにィ」
身体中つぎはぎだらけになったルフィは、拗ねたように唇を尖らせた。普段はボトムで隠れているため、ルフィが知らないのも無理はない。二年の間に、ゾロの両足の傷は完治していた。だが左目を筆頭に、過去の怪我が治ろうと、傷跡は増えるばかりだ。
ゾロの足元へ慌てたようにしゃがみ込んだルフィは、ゾロの足首を掴み、強引にそれを持ち上げた。慣れない下駄でバランスを崩しかけたゾロの身体を、咄嗟にサンジが受け止める。ルフィはその間も、まじまじと以前は傷跡のあった場所を眺めていた。
なんだおめェ知らなかったのか? とサンジは煙草に火をつけながら挑発するようにルフィを見遣った。ゾロは腕を組み、我関せずを貫き通している。
ルフィは頬を膨らませ、むっとサンジを睨みつけた。そんなルフィに対しサンジは笑みを深めると、中身のくりぬかれた大きなかぼちゃを手にする。それを頭に被せてこようとしたサンジを、ゾロが制している間に、ルフィが思いきりふくらはぎに噛みついてきた。思わず悲鳴を上げたゾロを見上げ、ルフィはこれでおそろいだと満足げにサンジを見遣る。
ゾロの足にはくっきりと歯型が残り、お揃いも何も刀傷とはまるで違うだろうと呆れ返った。
「バカ、てめェ、大事な身体に傷つけてんじゃねェよ」
背後からゾロを抱きしめたサンジは、ルフィから引き剥がすように腕に力を込めた。サンジに身体を預ける形になるも、日常茶飯事のことにゾロはいちいち抵抗するのも面倒になる。
「サンジずりィ! おれも!」
ぴょんと跳ね上がったルフィが腕を伸ばし、正面からサンジごとゾロを抱きしめた。二人に挟まれるような形になりながら、ゾロは深々とため息を吐く。この二人には、トリックオアトリートという、呪文の言葉も効果ないのだろう。ゾロが菓子をやろうとも、いたずらは仕掛けてくるに違いないのだ。そういう理不尽な男二人に好意を抱かれていることを、ゾロ自身悪く思ってはいないのだから救いようがない。
ルフィとサンジはいたずらに笑うばかりで、島に着いたとウソップが呼びにくるまで、その状態は続くのだった。

(20131030)


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