夢の続きへ



(美容師×警察官)



名前も分からない色とりどりの花が、サンジの眼前へと突き出された。真っ白で淀みのない百合が中央で存在を主張している。たまらず目を泳がせ、そこに見つけたバラティエの文字に、アホか! とサンジは声を張り上げた。巨大なスタンド花を抱える店員は、驚いたように肩をすくめている。あの、サインを、そう言って怯えたようなピンク髪の青年へ慌てて謝罪し、しかし怒りは収まらず、サンジはミミズ張りのようなサインを書いた。
完全に嫌がらせでしかなかった。思春期、もとい反抗期だったサンジは、実家のレストランを継ぐことを拒否し、高校を卒業すると同時にこの町を飛び出した。そのときは家を出る理由はなんでもよかった。とりあえず目に留まった美容師の専門学校へ入学をして、なんとか自分の店を持つまでに成長した。
食材という名の髪を調理し、時にはアレンジを加え、客が満足いくように仕上げていく。やってみて初めて気がついたが、美容師はコックに似ていた。結局は料理を捨てきれない自身に呆れもしたが、専門学校を出て都会の大きな美容院で修行をしながら、どうせならと夜間の学校へ通い、調理師免許も取得してしまった。
この地へ戻り、店を開こうと考えたのは、美容師と料理人、どちらを望んでいるのか、確かめたかったからだ。それだけでなく、店の賃料が安いということも、正直かなり大きな魅力だった。店の内装は、普段グラフィックデザイナーを勤めているウソップが、四苦八苦しながらも快くやってくれた。しかも、勉強も兼ねているからと、ただ同然の値段でだ。内装工事も、バラティエの常連だったガレーラカンパニーの大工たちがやってくれた。多分、ここからゼフに漏れたのだろう。
サンジは腕を組み、眉を寄せて巨大な祝い花を忌々しげに見遣った。他に従業員を雇う余裕もないため、一人で切り盛りしていく予定の店は、それぞれ機材は一つずつしか置いていない。そんな小さな店に、この巨大なスタンドは不釣合いだ。ゼフなりの祝いの気持ちと、連絡の一つも寄越さないサンジへの、ちょっとした嫌がらせなのだろう。全てが悪意とは思えないのが厄介だった。しかし、こうして店内に置いていては邪魔でしかなく、仕方なく外へ出すことにする。家へ持ち帰る労力を考えるのも癪だ。
開け放したままの扉から慎重に花を出した。商店街の一角に運良く借りることができたため、人通りはかなり多い。サンジの持つ巨大な花のスタンドはやはり目を引くのか、数人から何の店ができるのか聞かれたりもした。まさか、こんな効果があるとは思ってもみなかった。少しだが、ゼフに感謝の念を覚える。
「おい」
やっとスタンドを置く位置が決まり、看板とのバランスを確認していたとき、背後から不躾に声をかけられた。その物言いに若干イラッとはしたが、もしかしたら客になる相手かもしれない。サンジは笑顔を貼りつけてからやっと振り向いた。
そこに立っていたのは、予想外にも警察官だった。制服の帽子から僅かに覗くその目は、とても堅気の人間のものとは思えない。それどころか、左目には一本の深い傷が刻まれており、サンジは地上げ屋の一種だと確信した。
「何の用だ、てめェ」
腕っ節には自信があった。軟弱な職業だと思われがちだが、料理と同じように、美容師はかなりの力仕事だ。不躾な一言を発したきり、口を開こうとはしない偽警官は、地を這うような声を出したサンジを睨みつける。
よく見れば、男は腰に三本もの刀を差しており、この場で蹴散らすかと考えていたサンジだったが、さすがに思いとどまる。明日のオープンを控えているというのに、問題を起こすわけにはいかなかった。そもそも、明らかに銃刀法違反じゃねェか、警察は何をやってんだ、とサンジの怒りは在らぬの方向へ飛び火していく。
「ここから、」
「あン?」
立ち退けだとか、そんなバカげたことを言うつもりか。やっと口を開いた男へ横柄な態度は崩さず、サンジも負けじと睨み返す。新しく開店する店を狙う、こういった犯罪はよくあることだと、先輩美容師から聞いたことがあった。都会だけの話だと高を括っていたが、こんな地方の商店街でさえ標的にするとは、呆れ果てて物も言えない。男はなぜか悔しげに口角を下げると、帽子のつばを押し上げて、サンジの顔をまっすぐに見据えた。
「シモツキ警察署は、どう行ったらいい」
「はァ」
予想とはまるで似ても似つかない言葉を投げかけられて、サンジの毒牙は一気に抜けてしまった。まさか、本物の警察官なのだろうか。あまりのことに脳が機能を停止させ、男が発した言葉を上手く処理することができず、サンジは警察が一体何の用なのだと考え込む。保健所の立ち入り調査は無事済ませたばかりだし、きちんと申請も出している。疚しいことなど何一つない。顎に手を当てて考え込むサンジへ、目の前の男はやはり悔しげに鋭い片目を光らせていた。
「分かんねェのか、道」
「えっ、ああ、道ね。どこまでだって?」
「……シモツキ警察署」
自主でもしに行くのかと一瞬考えはしたが、それではこんな格好をしている道理がない。まさかなァ、サンジは落ち着くためにも胸ポケットから煙草を取り出した。それを見た男は、明らかに機嫌を損なったようだ。
サンジは煙草に火をつけ、目の前の男を見た。格好はどこから見ても、やはり警察官だ。
警官に、警察署への道を聞かれた。やっとその状況を飲み込んだ瞬間、サンジはたまらず煙草の煙と共に空気を吐き出した。男はやはり警官だとは思えない態度で舌を打つと、サンジから拗ねたように顔を逸らした。罰の悪そうな態度を認め、サンジはやっと顔を引き締める。もしかしたら新米で、単純にまだ道を覚えていないのかもしれなかった。そうだとしたらさすがに失礼だったと、警察署への道程を丁寧に教えてやる。
「すまねェ、助かった」
「いや、こっちも笑って悪かったな。こんな時期に赴任してくるなんて、お前も大変だよな」
最初はサンジの態度にしばらく腹を立てていた警官だったが、帽子のつばを下げながら礼を言われ、サンジの中で笑ったことへの罪悪感が募る。
男はサンジの言葉に首を傾げ、おれァここに来て三年だ、と当たり前のことのように告げた。サンジが呆然としている間に、教えたはずの道とは正反対の方向へ歩き出した男を見送りかけ、慌てて引き止める。
こいつは多分、すげェアホなやつなのだ。同情の眼差しを向けながら、結局警察署まで送ってやった。忘れずに店の宣伝もしたが、男は興味もなさそうに相槌を打つのみで、店で会うことはねェだろうな、サンジはそう確信した。骨折り損のくたびれ儲けとはこのことだ。
なんなく見張りに立っている二人の警官の間を抜け、署内へ姿を消した男を今度こそ見送る。本当に警察官だったのだと、そのときやっと実感した。
 
 
 
店は無事にオープンし、なかなかの繁盛を見せている。知り合いがわざわざ足を運んでくれたことが、かなり大きかった。勿論ゼフは来ないが、初日にはバラティエの連中さえも足を運んでくれた。だが、正念場はここからだ。どれだけ新規の客を取り込み、常連を獲得できるかは、サンジの腕次第だった。
オープンから二週間も経てば、飲食店とは違い、少し波は落ち着きはじめる。そんなとき、ウソップから久々にみんなで集まろうと連絡があった。個々では連絡を取りあってはいたが、全員が集まるのは、高校の卒業式ぶりのはずだ。サンジはその間、一度も帰省していない。
客が引けたあと、片付けもそこそこに店を閉め、着替えのため一度アパートへ寄った。約束の時間より遅れると、客の予約を受けたあと、すぐに伝えていたため、急ぐこともない。久しぶりにお目にかかれるであろう美女のことを思い出せば、否応なしに鼻の下が伸びるのを感じた。
個室の座敷へ案内され、襖を開けば、すでに集まった友人たちで盛り上がりを見せている。サンジにいち早く気づいたフランキーが、おうと手を上げ、サンジも同じように応えた。フランキーの隣にいるロビンを認めた瞬間、サンジは慌てて靴を脱ぐと座敷へ上がり、両手を合わせて身体をくねらせる。ナミの姿も見つけ、戻ってきてよかったァ!両手を広げてそう声を上げる。ナミは一度店に足を運んでくれたが、ロビンとフランキーは海外へ飛び回っていたため、かなり久しぶりの再会だった。相も変わらず美しい二人は、サンジに対しても相変わらずね、と呆れたように笑う。
一通り賛美の言葉を送ったのち、チョッパーが気を利かせて頼んでくれていたビールが届いた。サンジも大人しく席へつき、おかえりという友人たちの声を合図に乾杯をする。
「そういやサンジ、おめェの知らねーやつも呼んじまったけど、大丈夫だったか?」
あとでルフィと一緒にくる予定だと、ウソップが焼き鳥をつまみながら告げる。別に構わねェが、煙草に火を灯しつつも返せば、ブルックがきっと仲良くなれますよ、と探偵の習性か、襟を立てたロングコートも脱がず笑っていた。
聞けば、サンジがこの町を出たあとにやってきた男で、すっかり友人たちに気に入られているらしい。それが女の子ならまだしも、どうやら男だという。サンジの中では見ず知らずの野郎など、すっかりどうでもいい存在と化した。
だが、かなり個性的な面々が揃っているこの輪の中に、いとも簡単に入ってみせる相手へ、多少なりとも興味が湧く。しかし、ナミとロビンが、なんか放っておけないやつなのよね、と話しているのを聞いた瞬間、絶対にいけ好かない野郎だと考えを改めた。
「肉ゥー! おまたせー!」
そんな声が聞こえてきたと同時に、勢いよく襖が開き、ルフィが顔を出した。挨拶もほどほどにテープルの上の料理へ手を伸ばし、ナミに叱られている。拗ねつつも、大人しくおしぼりで手を拭きながら、ルフィはサンジへ顔を向けた。
「久しぶりだな、サンジ!」
「おう、変わんねェな。お前は」
褒めたつもりはなかったのだが、満面の笑みを浮かべられて、本当に変わらないと実感する。こんなやつが就職できるのかと心配していたが、面倒見のいい兄が二人もいるおかげで、今や消防士として活躍している。町のヒーローだと、オープンしてすぐ、客づてに話を聞いた。
「あのー、和んでるところ申し訳ないんですが、ゾロさんは?」
「そ、そうだぞルフィ! ゾロのこと置いてきちゃったのか!?」
ブルックとチョッパーの言うゾロとは、先程話していたサンジの知らない男のことだろう。すでに口いっぱいに料理を詰め込んでいるルフィは、まるで聞き取れない言葉を放ったが、その間に話は大きくなり、一人でここまで来られるわけがないとか、今ごろ隣町まで行っているかもしれないだとか、散々な言われようだった。そんなやつ流石にいねェだろ、と茶化したサンジだったが、どうやら皆大真面目に言っているようだ。
「なんかゾロ、仕事で呼び出されちまって来れねェって」
咀嚼していた料理を飲み込み、また箸を伸ばすルフィに対し、すぐに言えよ! とウソップの突っ込みが入る。ルフィが来てからというもの、あっという間に料理は空となり、追加の酒と料理を注文した。次第に話も別のものへと移っていき、学校の話ばかりだったあの頃とは違い、ほとんどが仕事の話になった。それぞれ歳は違えど、あのルフィでさえ、自立をしている。サンジは自分の現状を、一人立ちしたと言っていいものなのか、よく分からずにいた。




「サンジくん、夕方から二人お願いしたいんだけど」
「16時以降ならいつでも大丈夫だよ。一席しかないから、待ってもらう形になるけど」
「一人はカットだけだから私が待つわ」
ナミから予約の電話を受け、サンジは躍るような手つきでメモを残す。ナミの友人も来るとなれば、存分にもてなさねばならない。どんな美人が来るのか、想像するだけで胸が躍る。床で束になっている髪を箒で掃きながら、サンジは知らずステップを踏んだ。
平日の昼にもなれば、客足は一度途絶えるため、予約が入っていない場合は店を閉めることにしていた。掃除を終え、ナミのために一等良いトリートメントを用意すると、二人がけのソファと、雑誌を並べている本棚の隙間から、空気清浄機を引っ張り出す。カウンターまでそれを引きずり、灰皿を取り出すと腰をかけて煙草に火をつけた。ガラス越しに見える人々を、なんとはなしに眺めてみる。
そのとき、電柱の陰に隠れているブルックの姿を見つけた。骸骨のように細い男は、電柱にもすっぽりと隠れてしまう。だが、大きなアフロが全てを台無しにしていた。これで探偵は逆に目立つだろうと、サンジは堪らず笑みを零す。すると、ブルックもこちらに気がついたようで、嬉しげにぶんぶんと腕を振った。サンジも手を振り返し、煙草の灰を落とす。一瞬目を離した隙に、二人組の警察官が視界の端に現れ、ブルックの傍で足を止めた。
ふと、オープン前日に出会った、不思議な警察官の存在を思い出した。目つきは悪いが、少し頭が弱そうな男だった。
ブルックは焦ったように両手を振って、何か否定している。ちらちらとサンジを見ては助けを求めてくるため、しょうがねェなァと、サンジは笑いを噛み締めながら店を出た。あの様子だと、職務質問にでも遭っているのだろう。後ろ姿だけでは、あの男かどうか分からない。もしそうだったとして、どうするつもりなのかは考えていなかった。
「おー、ブルック。悪ィ悪ィ」
「遅いですよっ、サンジさん!」
サンジへ顔を向けた警官は、あのときの男ではなかった。なんだ、そう思ったことに違和感を覚えたが、すぐにブルックをからかうことへ意識を向ける。しかもブルックは、追跡中の人物まで見失ってしまい、もう今日は仕事になりません、そう言ってさめざめと涙を流していた。助けてやった礼に飯でも奢らせるかと思っていたサンジだったが、ブルックのあまりの落ち込みように同情し、結局は近くの定食屋でサンジが昼食を奢ることになった。
ドアの開閉に合わせ、ちりん、とベルの音が響く。来客へ視線を向け、予定通りにきたナミを案内しに向かった。予約はもう一人分入っていたはずだが、そこには苦い顔をしたナミしかおらず、浮かれていたサンジは自然と首を傾げる。ナミは案内も待たず、ずかずかと一脚しかない椅子へと向かい、乱暴に腰を下ろした。
「逃げられたわ」
「え?」
「とりあえず、私から始めてもらってもいい?」
「う、うん。それは勿論だけど……」
女性専用のケープを開き、ナミの前へかざす。腕を通したことを確認して、首元でそれを固定した。とりあえず、今日はカットとトリートメントという注文を確認する。腰元のシザーバッグからコームを取り出し、元よりきれいなオレンジ色の髪を梳きはじめた。
逃げた、という相手のことは聞かない方がいいのだろうか、そう懸念する。しかし、気になるというのが正直な心情だ。普段、ナミやロビンの前ではぺらぺらと回る口にも困惑が現れ、サンジが躊躇していることにナミも気がついたのか、深々とため息を零したあと、事の顛末を説明してくれた。
どういうことかというと、ナミと一緒に来る予定だった友人は、信じられないほどがさつな人物らしい。職業柄、信用第一だというのに、身だしなみにはまるで気を使わず、髪も伸び放題なのだと、ナミは呆れた様子で話した。仕事の一環で、ナミの働く保育園にも顔を出すという友人が、今日は早番だと言っていたため、同じく早番だったナミが有無を言わせず予定を立てたらしい。
髪の長さは変えないというナミの要望どおり、サンジは毛先を整える必要がある分だけ、カットをしていく。まるでみかんのような橙色の髪が、ケープの上に落ち、身じろいだナミに合わせて、白いタイルへと身を預ける。
ナミは、仕事が終わったら友人の職場で待ち合わせをして、一緒にサンジの店へ来る予定だったのだと続けた。しかし、待てど暮らせど友人はやって来ず、寮にも行ったが、まだ帰ってきていないと、ばったり居合わせた友人の同僚に聞いたのだという。呆れているようではあるが、悪態をつく口調とは違い、怒気を含んでいるわけではなさそうだ。
とにかく、すごく奔放なレディなのだろう。それはそれでいいなァ、そう思案して鼻の下を伸ばしたサンジへ、ナミは鏡越しにどこが同情を含む眼差しを送った。そのとき、鏡台へ雑誌と一緒に置いてあったナミの携帯が着信を告げた。サンジは一度手を止め、出ていいよとナミを促す。メールだから、そう言って携帯に手を伸ばしたナミの言葉を受け取り、サンジもまた、コームでナミの髪を梳かした。
「サンジくん、アイツ来るみたい」
「そっか。よかったね」
「まったく、世話が焼けるわ。あ、トリートメントは後にしてもらってもいい?」
 あいつ待っている間にまた逃げ出しそうだから、眉を寄せたナミへ頷き、一体どんな子が来るか、サンジも多少不安に駆られ始めた。
カットが終わり、ケープを外したタイミングで、店の扉が開いた。同時にベルが揺れ、音を立てる。サンジはケープを脇に抱えて、入ってきた人物へ身体を向けた。
そこに立っていたのは、想像とはまるで違う、艶のある黒髪をしたショートカットの女性だった。もっと、伸ばしきったぼさぼさの髪をした、本当に手入れなどしていないような子が来るのかとばかり思っていた。そのせいか、サンジは客に反応することを一瞬忘れてしまう。
「ナミさん、遅くなってごめん!」
「こっちこそごめんね、面倒なこと頼んじゃって」
「大丈夫、早番だったしね。ほらゾロ、アンタいつまでも男らしくないよ!」
 ぴしゃりと声を上げた彼女に驚き、サンジは慌てて背筋を伸ばした。しかしよく見れば、女性の後ろで耳を摘ままれ、苦い顔をした一人の男が立っている。どこからどう見ても、その男は警察官の格好をしていた。サンジと同じぐらいまで襟足が伸びた髪から、ブーツの爪先まで無意識に視線を落とす。その手には、制服であろう帽子を持ったままだ。
「ありがと、くいなちゃん。はあ、ただ髪切るだけなんだから、さっさと座りなさいよ。バカゾロ」
「ちっ、面倒くせ……うぐっ!」
男が悪態をついた瞬間、黒髪の見目麗しい女性は、肘で男の鳩尾をおもいきり突いた。てめェ、そう言って腹に手を回し、屈んだ男を前に、サンジは唖然としたまま、ケープの髪を落とすのも忘れて呆けてしまった。男を連れてきた女性は、かなり、勝気な人らしい。サンジも思わず鳩尾を擦りながら、ふと、脳裏に浮かんだ疑問に思考を預けた。ゾロ、どこかで聞いたことのある名前だった。
とても堅気には見えない、柄の悪い警察官。左目を縦に走る痛々しい傷も確認できる。女性の後ろに隠れた男の腰元を、サンジは身体ごと傾けて確認した。そこには、三本の刀が差してある。
「あっ、てめェは迷子の迷子のおまわりさんじゃねェか!」
「童謡みたいに言ってんじゃねェ!」
だから嫌だったんだと、男は苦虫を噛み潰したような顔をする。ナミは、知り合いなら話は早いわね、そう呟き椅子から立ち上がると、男の腕を引いて先程までナミが座っていた場所へとむりやり腰を下ろさせた。
これが、前に紹介する予定だったゾロよ、あっちはゾロの幼馴染で同僚のくいなちゃん、立て続けに紹介され、サンジの混乱は解けぬまま、とりあえずくいなに挨拶、もとい自己アピールをする。
サンジの中では、男全般どうでもいい存在だが、さすがに客にはきちんと接しているつもりだ。しかし、どうしてか、ゾロのことは客として扱う気になれなかった。不躾にサンジだ、とだけ挨拶をして、ケープの髪を払う。
くいなも、ナミと一緒にゾロの散髪が終わるのを待つことにしたようで、サンジは小さなソファへ二人を案内した。簡単に床を掃除し、ついでにレモンティーを淹れて、ソファの前にある、これまた小さなガラステーブルへ茶菓子と一緒に置く。ゾロの分も淹れてやり、サンジはやっと、大人しく椅子に座り、諦めたように待つ男へ意識を向けた。紅茶を鏡台に置いたところで礼を言われ、少しばかり戸惑う。友人たちが気に入る男だ。悪いやつではないということは、もう分かっている。
「何か注文は」
「別に、適当で構わねェ」
「適当、つってもなァ」
ケープを広げ、ゾロの首に回す。知り合いと言っても、道を聞かれ、店の宣伝をしただけのことだ。全く素性を知らないと言ってもいい相手だが、なぜか適当でいい、そう言うだろうと、サンジは心中で確信していた。
制服の帽子を被っていたためか、無造作に後ろへ流された髪は、すっかりボリュームを無くしている。珍しい緑髪の後頭部を眺め、マリモみてェだな、と思ったサンジだったが、さすがに言葉にはしないでおいた。とりあえず5センチぐらい切るぞ、言えば簡単に肯定され、サンジはカットの準備に取りかかった。
ナミとはまるで間逆の髪質だということが見て取れる。マリモというよりは、芝生のような手触りなのだと、そう思ってコームを通したが、意外にも滑らかに手が動いた。
頃合いを見ていたのであろうナミから、ゾロとどこで知り合ったのかを聞かれた。出会いの顛末をありのままに語ったところで、やはり女性二人は呆れ返っていた。くいなには、迷惑かけてごめんね、と愛らしく謝られてしまう始末だ。
あんなことは、どうやら日常茶飯事らしい。まさか警察官に道を聞かれるなどと、奇想天外なことがあるとは想像できるはずもなく、やはりこの町へ来たばかりのゾロは、住民にかなり警戒されていたようだ。サンジと同じように考えるのが、至極当然のことだろう。
飲み会のときの、友人たちの過保護にも思える心配ようを思い起こせば、サンジはたまらず口角を上げて息を漏らした。隻眼の極悪面が、鏡越しにねめつけてくる。それには構わず、サンジは案外柔らかな髪を摘まみ、ハサミを向けた。迷いなく刃を通せば、しゃきん、という聞き馴染みの音が響き、黒いケープの上へ緑が落ちる。
いくら透き通るように美しく柔らかい毛髪でも、先程のナミのものと同じように、切り離されればただのゴミになってしまう。野菜の皮や、魚の骨と同じようなものだ。だが、食材のように有効活用も、出汁を取ることもできないそれが、ゾロの髪に刃を入れた瞬間、はじめて勿体無いと感じた。





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