夢の続きへ2 女性二人の会話はいつしかサンジにもよく分からない、服だとか、コスメだとか、はたまたスイーツの話へと移り変わっている。サンジはゾロとの会話のきっかけを掴めず、ただ無言でゴミを量産していった。革靴の上に緑の束が落ち、さりげなく踵を上げて床へと落とす。 「サンジくん、ごめん! くいなちゃんと話してたら、どうしても駅前のケーキが食べたくなっちゃって! ちょっと出てきてもいい?」 「ええっ? あ、ああ、うん。大丈夫だよ」 「ごめんね、お土産買ってくるから! ゾロ、ついでに着替え持ってきちゃうよ」 ゾロの刀を抱えていたくいなが、ソファに三本もの刀を丁寧に立てかけたとき、ナミが店の扉を開けた。二人に顔を向けて、文句を言おうとしたゾロだったが、楽しそうに駆けていく二人を見て、諦めたのか重々しく椅子に背を預けた。 サンジがすぐ頷けなかった理由は、ゾロと二人きりになったあとのことを考えてしまったからだ。会話が苦手な客は、座ったらすぐに雑誌を手に取るか、携帯を弄り始める。だがゾロは、ただ腕を組み、じっと目の前の鏡を睨みつけているだけなのだ。こうも分かりにくい相手は初めてだった。 「あーっと、くいなちゃんとは長いの?」 「……まァ、腐れ縁だ」 会話のとっかかりを必死で探した結果、くいなの言葉に今更ながら違和感を覚えた。着替えを持ってきちゃうような仲だということだ。ふーん、サンジは、どこか面白くない気持ちを押し込み、無意識に煙草を探す。目聡くもその行動に気づいたゾロが、わざわざ振り返り、サンジの顔を見上げた。 「吸っていいぞ」 「へ?」 「煙草」 それだけ言うと、ゾロは顔を戻し、また鏡を睨みつけた。ぽかんとしたまま呆けていたサンジだが、遠慮なく吸わせてもらうことにする。どうせ、客というよりは、友人という輪の中に収まる野郎なのだ。気を使っていても仕方のない相手になるのなら、最初から気を揉む必要もない。煙草を吸うことを知っているのは、道を聞いた際、サンジが吸っていたのを覚えていたからだろう。 唇で煙草を挟みながら、再びゾロの髪へ手をかけた。やはりゾロは、鏡の中のサンジに視線をやるでもなく、ただまっすぐにガラスの平面を見据えている。もしかしたら、普段からこの目つきなだけで、睨んでいるつもりなどないのかもしれない。 態度が横柄なのは変わらずだが、灰皿を持ってこいと言われ、サンジがわざわざ灰を落とすため移動せずに済むようにか、鏡台の上にそれを置いてくれた。結構いいやつなのかもしれねェ、サンジの中で不意に男への興味が湧き始める。 邪魔な髪をクリップで止めるとコームで前髪を持ち上げて、迷いなくハサミを進めていく。ぱらぱらと顔に髪が落ちるのを鬱陶しく感じたのであろうゾロが、やっと鏡から目を離し、片方の瞼を閉じた。淡い照明の光に灯されて、緑色の睫毛が透けて見える。ブリーチやマニキュアの跡など全く見えぬ、柔らかい髪の毛から、染めているわけではないのだろうと思っていたが、本当に地毛なのだと、その珍しさからサンジは無意識に顔を覗き込んだ。そうすれば、意外と睫毛が長いことに気がつく。ふと、吸い込まれそうだとも思った。 知らず手が止まっていたサンジへ、不審感を露わにゾロが目を瞑ったまま、おい、と声を上げた。その声を合図に我に返ったサンジは、ゾロの背後で見るからに焦りを見せてしまう。何か言い訳をしなければ、煙草を咥えていたことなどすっかり忘れて口を開くと、ベストの襟にすっぽりと煙草が入り込み、慌てて胸元を叩いて吸殻を床に落とした。一人暴れているサンジを、鏡越しに薄目で見遣っていたゾロには気がつかず、サンジは煙草を拾い上げる。あっぶねェ、思わず口をつき、ゾロの肩に手を置くと、身を乗り上げて鏡台の上にある灰皿へ煙草を押しつけた。 「何やってんだ、お前」 「はっ、なっ、なんでも! あっ悪ィ!」 「……だから、何暴れてんだよ」 いつの間にか、ゾロの背後から密着している体勢になっていた。頬に髪が触れていることを知る前に、ゾロがサンジの顔を見上げたせいで、あまりの距離の近さにサンジはまた飛び上がってしまう。当たり前だが、やはり不審げにサンジの顔を見遣るゾロが何か言いかけたそのとき、けたたましい音を立てて店の扉が開いた。 「火事の匂がするぞォー!」 「ルフィ!?」 ゾロと同時にルフィの名を呼ぶ。火の元はどこだ? そんな声を上げながら店に入るなり、きょろきょろと辺りを見回していたルフィは、突然ゾロを指差した。 「ゾロ! なんだ、サンジの店に来てたのか」 「おう。相変わらず騒々しいな。てめェは」 「あっ、そうだ。火事の匂いがしたぞ! どこだ火の元ォ―!」 「あ、悪ィ、おれが煙草落としただけだ」 お前の鼻は恐ろしいな、サンジがそう告げれば、また褒めたわけでもないのに、ルフィは歯を見せて笑った。お前ら仲良くなったんだなー、よかったよかった、呑気にそんなことを言うルフィへ、サンジは苦々しい思いで視線を向ける。ルフィが手のつけられていないゾロの茶菓子と紅茶へ手を伸ばし、当然のように口の中へ放り込んだ。ゾロはそれを咎めることもせず、ただ呆れた様子で視線を向けている。 ルフィがカット途中のゾロの髪を笑い、ゾロも自然と怒る様を、ただ背後から眺めていた。無口な男だという印象を受けていたが、どうやらルフィにはぺらぺらと喋るらしい。サンジはまた煙草に火をつけながら、どうしてそんなことで苛立つ必要があるのだと、自身の不可解な感情を抑えつけた。 そのとき、再びけたたましく扉が開き、頬にそばかすのある黒髪の男が顔を出した。遅れて、顔に火傷の痕が残る金髪の男もやってきて、ルフィの姿を見つけるなり声を上げる。それは、見慣れたルフィの兄二人だった。 「ルフィ、勝手に突っ走ってくな!」 「うはは、悪ィ。サボ」 「おっ、ゾロとサンジじゃねェか。弟が世話かけたな」 「全くだ」 ちゃんと躾けとけよ、エースに向けてサンジが煙草を吹かしながら茶化せば、ゾロもサンジと同じように、全くだと笑った。 「いやいや、おめェも大概だからな!」 「ンだてめェ、喧嘩売ってんなら買うぞ」 思わずゾロのことを指せば、振り返って凄まれてしまう。サンジも負けじと睨み返し、結局は手足が出るガキのような喧嘩になってしまった。その様を笑って眺めるルフィとは別に、見兼ねたエースとサボに二人して取り押さえられる。ゾロと目が合うと、互いにそっぽを向き合った。 「善良な一般市民に暴力振るっていいのか。お巡りさんよォ」 「それを言やァ、てめェは業務執行妨害だ。逮捕してやろうか?」 上等だコラ! そう言ってまたゾロに掴みかかろうとすれば、サンジを押さえつけていたエースに頭を叩かれてしまった。お前はちょっと冷静になれ、そう宥めるように言われた瞬間、やっと羞恥が訪れる。普段から怒りの沸点が低いとは言えないが、こんなに子どもじみたことで喧嘩をしたことなど、かなり久しぶりのことだった。それもゼフに対してで、簡単にあしらわれていたことを思い出す。サンジが18になるまで過ごしたバラティエには、歳の離れた男しかおらず、こんなにバカげた喧嘩をしたことなど、思い返してみれば初めてかもしれない。 サンジが大人しくなったことに気づき、エースとサボが、やれやれと言った感じで手を離した。ゾロは不思議そうな顔をしてサンジを見ていたが、ルフィにぽんぽんと肩を叩かれて、少し罰が悪そうに口端を上げた。 「さっさと仲直りしろよ! 握手握手!」 「だっはっは! ルフィに宥められるたァ、おめェら笑えるぜ!」 「バカ、煽るなエース」 ルフィに握手を促され、ケープを被ったままのゾロへ大人しく手を伸ばす。なんとも間抜けな光景だった。未だ馬鹿笑いをするルフィとエースを見遣り、ため息を零す。ゾロも渋々ケープから手を出すと、互いに手を握りあった。その瞬間、サンジの全身をびりびりと雷のようなものが走り、慌てて手を離す。 今のは一体なんだ。サンジは以前テレビで見た、雷を作り出せるびっくり人間の存在を思い出した。その男は手から自在に火花を散らし、遠く離れたアルミ缶へ雷を落としてみせた。見るからに雷様のような格好をした胡散臭い男だったが、まさかそんな人間が何人もいるとは思えない。 握手もまともにできねェのか、そう思っているであろうゾロへ視線を遣ると、ゾロも、サンジと握手を交わした手を見つめ、怪訝そうな顔をしていた。 じわじわと、足元から得体の知れない感情が、サンジの胸へと迫ってくる。まさか、そんな筈はない。徐々に形作られていく思いに必死で首を振った。ルフィは、二人がすっかり仲直りをしたと思い、兄たちと気ままに談笑している。そのとき、再び店の扉が勢いよく開き、突然の来客を告げた。 「ゾロっ、強盗よ! くいなちゃんが残ってる、早く!」 息堰かけて飛び込んできたナミは、必死な形相でゾロを呼んだ。その瞬間、ゾロの表情が、がらりと変わった。初めて見た、獣じみたその顔に、サンジの胸はざわめく。 それまで馬鹿笑いをしていた三兄弟もぴたりと静かになり、目つきを変えてみせた。ゾロは素早くソファに立てかけられた三本の刀を掴み、ケープのまま外へ飛び出していく。ナミの先導でゾロが走り出し、ルフィたちも後を追った。サンジは店を見回して逡巡したのち、クソッと悪態をつき、結局は施錠もせず店を出た。 すでに当の店の前には人だかりができており、濁声の罵声が商店街の一角に響いている。慣れた様子で、ルフィを始め、エースやサボも野次馬を誘導していく。しかし、商店街の端にある宝石店には、駅から流れてきた人々も足を止めていくため、キリがなかった。すると、ゾロがサンジの姿を見つけた途端、なぜかこちらへ引き返してくるのが見えた。 「おい! お前、足鍛えてるだろ」 「え、なんだよ、いきなり」 「飛ばせ」 「はァ? ちょっ、何が!」 サンジの元まで駆け寄ってきたかと思えば、そんな突拍子もないことを言われた。その言葉の真意を読み取る暇もなく、ゾロは地面を蹴りあげ、サンジは咄嗟にゾロへ向けて足を出していた。飛ばせ、そう言ったゾロが足の上に乗ってきたことで、やっと合点がいった。そのまま店目がけて足を振り上げれば、ゾロはケープを翻しながら人ごみを越え、宙にいる一瞬の隙に刀を抜くと入り口の窓ガラスを切りつけた。不思議と、音もなくガラスが崩れていく。店の入り口にいたくいなへ刀を投げている姿は辛うじて見えたが、そのあとは、一体何が起きているのか、まるで分からなかった。 ルフィたちの誘導によって人の波も捌き終えた頃、間抜けな格好をしたままのゾロとくいなに押さえつけられ、手錠を嵌めた犯人が顔を出した。 サボ辺りが、咄嗟に応援を呼んでいたのだろう。タイミングよくパトカーが到着する。サンジはその様子を、ただ呆然と眺めていることしかできなかった。 パトカーへ乱暴に犯人を突っ込んでいるゾロは、真っ黒なケープを被り、頭にはピンク色のクリップをつけたままだ。間抜けな格好をしているはずなのに、不思議と、どういうことか、サンジの目には、そんな姿でもかっこよく見えた。 サンジは人ごみを掻き分けて、無意識にゾロの元へ駆け寄った。先にサンジの存在に気がついたくいなが、今になってゾロの格好へ気がついたようで、ゾロを小突いている。二人ともどうやら無傷なようで、サンジはほっと胸を撫で下ろした。 遅れてサンジに気がついたゾロは、そこでやっと自分の出で立ちに気がつき、慌ててケープの裾を掴むと、スカートのように裾を風に靡かせながら、むりに持ち上げている。一般的な、首元をマジックテープで止めるタイプのものだが、髪につけたままのクリップが引っかかり、一人てんやわんやしていた。 先程サンジが目の当たりにした、かっこいい男と同一人物だとは、到底思えなかった。サンジは苦笑を零しながら、ゾロの首元へ手を伸ばし、簡単にケープを外してやる。くいなはその姿をからかいながらも、ぼさぼさになったゾロの髪からヘアピンを取ってやり、サンジに手渡してくれた。 半分だけ長さを整えた状態の前髪を掻き上げたゾロは、素直に助かった、とサンジに向けて礼を述べた。サンジは、心の底で様々な感情で渦巻いているような、今にも走り出したくなるような感覚を胸に、ゾロへ向き合った。 「さすがに、その髪のままじゃな」 「あー、後は適当にやっとく。なんとかなんだろ。金は今度払いに行くからよ」 「なんとかなるかアホ! そのまま客を帰したとあっちゃァ、プロの名が廃るだろうが!」 ゾロは、プロという言葉を聞いた途端、はっとしたような顔を見せた。気だるげに頭を掻き、サンジから視線を逸らす。 「私たちは調書取るぐらいだし、ゾロってその辺使い物にならないから、二、三時間もあれば終わると思うよ。サンジさんが迷惑じゃなければ続けてもらえる?」 「も、もちろん」 「ありがとう、落ちついた頃にゾロから連絡させる。ほら、アンタもお礼!」 ぴしゃりとくいなが背を叩けば、ゾロは小声で、すまねェと明らかに納得がいっていない様子で呟いた。くいなとゾロの関係は、恋人同士というよりは、姉弟のように見える。他の警官に急かされ、それ以上の会話もなく二人を乗せたパトカーを見送った。 サンジは人ごみの中を見渡し、そこでやっとナミの姿を見つけた。ルフィたちの姿もあり、先程まできびきびと動いていたはずだが、腹が減ったとエースと共にサボへ寄りかかり、全身を弛緩させている。ゾロと同じように、とてもあのときと同じ人間だとは思えなかった。きちんと職務を真っ当している友人の姿を目の当たりにし、サンジは未だ、消化できない感情にやきもきしていた。 「あっ、サンジくん! ごめんね、なんだか大変なことになっちゃって」 「気にしないで。ナミさんは怪我とかしてない?」 「私は平気よ。ゾロ、別人みたいにかっこよかったでしょ」 どこか含みを感じるナミの発言は気になったものの、サンジは素直に肯定する。なんとなく、先程から鬩ぎ合っていた複数の感情が、一つになっていくような気がした。その塊を飲み干した瞬間、いても立ってもいられなくなった。 「ナミさん本当に申し訳なんだけど、トリートメント今度でいいかな」 「えっ、うん。どうかした?」 「……バラティエ、行こうと思って」 「うひょー、お前やっと飯作る気になったのか! やっぱサンジはそうでなくちゃな!」 両手を上げて、目を輝かせたルフィはそう言うと、またぐったりとサボの肩へ寄りかかった。そうでなくちゃ、とは、一体どういうことだ。サンジは視線を宙に漂わせたあと、ルフィと同じようにぐったりとしていたはずのエースへ顔を向けて、当然、といったように口端を上げている表情を見た。 そのとき、くいながゾロへしたように、サンジの背をナミが思いきり叩きつけた。気が変わらないうちに早く行きなさいよ、そう焚きつけられ、笑顔のサボとナミに見送られながら、サンジは大分人もまばらになった商店を抜ける。 なんだかこそばゆい感覚に陥った。商店から数キロ離れた海岸へ出れば、地上とは乖離したレストランが見えてくる。全力で走っても、まだ足は軽かった。 この地に戻ってこようと、バラティエに顔を出す気は毛頭なかった。なぜ、自分でも驚くほど気が変わったのか。それは、ゾロのあんな姿を見てしまったからだ。根拠はなくとも胸を張り、おれはプロだ、自信を持ってそう言えるのかと、料理を捨てきれないことに対し、己へ一石を投じ続けてきた。 今まで意地を張り続けていたことが、ゾロの警察官という別の姿に中てられ、バカバカしくなった。ゼフには何を言おうとも、罵られては蹴られるのだろう。それでも、やはり料理を学びたいのだ。プロの美容師兼、料理人も悪くない。 30分に一本、運休することのないバラティエへの定期船を待つ間、ゾロの顔を思い浮かべた。もう一度ゾロの髪に触れて、色々と話してみたいことがあった。鍵もかけず、店を開けたまま出てきてしまったことに思い至ったが、ナミに叩かれた背がじんと痺れるのを感じ、引き返すのはやめた。 船頭がオールを漕ぎながら、帰りの客を乗せてやってくる。船が桟橋につけられ、客が降りたのを確認すると、サンジは久々に浮き沈みを繰り返す海の感触へ足を踏み入れた。同じように船に乗り込んだ客は、今日は何を食べようとか、パンフレット片手にこれ美味そうだなァなどと、それぞれバラティエへ思いを馳せている。 サンジはしばらく何もない地平線を眺めていたが、徐々に近づくバラティエに不意に目を遣った。驚愕のあまり慌てて立ち上がる。そのせいで船のバランスが崩れ、足元を滑らせかけた船頭にどやされてしまった。 サンジの店に来てくれたパティから、二年前に改装工事をしたことは聞いていた。どこからどう見ても、サンジの顔を悪意あるデフォルメで模した外観のせいで、怒りのあまり震えが収まらない。船頭に座ってくれと促され、サンジがどかりと腰を下ろしたとき、周りの客から批難の目を向けられた。 あのクソジジイは一体どういうつもりなのだ。巨大なスタンド花以上の衝撃だった。パティが爆笑しながら改装の話を振ってきたことを思い起こせば、ますます腹が立つ。サンジは拳を握りしめたまま、なんとかこの怒りを抑えようと、ぐっと奥歯を噛みしめた。 そのとき、マナーモードにしてあった携帯が、ポケットの中で震える感触に気がついた。すぐ取り出せば、ディスプレイには登録されていない、固定電話からの番号が映し出されている。 通話ボタンを押せば、予想だにしていなかったゾロからの電話だった。こんなに早く連絡が来るとは思っておらず、多少焦りを感じる。ナミからくいなを通して、サンジの番号を聞いたようだ。7時半には店に行けるというゾロの言葉を聞き、ちらりと腕時計を見遣る。まだ、二時間近く先のことだ。 「悪ィな、普段はもう店閉めてる時間なんだろ」 「いや、気にすんな。あのさ……」 サンジは突如浮かんだ思いをそのまま口にしようとして、咄嗟に言い淀んでしまった。そんなサンジの様子を電話越しでさえ感じ取ったゾロは、ぶっきらぼうに、なんだ、とサンジの言葉を促してくれる。こんなことを、会ったばかりの親しくもなんともない男に言われたら、気持ち悪いだろう。サンジはぐるぐると頭の中で悪い方へ考えを巡らせていくが、バラティエに船が着けられたことで、ハッとして意を決した。 「あのさ、髪のカットが終わったら、飯食ってほしいんだ。おれが、作ったやつ、なんだけど」 「あァ、そういやおめェコックだったな。分かった」 またあとでな、そう言って電話を切ったゾロの声が、鼓膜を通して、じんと脳に伝わる感覚があった。何かがおかしい、そう思いながらも、違和感はすぐにゾロの発言へと向かう。サンジは美容師であって、コックではない。この町では知らぬ者はいないであろう、海上レストランバラティエの料理長の息子だと、友人たちから聞いていてもおかしくはない。だが、ゾロの口から不意に放たれた、コックという言葉に、なんだか全身が熱くなったような気がした。 |