ネイキッド・ワールド3



 なんだこれ。やっと思考を取り戻したゾロがまず思ったのは、そんなことだった。こんなもの知らねェ。未知の領域に足を踏み入れて、ゾロに襲いかかってきたものは、恐怖でしかなかった。全く身体に力が入らない。正面から抱きすくめられ、宥めるように背中をさすられている間も、ゾロはきつく瞼を閉じて、耐えることしかできない。
「ゾロ、お前イってる」
「は、ァ……?」
 そこでやっと瞼を開ければ、目の前にサンジの顔があった。優しく微笑まれて、目尻を親指で拭われる。イきたくてもイけず、今にも暴発してしまいそうだった性器は、ゾロも知らぬ間に吐精していた。それでもまだ首を擡げ、貪欲に快楽を欲している。カッと頬に熱が漲る感覚があり、ゾロは慌ててサンジの視線から顔を逸らす。
「はは、涙目。そんなに気持ちよかった?」
「んっ、コック、いま、あんま触んな」
「あーもうっ、なんなんだよおめェ。ほんっとかわいーなァ!」
 サンジに少し触れられただけで、そこは熱を取り戻し、身体が勝手に跳ねてしまう。どこかおかしくなったのかもしれないと、ゾロは半ば本気でそんなことを考え、チョッパーの顔が脳裏に過ぎる。だが、昼間のとき以上に相談できる内容ではない。サンジの胸に手を置いて、囲われている腕の中から脱出しようともがく。しかし、逃すつもりなど毛頭ないサンジが、背中に回した腕へ更に力を込め、どうしてか怒りを含んだ様子で顔を寄せてきた。受け入れざるを得なかったそれは、やはり存外優しく唇に触れる。何度か音を立てて吸われ、自然と舌を絡め合った。ただじゃれ合うような触れ方だが、互いに息が上がっていく。ほぼ脱げかかっていた着流しも腕から引き抜かれてしまう。それと同時、ゾロの中で未だ燻る熱が呼び起こされた。それでも、ふたたびあの、暴力的なまでの快楽を引き摺り出されるのは嫌だった。
「な、ゾロ、もっかい。ちゅーしながらやりてェ」
「んんっ……おい、ほんっと、お前今日しつけェ!」
「言っただろ。身を以って分からせてやる、って」
「あっ……クソッ、指入れんなっ、ァ……」
 サンジの掌はゾロの腰を滑り、すぐにケツを割り開いた。先程までサンジの性器を受け入れていた場所は、一切の抵抗なく指を飲み込んでしまう。それだけで、全身を駆け巡る痺れが走り、ゾロは目を見張った。窺うようにして指を上下させたサンジは、そこがまだ柔らかく解れているのを確認すると、さらに指を増やした。やはり、いつもとはまるで違う刺激に全身を犯され、ゾロは慌ててサンジの指を引き抜こうと腕を掴んだ。しかしサンジは、ゾロの胸元へ顔を寄せると、きつく乳首に吸いついてくる。背をしならせて、ゾロは唸りを上げた。サンジの指の動きは、けして激しいわけでもない。ゆっくりと、丁寧にゾロのいいところを擦り上げるだけだったが、それはまるで内側からじわじわと嬲られていくようだった。
「コッ、ク! むり、おかしっ……やめ、ろってぇ……!」
「はっ、すっげェ気持ちよさそう。可愛い」
 必死で身体がおかしいと訴えるも、サンジは楽しげにうっそりと笑うだけだった。視線だけはぎらぎらとした欲を含んでおり、すっかり勃ち上がった性器を腿の辺りに擦りつけてくる。サンジはゾロの胸に舌を這わせながら、器用に前立腺を探し当て、指の腹で丹念に苛め抜く。だらだらと涎を零すゾロの性器は、直接的な刺激がなくとも、すでに限界を迎えていた。小刻みに痙攣するゾロの身体を優しく包み込むサンジの表情は必死でいて、未知の食材を見つけたときのように、どこか楽しげでもあった。
 ゾロの視線に気がつき、顔を上げたサンジは、目が会うなり何やら嬉しそうに歯を見せて破顔した。たまらず身じろぐも、ふたたび顔を寄せてくる。またキスをされるのかと身構えたが、ぴたりと額を合わせるだけで、サンジはゾロの目を真正面から覗き込み、動きを止めた。鼻先を触れ合わせ、少し顎を上げればキスできるその距離で、ゾロもその目を射抜き返す。
「好きだよ、ゾロ。ずっと、おめェだけが好きだ」
「んんっ……てめ、動かすなら手か口、どっちかにしやがれ」
「しょうがねェだろ。言いてェし、触りてェし、お前の気持ち良くなってる姿が見てェ」
 熱の篭ったサンジの眸は、ランプの光を浴びてぎらぎらと揺らめいている。ゾロは目を伏せて、それをやり過ごした。すると、サンジは挿入する指を増やし、先程までの緩やかな刺激とは一転し、素早くストロークを繰り返す動きに変わる。ぶるりと身体を震わせたゾロは、サンジの背へ腕を回して、思わずしがみつくような体勢になってしまう。そのせいで唇が触れ合うが、サンジはキスを深めることもせず、言葉にならない声を上げるゾロのことを、ただ受け止めていた。
「っ、コッ、ク……!」
「大丈夫、気持ちいいだけだからな」
 まるで子供を相手にするような声音で宥められる。いつもであればイラッとするところだが、今は強すぎる刺激を逃すことに必死だった。サンジのシャツを掴み上げ、きつく瞼を閉じる。しっかりとアイロンのかけられたシャツが皺になっても、サンジはどこか嬉しげだ。
「ゾロ、かわいい」
「はっ、ァ……あっ、うっせ、んんっ」
「好き」
「もっ、黙れっ……!」
 サンジが何か話すたび、触れ合った唇からぴりぴりとした痺れが走る。ゾロは目の前のサンジを睨みつけるが、黙るつもりも、この件に関して引くつもりもないようだ。目を逸らすことさえせず、何度もゾロへ向けて愛の言葉を紡いでくる。女を口説く際は、ナミやロビンが呆れるほど様々な比喩を用いて凄まじい表現力を見せる男が、ゾロに対しては一切飾り気のない言葉を直球で繰り出すだけだった。
 ケツで快楽を拾うようになったのはいつからだったか。ゾロの中では、すでに記憶は曖昧になっている。しかし、こんな苦痛を伴うような気持ち良さを知ったのは、つい先刻のことだ。そのときと全く同じ種類の波が押し寄せてきて、ゾロは腰を引いて逃げを打った。存外、簡単に指を引き抜いたサンジは、代わりにゾロの腰を引き寄せて強く抱きしめると、顔をずらし鼻先を啄んできた。次いで目尻に唇が落とされ、頬まで下り、飽きず唇へ吸いつかれる。
 それまでは普段と違うサンジの様子に混乱し、されるがままになっていたゾロだったが、翻弄され続けるのは癪だった。応えるようにサンジの唇を啄めば、乱暴に肩を押され、仰向けに転がされた。すぐさま覆い被さってきたサンジの首へ腕を回して引き寄せると、その唇へ吸いついてやる。薄く開いた口の隙間を舌で割って入り、すぐにサンジの舌を絡め取る。互いに息を荒げ、柔らかい肉をひたすらに押しつけ合い、角度を変えては何度も唇を合わせた。この皮膚一枚が、どうにももどかしく、鬱陶しい存在に感じてくる。
 サンジもそれに応えながら、しかし器用に手を動かし、ゾロの足からブーツを抜き取った。今やふくらはぎまでずり下がっていたボトムに手をかけられたところで、ゾロはハッとして顔を逸らすと、サンジの胸を押し返す。存外素直に上体を起こしたサンジだったが、その手は止まらない。慌ててサンジの肩を足蹴にし、ゾロは唇を拭うと、不満げに唇を尖らせるサンジのことを睨みつけた。
「ナミにどやされんぞ」
 不思議そうに首を傾げたサンジだったが、部屋中に張り巡らされた窓へゾロが視線を向けたのを見て、すぐに合点がいったようだ。ああ、と吐息混じりの声を漏らすと、何やら意地の悪い笑みを口の端に乗せる。
「実はここの海流、ログポースが示す方角にまっすぐ伸びてるらしい」
「どういうことだ」
「まァ、一方向にだけ進むカームベルトみてェなもんだな。ここだけは周りの影響を受けねェ。だから引き返すことは不可能、船の速度も波任せってわけだ」
 海流とは、気温や風向きによって生まれるものだ。気候の落ち着いたイーストブルーでは、ある程度一定の方向へ流れる波ばかりだった。しかし、気候などコロコロと変わってしまう新世界において、長時間安定した海流が生まれることのほうが珍しい。気がついたときには、船が360度方向に旋回して元来た道を戻っていることなど、日常茶飯事である。だからこそ、航海に於いては腕のいい操舵者と航海士は欠かせない。呑気に夕飯を食べていたナミの姿を思い起こし、即座に問題はないのだろうとゾロは踏んだ。
「しかも本来、この海流に乗るのも至難の技らしいぞ。昼間ウソップたちがダイヤルいじってたろ?」
「あー、あれァダイヤルだったのか」
 ゾロは昼間、甲板でガラクタをいじっていた仲間たちの姿を思い起こす。また碌でもないものを作っているのだろうと思っていたのだが、どうやらそうではなかったのらしい。
「最近クー・ド・バースト使う頻度が高かったせいで、コーラが心許ねェんだよ。そこで、代用できるぐらいの威力にダイヤルを改造できねェかって話になったってわけだ」
「それで偶然、お前の言うその海流とやらに乗ったってことか」
「おめェがぐーすか寝てる間にな。まァ、さすがにちょろっと浮いたぐれェだったけど、逆にそれがよかったんだろうな」
 言いながら、サンジはゾロの足から腹巻ごとボトムを引き抜いた。しかし、すっかり意識を不思議海流に向けていたゾロは、そんなサンジの行動を気にも留めなかった。その間に、サンジは自らシャツのボタンへ手をかけている。
「後ろに海賊船がいても追いつけねェ。横から来たところで、波の勢いに弾き飛ばされるってわけか」
「おめェにしちゃ察しがいいじゃねェか。このスピードじゃ海王類もそうそう出て来ねェだろうし、気ィつけるとすりゃ空の上ぐらいだってよ。だからこれも、ナミさんは折り込み済みってわけだ」
「ハッ、相変わらずおっそろしい女だな」
 ゾロが苦々しく顔をしかめたところで、サンジは乱暴にシャツを脱ぎ捨てた。ゾロの膝裏に手を滑らせて、足を割り開く。つい先程まで、散々指で掻き回されていた箇所へ、サンジの性器が押し当てられた。そこでやっと我に返ったゾロだったが、抵抗する前にぐっと圧がかけられる。咽喉が反り、奥歯をきつく噛み締めた。ゾロの意思とは反し、そこは誘い込むように収縮し、サンジによっていとも簡単に割り開かれていく。
 すぐに、あのときの快感が蘇ってきた。普段は触れられることのない粘膜が、びりびりとした痺れを運んでくる。はっ、はっ、と浅い呼吸を繰り返すことしかできず、そんなゾロの様子を、サンジは眸に様々な感情を漲らせ、見下ろしていた。ゆっくりと、しかし着実に侵食されていくゾロの中から、異様な何物かが、一息に迫り上がってくる感覚があった。それはサンジによってますます押し上げられ、宙に浮いた足が小刻みに震え始める。
「はー、もう、お前が愛しくてたまんねェ」
「う、ァ、くそっ」
「なァ、好きだよ」
「もっ、だま、れ……!」
「ほんっと可愛くねェ、って言いたいところだけど、おめェ顔とろっとろだぞ」
 すっげェかわいい。吐息混じりに続けたサンジは、一度ゾロの中から性器を引き抜くと、ふたたびそれを埋めていった。そんな動作を繰り返しながら、その口は絶え間なく、好きだの可愛いだのと囁き続けた。可愛いと言われて喜ぶ男がいるか。おれは女じゃねェ。ゾロは胸裏で、そんな不満を募らせていく。だが、言われるたび、意識の外でサンジの性器を締めつけてしまう。一体全体、どのような感情からそうなるのか、ゾロ自身理解できていなかった。
 浅いところばかり広げられ、擦られ、しかしいつもとは比べ物にならないほどの刺激に、ゾロの視界は酩酊していく。次第にサンジの言葉の数々に、悪態もつけなくなってしまった。うるせェ、そう言って怒鳴りつけてやりたいが、今口から溢れるのは、ただの喘ぎだ。せめてもの抵抗として、サンジから顔を背けたゾロは、自らの耳ごと腕で顔を覆い隠した。たったそれだけのことでサンジの声が聞こえなくなるわけではなかったが、気休めだろうとそうせずにいられない。またも性器を引き抜かれ、ゾロがふるりと身震いしたそのとき、サンジはゾロの両膝を抱え直す。抵抗する力もないまま、腹に腿が当たるほど足を押し上げられ、床から腰が浮いた。
「おれもさ、お前相手に好きだとか可愛いとか、ありえねェだろって、思ってたんだよ」
「んん、あっ、あ、」
「かっこいいとかならまだしも、可愛いなんて特に、てめェが嫌がることも分かってる」
「もっ、やめ、ろ……」
「けどよ、一回言葉にしたら止まんなくなっちまった」
 サンジは困ったように口許を歪めると、ふたたびゾロのケツの窄まりへ性器を押し当てた。そこは、一切の抵抗もなく、太く硬いサンジのものを呑み込んでいく。全ての神経が剥き出しになったかのように、びりびりとした痺れが走る。
「でもなァ」
「う、ぐっ……」
「かっこいいだけは、ムカつくから絶対言ってやらねェ!」
 そう言って破顔したサンジは、一息に性器を突き入れた。あのときと同じ感覚が、突如としてゾロのことを襲う。もう何も考えられず、背が反り返る。声の一つも出ないほどの絶頂に、幾度のなく身体が跳ね上がった。
「――――ッ! ッ!」
「んァ、あっ、ゾロ……すっげ、ハッ……やっべェ」
 ぶるりと身を震わせたサンジは、床に手をつくと、何かを耐えるようにして動きを止めた。瞼の裏では、チカチカと星が舞う。そんなゾロの中は、未だ快楽を拾おうと、サンジのものを絞り上げるようにうねっている。神経全てが痺れる感覚に、ゾロはもがき苦しんだ。何かに縋りたいという思いのまま、たまらずサンジの背へ腕を回す。足の指を丸め、全身を痙攣させながら、力の加減もできず、ぎゅうぎゅうとその背を掻き抱いた。
 サンジもゾロの首筋へ顔を埋め、息を荒げると、床に爪を立てている。挿入してから、まだ動いてもいない。だというのに、互いにぐっしょりと汗を掻いていた。やっとのことで呼吸の仕方を思い出したゾロは、全身を使って浅い呼吸を繰り返す。次第に身体の力が抜けていき、床へ腕が滑り落ちたところで、サンジは深く息を吸って上体を起こした。
「ゾロ、お前、イッた、よな……?」
 確認するようゾロの顔を覗き込んだサンジは、張り詰めたままのゾロの性器へ手を伸ばす。
「んんっ」
「うわ」
 敏感なそこに触れられた瞬間、ゾロの性器からは、とろりと勢いのない白濁が溢れ出す。サンジの手を汚したそれを、ゾロは呆然と見据えていた。さすがにサンジも驚いたのか、鷹揚にゾロのほうへ顔を向ける。それからしばらく、無言のまま二人で視線を絡ませ合った。
 サンジの言ったとおり、イッた感覚はしっかりとあったのだ。しかし、あの苦おしいほどの快感に襲われていたとき、ゾロの性器は吐精すらしていなかったということになる。未だ霞む思考の中で、いくつかの情報を組み合わせては繋いでいく。それらを理解した瞬間、ゾロの頬にさっと朱が差した。その様子をまじまじと眺めていたサンジも、合点がいったのか眉を寄せて笑った。余裕のない顔をゾロへ近づけ、一度唇を掠め取る。
「どんどんエロくなってくなァ、おまえ」
「……誰の、せいだと」
「ははっ、おう、おれのせい!」
 サンジは心底嬉しそうに笑み崩れ、上機嫌にゾロの頬へ吸いついた。顔中にキスを落とされ、スキップしながら空でも駆け上がってしまいそうな男を前に、ゾロは呆れ返った。だが、悪い気がしないのも事実だ。知らず口端を上げ、サンジのキス攻撃を黙って受け入れる。どうやら、ケツだけでイくことは、射精をするのとはまた違うようだ。敏感になった身体は、どこを触られようと気持ちがよかった。
 目尻に溜まった涙を舐め取られ、まじまじとゾロの顔を見下ろしたサンジは、すでに笑みを引っ込めていた。余裕のなさを滲ませて、額から汗を滴らせている。軽く腰を揺すられてしまい、ゾロは慌ててサンジの腰に足を絡ませると動きを封じた。しかしそのせいで、余計に奥のほうへの挿入を許してしまい、どっと汗が滲む。サンジが未だ果てていないことに気がついたゾロは、首を振ることで意思を伝えようとする。
「おれ以外に見せるとかありえねェよなァ」
「んぐっ……なっ、んん、にがだ」
「お前のそんな顔、一生、他のやつに見せるつもりはねェってこった」
 床に投げ出されたままだったゾロの手を絡め取り、サンジはその指先に優しく唇を押し当てた。あの日、サンジの態度が急変したときと同じで、その顔つきは大真面目なものだ。まっすぐにゾロの目を見据え、きつく手を握られる。
「てっめェのちんけな覚悟なんざとっとと捨てて、いい加減腹くくれよ」
「…………あんだと?」
「これからはおれに一生愛される覚悟でもしとけ! このアホマリモ!」
 その言葉に、ゾロは片眉をぴくりと跳ねさせた。端的に言えば、ムカついたのだ。盛大に舌を打つと、サンジの手を振り払い、不躾に首根っこを掴む。そのままサンジの身体ごと床へ転がせば、容易く形勢は逆転した。身体を繋げたままサンジの上に跨ったせいで、中の角度が変わり、内襞を擦られ、床についた膝が震える。当のサンジは状況が掴めず、ぱちくりと目を見開いて、ゾロのことを見上げていた。
「おい、クソコック」
「は、はい」
 サンジの顔の脇に両手をつき、身を寄せたところで、サンジはなぜか両手を挙げて降参のポーズを取った。一体何を言われると思っているのか、顔面を蒼白にさせ、口の端をひくりと痙攣させている。
「お前だけだと思うなよ」
 そこまで言ってゾロは、奥歯をぐっと噛み締めた。なかなか、告げるには勇気のいる言葉だった。しかし、それはサンジとて同じはずだ。コックにできて、おれにできないわけがねェ。そんな鼓舞を自身に贈り、ゾロはサンジの目をまっすぐと見下ろした。
「おれだって好きだ」
 視線を絡ませたまま、互いにぴたりと動きを止める。無言のまましばらく時が流れたが、先に動いたのはサンジのほうだった。ぶわりと顔を赤く染め上げ、ゾロの視線から逃れるよう横を向く。
「おま、なんっ……なんなんだよ!」
「好きだっつった」
 ゾロから顔を背けたまま、なぜか半ギレで唾を飛ばしたサンジへ向けて、再度同じ言葉を告げる。たしかに、サンジの言ったとおり、一度言ってしまえばなんてことはない。当のサンジは、ゾロの言葉を受けた途端、ふるりと身を震わせた。きつく眉を寄せて、悩ましげな吐息を零す姿に、ゾロは首を傾げる。それどころか、遂には首筋まで真っ赤に染め上げ、慌てたように両手で顔を覆ってしまった。ますます疑問を深めるゾロに対し、サンジは一言、クソッと小さく悪態をつく。
「暴発した……」
 その言葉をすぐには理解できず、ゾロはふと自らの股ぐらへ視線を落とす。そこは未だサンジのものを呑み込んでおり、腰を上げると繋がりを解いた。サンジの性器から糸を引いた白濁がゾロの内腿を濡らし、その感覚にゾロも息を詰める。サンジは顔こそ背けたままだったが、ゾロへ視線を向けるとおもむろに腕を広げた。素直に誘われてやり、ゾロが同じように床に転がれば、すぐにその腕に捕らわれる。
「悪ィ、中に出しちまった」
 バツが悪そうなサンジは、そう言って眉尻を下げた。言われてみて初めて気がついたが、確かにサンジは、今までゾロの中で達したことがなかった。妊娠するわけでもなしに、何を気にすることがあるのかと思うが、なんとなく察しはつく。恥ずかしい野郎だな、そう呆れるが、ゾロに対して誠実であろうとする姿に文句をつけることはできなかった。しかし、一人へこんでいる男を前に、気の利いた言葉も浮かばない。きつく抱きしめられながら、ゾロはいつもどおり揶揄することを選んだ。
「ずいぶん早ェな」
「うっせェ! そもそも限界だったんだよ!」
「てめェも十分可愛いぞ」
「……ッ、せめてかっこいいって言え」
 おれのほうが百倍かっこいい、そんな軽口を返せば、初めは怒りの形相を見せたサンジだったが、すぐに表情を緩めた。ゾロの意図がしっかりと伝わったのか、どこか悔しげに、しかし柔らかな視線でゾロの目を射抜いてくる。ゆっくりと、その顔が近づいてきた。瞼を閉じれば、予想どおり唇が優しく押しつけられる。互いの背に腕を回して、素っ裸で、汗と精液が混ざり合って湿った肌を余すことなく、くっつけ合う。
 しかしゾロは、サンジに言われたちんけな覚悟とやらを、捨てるつもりは毛頭なかった。どんなに言葉と態度で好意を示されようと、それは変わらないのだ。明日にでも、どちらかが死ぬかもしれない。海賊でいる以上、そういう世界で生きていくことになる。これまでどおり運良く生き伸びたところで、いつか別の人間を好きになるやもしれない。今はよくても、子供が欲しくなることだってあるだろう。だが、そんな想像をしたゾロの胸のうちで、何やら普段とは違った感情が渦巻き始めた。
 それは、微かな苛立ちだ。昼間、ナミには鈍感だと散々言われたが、ゾロもバカではない。その感情が嫉妬なのだと、すぐに気がついた。そんなゾロの機微を目敏く悟ったのか、サンジは唇を離し、ゾロの頬を掌で覆うと何やら深く息を吸った。
「てめェの腹が決まったら、おれはいつでもお前を娶る覚悟はできてるぜ!」
 サンジの言葉にぽかんと口を開けたゾロは、その意味を理解すると同時にたまらず声を上げて笑った。どうやら、心底バカげた内容を、サンジは本気で言っているようだ。鼻息を荒くして、至極真剣な眼差しで、ゾロのことをまっすぐに見据えている。アホだなァ、こいつ。思うが、それを口にはしなかった。サンジの手首を掴み、頬から引き離したところで、ゾロは口端に笑みを湛えたまま顔を寄せた。
「離してやれなくなってもしらねェぞ」
「ははっ、そりゃァこっちの台詞だ」
 途端、何もかもがバカバカしくなる。互いに笑いが止まらないまま、唇を吸った。キスのしすぎか、何やら唇が腫れぼったく感じるが、引き離す気はない。それからすぐに、欲を引き出すためのものではなく、じゃれるように舌を絡め合った。
 こんな関係が、いつまで続くのかは分からない。やはり、明日にでも終わるかもしれなかった。だが、しばらくは生温いこの世界で、流されるまま生きていくのも、悪くないのかもしれない。


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