夜蛾の孕む子2 己の痴態を恥じる暇もなく、突如、襲ってきた違和感にびくりと身体を揺らした。普段、何かを挿入するためにあるわけではない器官から、顕著に違和感を覚える。いつの間にか口内から男の指は消えており、すぐに他の海兵の舌が差し入れられた。目の前の海兵は卑下た笑みを湛え、緩慢に指を上下させる。圧迫感に、ゾロはたまらず呻き声を上げた。その声に更に興奮を掻き立てられた海兵たちは、世話しなく自身のベルトに手をかけ始める。迫りくる欲には耐え切れず、その場で性器を慰める者さえいた。 ゾロの片足が他の海兵によって持ち上げられ、ボトムが完全に引き抜かれようとする。だが、ブーツがそれを邪魔し、苛立った手つきで脱がされた。いつの間にか圧迫感は増して、指が増やされたことをゾロは理解する。それが動かされるたび、喉からは呻きが上がる。 屈辱だった。上下されるだけだった指をバラバラに動かされ、ゾロの身体が震えた。その間も、様々な男に口づけられ、乳首を攻め立てられ、性器を刺激される。ぴちゃぴちゃと、奇妙な水音だけが海軍基地に響いていた。 ゾロは、横目でライフルを持った男を見遣る。男はライフルを構えることも忘れ、気色ばんだ顔でゾロの痴態を見据えていた。今なら、抵抗しようがすぐに撃たれることはないのだろう。だが、逃げることもできない体では、結果は同じだった。 醜態を晒すより死を選ぶか、それとも苦痛を耐え凌ぐか。選択肢は単純な二つだが、ゾロには生き延びなければならない理由がある。答えはもう決まっていた。 もう一人の男は、ライフルを抱えたまま顔面を蒼白にし、ゾロから顔を背けていた。まァ、当然の反応だな。ゾロは口端を上げる。真っ当なその態度に、どこか救われるのを感じていた。 海兵の指が乱暴に引き抜かれ、ゾロの内股が知らず引き攣る。まるで反応を示さないゾロの性器を揉み続ける手を一度剥がすように命じた海兵は、突然地面に膝をついた。ゾロの性器を持ち上げ、上を向かせる。すると、そのまた奥まった場所に唇を寄せた。未だ他の海兵に舌を絡め取られ、様々な場所を愛撫されているゾロには、一体何をされるのか視界の端ですら捉えることはできない。胸の尖りに執拗に吸いつく二人の海兵の姿は、ただただ滑稽だった。まるで赤子だ。みっともないとは思わないのだろうか。 そのとき、しゃがみ込んだ海兵が、先程まで指を入れていた箇所に、吸いつくように唇を落とした。まるで意識をしていなかった行為に、ゾロの身体は跳ね上がる。他より盛り上がった皮膚の周囲を刺激するように唇で啄ばまれ、窄まった箇所を舌でつつかれる。同時に、乳首にきつく歯を立てられ、ゾロの身体は快楽ではなく、痛みに震えた。先程の圧迫感よりマシではあったが、そこに舌を入れられているという事実に、きつく瞼を閉じて耐える。 親指で性器の裏筋を撫でられ、緩慢に粘膜が絡む音が響く。ゾロはただ、無心でいることに決めた。何も感じずにいれば、こんな行為、なんてことはない。しばらくそうしていたが、やってきた激痛や圧迫感に、そんな思いは吹き飛ばされてしまった。たまらず咽喉の奥から悲鳴が上げる。今までの圧迫感とは比べ物にならない。唇を噛み締めることもできず、痛みを紛らわす術さえない。ゾロの額からは、脂汗が浮かび上がっていた。 「随分締まりのいいケツだなァ、ロロノア」 「ぐあっ…うあああ、てっめ、」 「何か言いたいことがあるなら言ってみろ」 そう言ってすぐ、ゾロの中を突き上げるように海兵ががつがつと腰を動かし始めた。中に男の性器が入れられているというだけで耐えがたい苦痛が生まれるというのに、無遠慮に動かされれば、ゾロは悲鳴を上げることしかできない。内臓が圧迫され、呼吸もままならない感覚だった。今までに味わってきた痛みとは、まるで違う。突き上げられるたびに内臓が上へ上へとせりあがってくるようで、吐き気を催す。 まだ充分に慣らされていなかったゾロのそこは傷つき、血を滴らせた。だが、それさえも潤滑剤になってしまうのか、男の性器はスムーズに進み始める。内壁が無理に押し広げられ、男のものは更に質量を増した。 強姦をしているという興奮からか、海兵はずいぶんと早漏だった。達したあとも、二、三度腰を打ちつけて、ゾロはやっと苦痛から解放される。中に吐き出された精液が、内腿を伝っていく感覚に眉をひそめた。肩で息をしながら、何も考えられないほどに、脳が熱に侵されていくのを感じている。 白濁と共に赤い血液が混じり、どろりとした桃色の液体が地面を濡らしたが、それはすぐに他の海兵の足によって踏みつけられた。間髪置かず別の男が、鼻息も荒くゾロの前に立ち尽くす。汗ばんだ手で膝裏を擽られ、いきり立った性器をゾロの奥へと擦りつける。断続的な痛みを残し、ひくひくと収縮を繰り返すそこに、また別の質量のものが突き入れられた。声だけは上げてなるものかと、ゾロは血が滲むほど唇を噛み締める。だが、それも他の海兵の口づけによって拒まれてしまった。 いつまでそうされていたのか、当人であるはずのゾロにも分からない。だが、途方に暮れるほど、その時間は長く感じた。解放された頃には空も白み始め、行為を終えた状態そのままに放置されている。下半身は様々な男の精液に塗れ、固まって皮膚にこべりつく感覚があった。昨日のようにリカが覗きにでもきたら、大変な騒ぎになるだろう。それに、他の人間が捕えられた海賊狩りを見にこないとも限らない。 だが、ゾロには救いを求めるような人間はいなかった。いつだって、一人でこの海を乗り越えてきた。死にかけたことなど数え切れぬほどある。 そのとき、門を抜けて人のやってくる気配がした。今度は複数ではなく、どうやら一人だけのようだ。この基地は、海兵以外の者は立ち入りが禁止されている。まだ何かあるのかと、ゾロが殺気を纏わせたそのとき、目の前に現れたのは、あのときライフルを持ち、顔面を蒼白にしていた海兵だった。もう一人、見張りに来たのであろう海兵にも嬲られたゾロだったが、この男だけはただ震え、一部始終から目を背けていた。男は水を張ったバケツを地面に置き、その中に浸していたタオルを絞った。 「すまなかった…まさか、こんなことになるとは」 海兵が震えた声で呟くと、ゾロの身体を拭い始めた。ゾロは何も言わず、膝をついてゾロの足をきれいにしていく海兵の頭を、上から見下ろしていた。こんなことをする義理などないはずなのに、何が目的だとゾロは訝る。だが、小刻みに震えている海兵の姿に気づき、目を眇めた。 怯えか、同情か、それとも怒りによるものか。ゾロには分からなかったが、海兵は一心にゾロの身体を清めていった。乾いて固まった精液や血液は、簡単に落ちるものではなく、タオルとの摩擦によってゾロの皮膚は赤くなっていく。未だ自身の血によって鼻腔をふさがれているゾロには分からなかったが、辺りには行為を顕著に残した匂いが漂っている。決して、心地いいものではない。悪臭とも呼べるそれに包まれながら、海兵は海軍に対し、絶望していた。 汚れたタオルを水に浸すと、擦り、もう一度水を絞る。ゾロの、晒されたままの性器を見遣り、海兵は視線を彷徨わせたあと立ち上がった。ゾロの頬をタオルで覆い、鼻血の跡を拭う。 「どうせなら、こっちを先に拭いてほしかったぜ」 「…そうだな。気が利かなくて申し訳ない」 「は、冗談だ。悪ィ、助かるよ」 海兵は目を丸くして、まじまじとゾロの顔を見つめた。だがすぐに視線を逸らし、ゾロの顔を拭うことに集中してしまう。この海兵を見ていたら、ゾロは気を張っているのがバカバカしくなった。さすがに、性器やその奥を清められるのに抵抗はあったが、それは相手も同じだろう。 興奮した男たちに踏まれ、砂にまみれたボトムを履かせてもらった。磔場から離れた場所に落ちていたブーツも、海兵は律儀に拾いに行ってくれる。ゾロの身なりが整えられた頃には、顔を出した朝日によって辺りは照らされていた。そろそろ、他の海兵も目を覚ます頃だろう。もし、ゾロにこんなことをしたと知れたら、この海兵の首も危ういのではないか。そのままを口にすれば、海兵はただ首を振った。その反応からは、肯定か否定かも感じ取れない。 すると海兵は、腹は減っていないかと話を逸らすようにゾロへ問いかけてきた。正直、未だ内臓に違和感がある。それは、殴られ、蹴られたからではない。ケツも腰も、じくじくと痛みを纏い続けていた。ゾロは首を振ると、こちらを見ようとはしない海兵の目を、まっすぐに見据える。 「さすがにこればっかりは助けが必要だった。ありがとう」 「そんなっ…礼を言われることなど…! あんな、あんなことをしておいてっ」 「おめェには何もされてねェぞ」 「それでも私はっ…怯えていることしかできなかった…!」 心底悔しげに、海兵は顔をしかめた。ゾロに深々と頭を下げ、謝罪の言葉を口にする。海兵の目からは抑えきれない涙が溢れ、落ちた雫が土の色を濃くさせた。 ゾロは気だるい身体を括りつけられた丸太に預け、足を投げ出す。海兵の顔からは鼻水も滴り、お前の顔も拭いた方がいいんじゃねェかと笑った。 きっと、この海兵も正義の味方だとか、そういうものに憧れて海軍へ入隊した口なのだろう。それが、大佐の息子に逆らったからという理由だけで捕われた男を、海兵共が諸手を上げて暴行する始末だ。正義を掲げている海軍に、絶望しても仕方がない。 ゾロは、海に出てから、正義などという言葉をまるきり信じなくなっていた。海賊も海軍も、似たようなものだ。良い者もいれば、救いようのない悪党もいる。 あどけない表情で声を上げて笑うゾロに、海兵も釣られたように笑い、そうだなと顔を拭った。すると、何かを決意したように海兵は小さな果物ナイフを取り出した。縄を切ろうとした海兵に向けて、ゾロは静かに制止の声をかける。 「おれは一ヶ月、ここで生き延びてみせる。そういう約束だ」 「あいつらは…また来るぞ。それにっ、約束なんて、きっと守られない!」 「まァ、そんときゃそんときだ」 悪びれる様子もなく、ゾロは海兵に悪ィなと謝罪の言葉を口にした。それに、ゾロを逃がしたとなれば、次は海兵の身が危ういのだろう。今こうしていることさえ、危険な行為のはずだった。ここの連中なら、減給やクビどころの話ではなくなるような気がした。 確かに、一ヶ月無事でいられる保障などない。だが、約束をしたのだ。はなから守られるつもりのないものだろうと、ゾロには関係のないことだった。 海兵は一人、苦虫を噛み潰したような顔をして、手元のナイフを下ろした。ナイフをしまうと、俯いたまま汚れたバケツを手にする。そのままゾロの元を去ってしまった海兵を見送り、ゾロは深く息をついた。 下腹部の痛みは尚増すばかりだ。あんなことを言ったが、ただの強がりでしかなかった。たった一度、あんな目に遭っただけで、これほどまでに疲労している。信じ難いが、磔にされて、まだ一日と経っていないのだ。一ヶ月の間に何度ああいう目に遭うのか、考えるのも億劫だった。 ゾロが瞼を閉じようとしたとき、先程の海兵が並々と水の注がれたジョッキを手に、また姿を見せた。 「今日は酷暑らしい。水ぐらい飲んでおけ」 確かに、空高く昇った太陽は熱を纏っている。口許にグラスを当てられ、ゾロは常温の水を少しずつ飲ませてもらった。今の今まで、意識さえしていなかったが、確かに喉が渇いていた。血液や複数の男の唾液が入り込んだ咽喉の気持ち悪さが、多少だがやわらいでいく。 ジョッキの三分の一ほどの水を飲んだあと、海兵が考え込むように視線を落とした。ゾロがそれに気づき促せば、掌に何かの錠剤が乗っているのを見せられる。 「その、肛内に精液が入ると、腹を下すと……信じられないかもしれないが、決して変な薬では…」 「ああ、飲むよ」 迷いもせず、飲むことを決意したゾロに、海兵はほっとしたような顔をした。ここまでしてくれる海兵相手に、疑いなどまるでなかった。 薬を水で流し込み、少しずつ水分を補給した。海兵は空になったジョッキを下ろすと、もう一度深々とゾロに頭を下げる。それから、私に力があればと、悲痛な声で呟いた。ゾロはそれには何も言わず、ただ口端を上げる。 一ヶ月、磔にされているならだけならまだしも、さすがにあんなことが続けば体力の消耗も激しい。仮に一ヶ月の約束が素直に守られたところで、ゾロが無事でいられる可能性は著しく低い。だが、なぜか死ぬ気はしなかった。その理由を問われても勘だとしか言いようがないが、なぜか確信を持ってそう思えた。 海兵と他愛もない会話を少しの間交わしたあと、一人になったゾロは瞼を閉じる。太陽がちりちりとゾロの身を焦がせた。纏わりつく空気にも、熱が帯び始める。確かに、海兵が言ったとおり今日は酷暑になるのだろうと思えた。 眠りにつく寸前のゾロの脳裏には、なぜか風に吹かれる麦わら帽子と、それを被る顔も見えない男の姿が映った。 |