プレゼント配達人




 パチパチと炎の弾ける音がする。風に煽られ、それが周囲へ火花を散らそうとも、その場から動く者はいなかった。森の中で焚き火を取り囲み、全員が静かに紡がれる物語へ耳を傾けている。ロビンが本を読み聞かせているのを、うっとりとした表情で聞く子グマを枕に、ゾロは大きな欠伸を零す。ナミよりも幾分低く、囁くようなロビンの声音は、どうも眠気を誘うのだ。他の仲間は皆、楽しげに話を聞いては、たまに茶々を入れて笑い合っている。
 ゾロがゆるやかな睡魔へ侵されている間に、物語は佳境に入ったようだ。サンタクロースという名の男が、数々の困難を乗り越え、無事子どもへプレゼントを送り届けたところで、ひときわ高い歓声が上がった。子グマもほっと息を漏らしたのが、預けた後頭部から伝わってくる。しかし同時に、ゾロの睡魔も限界を迎えていた。何度か頭の位置をずらし、ごろんと横を向く。肌寒さを紛らわすため両腕を組むと、その身を丸めた。あまり柔らかくはないクマの毛が、ちくちくと頬を刺す。わずかばかり眠気が弛み、薄らと瞼を持ち上げれば、遠目にサンジの姿が見える。その顔は、隣で興奮の遠吠えを上げる狼と同様、やに下がっていた。
 サンタクロースを助けるため、一役買った相棒がトナカイだったこともあり、ウソップがチョッパーの背を叩き、さすがだな! と大仰に褒め讃える声がする。きらきらと目を輝かせたチョッパーは、小さな身体で男らしく立ち上がると、蹄を鳴らしながら、ゾロの脇までやってきた。ほとんど閉じかけていた目を眇め、ゾロもチョッパーへ視線を向ける。
「なあゾロ、おれもあんなかっこいいトナカイになれるかな」
 なんでおれに聞くんだ。そう思いはしたが、ゾロは船を漕ぐように頷き、ルフィが紙で作った、下手くそな王冠をかぶるその頭を、ぽんぽんと撫でてやった。特徴的な声を上げて笑うチョッパーへ口端を上げ、ゾロは自らの意思を持って瞼を閉じる。視界の先にいたはずのサンジは、チョッパーとの短いやりとりの間に見えなくなっていた。
「おーいチョッパー、ケーキ余ってっけど食うか?」
「食う! あ、サンジ、ゾロ寝そうだからタオルケットかけてやってくれ」
 風邪引いたら困るからな、言いながら駆けていったチョッパーは、更にロビンへクリスマスの話をねだり始める。ナミも珍しくそれに乗り、ルフィはウソップと、靴下をどこへ吊るそうかという話で盛り上がっていた。サンジは動物たちにも小分けにしたケーキを振る舞い、ロビンの声に後ろ髪を引かれながらも、タオルケットを拾い上げる。
 チョッパーがサンジの名を呼んだ瞬間から、眠る直前の浮遊感にも似た身体の重みが、ゾロの中から一斉に散っていった。すっかり目が冴えてしまったが、ゾロは瞼を開けることなく、タオルケットを手にやってくるサンジのことを、ただ待っている。
「寝るにはまだ早ェぞ」
 サンジはゾロの横で腰を下ろすと、胡座をかいた自らの膝にタオルケットをかけた。なんだよ、かけてこねェのかよ。そんな不満を露わに、ゾロは狸寝入りをやめ、タオルケットへ手を伸ばした。だが、寸前でサンジの手によって制され、仕方なく瞼を開いたゾロは、笑みを浮かべているサンジのことを仰いだ。なにやら面倒なことを企んでいるであろう気配を一身に感じ、ゾロはたまらず顔をしかめる。
「あのさ、おれ、いいこと思いついたんだよ」
「へェ、よかったな」
「てっめェは、ちったァ会話する努力ぐらいしろ! おいゾロ、ちょっと……」
 口許を片手で半分ほど覆い、顔を寄せてきたサンジは、人差し指を何度か曲げ、ゾロを誘った。ゾロが素直に耳を傾ければ、声を潜めたサンジの言葉をすぐそばで聞く。
「一晩だけ、サンタクロースになるつもりはねェか?」
「はァ? 何言ってんだ、アホコック」
「しーっ! チョッパーのプレゼントも結局ケーキしか用意できなかったろ。だからさ、サンタクロースからってことにして、なんか用意しようぜ」
「それならそうと最初から言え」
 一度サンジに咎められたせいか、自然と声のトーンが落ちてしまったことに対し、ゾロはやっちまった、と眉をひそめる。これでは、もう話に乗ったも同然だった。やはり、都合よく受け取ったサンジは、ゾロの耳殻へ唇を落とすと、決まりな、と耳元で静かに囁いた。サンジが立ち上がったのに続き、ゾロものろのろと上体を起こす。違和感の残る右耳を掌で乱暴に擦り、宴の片付けと称して、二人で船に戻った。
 メリー号の中に、もみの木があるわけもなく、チョッパーへのプレゼントにわたあめを選んだ時点で、吊るした靴下に入れるという案は却下された。しかも面倒なことに、サンタクロースのふりをする、という名目に拘るサンジが一切折れず、結局全員のプレゼントを用意する羽目になってしまったのだ。ゾロは倉庫の中で埃に塗れながら、小さな山になっている本のタイトルを、一つ一つ確認していく。ロビンが探していたという本のタイトルを耳聡く覚えていたサンジは、タイトルを書いたメモをゾロに握らせ、自身はキッチンへこもってしまった。
 本の山を掻き分け続け、どれほど経ったであろう。最後の一山になってやっと、ゾロは目当ての本を見つけ出した。一体何が楽しくてこんなことをしているのか理解はできないが、脳裏をよぎるのは、楽しげにサンタクロースの話を聞く仲間たちの顔だった。しかし面倒が勝り、積まれた書籍の下方にあるものを一息に抜き取ると、大量の本が雪崩を起こした。間の抜けた悲鳴を上げたゾロへ、すかさず上の階から、何やってんだ! とサンジの怒鳴り声がする。巻き起こった埃にたまらずくしゃみを零したゾロは、散らばる本の山は見なかったことにして、倉庫をあとにした。簡単に埃を払い、また一つくしゃみをしながら、キッチンへ向かう。目当てのものは探し出したのだ。文句を言われる筋合いはないだろう。
「あったぞ」
「ご苦労。こっちもあと少しだ」
「ついでにこれも見つけた」
「おおっ! やればできんじゃねェか!」
 倉庫に行く途中で見つけた真珠のイヤリングを、ボトムのポケットから取り出したゾロは、サンジへそれを翳し得意げな顔をする。それは今朝、ナミが片方なくしたと騒いでいたものだ。ナミへのプレゼントは金が一番だろうと提案したゾロに、サンジはわざとらしく顔をしかめ、すげなく却下されてしまった。最終的にみかんを使ったクッキーに決めたが、これもプレゼントになるだろう。ルフィは考えるまでもなく、肉一択だ。
「ウソップにはどうするつもりだ」
「そこに置いてあんだろ」
 すでに用意されたプレゼントは、テーブルの上に並べられている。ゾロもそこへ本とイヤリングを置き、一通りプレゼントを見渡すも、それらしきものは見当たらない。首を傾げていれば、オーブンへクッキーを入れたサンジが、エプロンの裾で手を拭きながらゾロの脇へ立った。
「これ」
「おい、使いかけじゃねェか……」
「わはは、だってあいつ欲しがってたし」
 三分の一ほど使われたタバスコの小瓶を持ち上げたサンジへ、ゾロは呆れた表情をする。けらけらと笑いながら煙草を咥えたサンジをねめつけたが、ゾロもプレゼントを受け取ったときのウソップの姿を想像して、たまらず喉を鳴らした。
「さて、おめェにはこれだ」
 ドン、と荒々しくテーブルへ酒瓶を置いたサンジは、得意げに口端を上げ、ライターで煙草へ火をつけている。
「おおっ、てめェもやればできるじゃねェか!」
「お前と一緒にすんな、バーカ」
 小馬鹿にするようせせら笑い、鼻から白煙を出したサンジをアホ面だと思いはしたが、ゾロの好物の清酒を前にしては、腹を立てる道理もない。早速酒瓶を引っ掴むと、ゾロはベンチへ腰をかけ、コルクを噛んだ。上機嫌に一口酒を含み、まだゾロの傍で煙草を吹かせているサンジのことを見上げる。
「おめェは何が欲しい」
「えー……お前からの愛?」
「バーカ」
「ちゅーで勘弁してやるぞ。ほらほら」
 ベンチを跨いだサンジは、テーブル上の灰皿へ乱暴に煙草を放ると、ゾロの前で唇を尖らせた。今度こそアホ面、と声に出し、ゾロもけらけらと笑った。悪態を聞き流したサンジは、更に唇を尖らせ、しまいには両腕を広げている。ゾロは酒を傾け、今度は満足のいくまで呷ったあと、サンジへ顔を近づけた。突き出た唇を掠め取った途端、だらりと笑みを零したサンジの表情は、ロビンの話を聞いていたときより、やに下がっていた。
 ゾロの背へ腕が回され、またねだるように唇を尖らせている。そんなサンジの仕草が多少甲斐甲斐しく感じられ、ゾロは素直に唇を寄せた。珍しく、サンジは手や唇を動かすこともせず、ゾロの好きにさせている。薄い皮膚を啄ばみ、物足りなくなってきた頃、サンジは誘い込むよう薄く唇を開いた。素直に舌を差し入れ、やはりそれだけで動こうとはしないサンジの舌を絡め取る。そうすれば、煙草と酒の味が混ざり合う。そのたびゾロは、なんとも堕落した気分を味わうのだ。そのまま堕ちるところまで堕ちて、理性なんて取っ払ってしまわねば、こんな関係を続けていくことなどできないだろう。わざと音を立てて唇を吸い、サンジの舌の表面を同じものでなぞれば、向かい合う男の眸が欲に塗れていくのが分かった。すかさずサンジの首へ腕を回し、ゆっくりと舌を引っ込め、離れる間際、下唇をきつく吸った。
「おめェはしてくれねェの?」
「うっ……! するっ、します!」
「はは、まだ足りねェのかよ」
「足りるわけねェだろうが、アホめ!」
 おれだっておめェを愛してェんだよ! こっぱずかしいことを大真面目に叫んだサンジは、ゾロの肩を掴み、乱暴に唇を寄せた。そんなサンジの必死な様子に満足し、未だ笑声を上げていたゾロは、それを受け入れる準備ができていなかった。互いの歯がぶつかり合い、ガチッと嫌な音がしてすぐ、二人揃って勢いのままベンチへ倒れ込んでしまう。口許を押さえ、しばらくその痛みに悶絶していると、ゾロの上へ覆いかぶさっていたサンジが顔を上げ、涙目のまま、ふと真面目な表情を作った。
「喜んでくれるかな、みんな」
「大丈夫だろ。なんせ、愛が詰まってるからな」
「わははっ、おう、そうだな!」
 サンジの首へ再び腕を回し、引き寄せれば、すぐに唇が触れ合った。今度はサンジが唇を食み、ゾロもそれに呼応する。ふと、テーブル上へ視線をやったとき、さまざまなプレゼントを、ゾロはその目で捉えた。包装もされていないプレゼントの数々は、ずいぶんと粗末なものだったが、ゾロのことも簡単に喜ばせてみせたのだ。立派な白い髭も、赤い服も着ていないサンタクロースでも、もみの木や靴下がなくとも、たぶん、価値はあるのだろう。


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