金の魚は水底で泣く



(海賊 ゾロ誕スリラーバーク後)


ゾロの視界には一面の黒と、その中に散らばる無数の光が映し出された。しばらくぼんやりとそれを眺めていたとき、ふと、鼓膜に、脳髄に、一人分の足音が響いてくる。それが誰なのか、歩き方一つで分かるほどゾロはその男を知っていた。気だるげで、気取った足取りは今、とても重苦しい枷を含んでいる。
サンジは疲れ切った顔でゾロの顔を覗き込むなり、いつもは半分ほど閉じられているその目を大きく見開き、瞼をしばたたかせた。口許に咥えられた煙草が小刻みに揺れているのを視界に捉えた瞬間、ゾロの覚醒しきらぬ脳を刺激する。
すぐに踵を返してしまったサンジを眸で追ったとき、その先で床に転がる仲間や、大勢の見知らぬ人間の姿をゾロは見とめた。
全身が引き裂かれるような痛みに蝕まれている。ゾロの脳裏には、あのときの出来事がフラッシュバックしていく。
奇妙なゴースト、消えた影、とっくに生が朽ち果てた侍。そして、肉球をつけた巨大な手。その苦痛。
ああ、おれは生きてんのか。そう実感したと同時に、チョッパーが慌てた素振りでゾロの元へやってきた。その後ろにサンジが立ち尽くしている。
サンジの額には包帯が巻かれ、普段より身軽なパーカーを身に纏っていた。俯いているため、その顔にどんな感情が浮かべられているのか、ゾロには分からない。
チョッパーが涙目でよかったと呟く声を、どこか遠くで聞いた。気がつけば、全身包帯まみれだ。動きづらいことこの上ない。だが、それを毟り取るのも面倒で、ゾロはチョッパーから再びサンジへ視線を戻した。
思い出したのは、たちの悪いこの島のことだけではない。命を投げ打ったゾロへ向けられたサンジの視線は、絶望や悲哀といった、そういった負の感情でいっぱいだった。
どうやらまだ、スリラーバークに身を置いているらしい。あの七武海の男が約束を守ってくれたことは、床で転がるルフィを見てすぐに理解した。それだけで十分だった。寝れば身体に受けたダメージもすぐに回復するだろう。
この場で足止めをさせてしまっていることが自分のためなのだと思い至り、ゾロは正面に顔を向けた。天井のないそこからは、一面に星空が見える。暗闇を覆い、視界を塞いでいた、渦巻く靄は、朝日を浴びたときから立ち消えていた。
チョッパーの診察を受けている間も、ゾロはサンジの気配を一心に感じていた。チョッパーとは言葉を交わしたが、サンジは何も言わない。ゾロも口を開かなかった。何を告げたところできっと、今は逆効果になるのだろうと思えた。



翌日、サウザンド・サニー号はスリラーバークを出航した。一味は仲間が一人増えたことを除き、すっかり元通りだ。奇妙な骸骨の音楽家は、陽気にバイオリンの弦を弾いている。
ゾロはマストに背を預け、瞼を閉じながら聞くとはなしにその音楽を聴いていた。器用なもんだな、骨だけの指先を思い、そんなことを考える。
煙突からは白い煙が立ち昇り、それはそのまま宙に溶けていった。その先でもくもくと浮かぶ雲は、無垢にその姿を風に預け揺れている。ゾロの鼻腔には腹を空かせる飯の匂いが届いた。
もうすぐ昼飯の時間だった。あれからサンジはゾロに対し、スリラーバークでの出来事を口にしない。何があったのか聞くこともしなかった。いつもどおり、口うるさく文句を言われるだろうと思っていたゾロには、それが不思議でならない。
ルフィは芝生の上で横になって頬杖をつき、楽しげに足を揺らしている。ブルックの周囲には自然と仲間が集まり、奏でられる音楽に皆笑顔を浮かべていた。
ゾロがくあっと欠伸をした瞬間、キッチンの扉が開く。瞼を上げ、そこから顔を出したサンジを見上げるが、サンジは仲間たちへ視線を向け、飯だ! と声を張り上げるだけだった。ゾロの顔は決して見ようとしないまま、またキッチンへ姿を消す。扉はやってくる仲間たちを思い、開け放たれたままだ。サンジの背は、強張り、歩き方もぎこちない。ゾロの視線には気がついている。
ルフィが飯ィ! と飛び上がったのを合図に、ブルックの演奏が止んだ。連なってキッチンへ歩き始める仲間たちに続こうと、ゾロも腰を上げる。
「お気に召しましたか?」
ゾロの横で足を止めたブルックが、眼球のない空虚な闇をゾロへ向ける。突然のことに目を丸くしたが、ゾロは口許に笑みを浮かべ、おお、と肯定した。
満足げにヨホホ、と笑声を上げたブルックは、空腹のあまり腹の音を鳴らす。皮膚や内臓から何まで、毛根が強いというアフロの髪以外何も残されていない身体のはずだが、悪魔の実の不可解さなど考えるだけ無駄だ。
「癒し、治癒の音楽です」
続けられたブルックの言葉に、ゾロは眉を上げた。その意味は問うまでもなく理解していた。
一味の中でゾロ一人だけ、元通りというわけにはいかなかった。包帯は動けるようになってすぐに外したが、身体の内側から蝕むような違和感は続いている。死んでもおかしくはないダメージを受けた身体は、いつものように寝ていれば治るというわけではなさそうだ。
そのとき、苛立った足取りでサンジがダイニングへ続く扉から顔を出した。見上げたゾロと視線が絡み合った瞬間、サンジはすぐにブルックへ顔を向けてしまう。ゾロは眉を寄せ、あからさまなサンジの態度に舌を打つ。
「さっさと来ねェとゴムに食われんぞ! ゴムに!」
「ヨホホ、すみません」
「てめェもだ、マリモ! てきぱき歩きやがれ!」
ゾロの存在を避けはするものの、一応声はかけるらしい。
ブルックはキッチンへ歩みを進めたが、ふとゾロを振り返り、お気に召したのなら光栄です、と杖を下げた腕を細い腹に回し、優雅に一礼した。そのまま、歌うように階段を駆けていく。ゾロもそれに続き、変わったやつだと喉を鳴らした。
キッチンへ入れば、サンジはすでに世話しなく給仕に回っていた。まだ真新しい椅子に腰をかけ、サンジが水の入ったグラスをテーブルに置きかけたと同時に、ゾロが手を伸ばす。瞬間、ぱっと腕を引いたサンジの手からグラスが離れ、みるみるうちにクロスは水を染みこませていった。中身を溢れさせながらグラスがゆらゆらと揺れ、サラダの乗った皿にぶつかり、音を立てる。
サンジは罰が悪そうに、その水を拭き取っていった。それでもクロスは水を含み、色と重みを変えている。食事のあと洗濯に回されるであろうそれに、乱暴に新しく用意したグラスを置いたサンジを一瞥し、ゾロは不躾にフォークを掴んだ。

違和感はそれだけでは終わらなかった。確実に、サンジはゾロを避けている。そして、決してゾロへ触れてこようとはしなかった。
いつも通り喧嘩はするが、サンジの足も出なければ、ゾロが刀に手をかけても軽くいなされてしまう。それ以外は別段変わったことはなく、仲間は二人の変化に何も気がついてはいないようだった。
サンジは、ことあるごとにゾロへ触れることを渇望し、それをゾロも許してきた。ゾロが怪我をして帰ってくるたび、まるで自分のことのように傷つき、ゾロがこの場にいることを確かめるように抱きしめ、キスをして、抱いた。
あの出来事は、それほどまでにサンジを苦しめたのか。生きてたんだからそれでいいじゃねェかとゾロは思うが、サンジの思考は元より理解できない。
それでも、サンジの気持ちが変わったとは思わなかった。ゾロがサンジへ視線を向けているとき以外は、一心にゾロの存在を意識している。チョッパーの許しが出ないまま鍛錬を続けていれば、悪態に乗せて気遣うような素振りを見せることもあった。
ゾロにはそれが不可解でならない。いつも通り、触れて存在を確かめればいいのだ。ゾロ自身、サンジに触れられることを望んでいる。
魚人島へ向かう前に冬島が近づいているのか、突然気候は冷めたものへと変わった。雪が降るかもしれないと、食卓を囲む仲間に告げたナミの言葉が脳裏を過ぎる。
不寝番なわけでもないが、珍しくゾロの元へ睡魔がやってくることなく、冴えた意識を持て余していた。マストをぐるりと取り囲むベンチへ腰を下ろす。キッチンから漏れる明かりを眺め、ここより幾分、あの中は暖かいのだろうと思えた。
くしゅん、と控えめなくしゃみを零したとき、キッチンの扉がタイミングよく開いた。部屋から漏れる明かりを背に、サンジは煙草に火を点ける。先端が赤く色づき、煙を吸い込むとその光は色を濃くした。じじ、とフィルターが身を焦がす。
煙が風に流され、ゾロの元まで届いた。この匂いを嗅いだのも、ずいぶん久しぶりのような気がした。実際にはところ構わず煙草を吹かすサンジのことだ。無意識に嗅いでいるのだろうが、それを意識したのは、やはり久しい。
ゾロがすんと鼻を鳴らし、また一つくしゃみをしたとき、サンジの肩が驚きに跳ねた。ゾロはサンジから視線を逸らすことはせず、サンジもゾロを見据えた。その目が絡み合っているのか、暗闇にいるゾロにしか分からない。

「何してんだよ、お前」
「眠れねェ」
「…明日は大雪だな」
うるせェとゾロが悪態をつく間に、サンジは背を向けてキッチンへと戻っていた。その瞬間、ちりちりと身を焦がす感覚にゾロは襲われる。胸よりももっと奥の、名も知らない腎腑のそこだ。
だが、サンジは毛布を手に戻ってくると、ゾロの元まで歩みを進め、それを手渡してきた。どうせまた、ゾロの存在などなかったことにするのだろうと思っていた。
訝しげに眉を上げるが、ゾロはその毛布を大人しく掴む。それに包まると、サンジは足元へ煙草の灰を落とした。
「まだ寒ィ」
「だったら大人しく部屋入ってろ、バカかてめェ」
「コック、寒ィ」
伺うようにサンジを見上げるが、その視線が届くことはなかった。ゾロの言葉に含まれているものを、サンジは明確に受け取っている。だが、それでも行動しないのはなぜか。
煙草のフィルターを噛み締め、サンジはぴくりと跳ねた手をきつく握り締める。小刻みに震えているそれは、衝動を押さえ込んでいるように見えた。
やっぱり、おれに触りてェんじゃねェか。だったら、我慢する必要なんてないはずだ。ゾロにはない思考の渦に、サンジは一人呑み込まれている。ほとほと面倒な男だった。
震えるその手に腕を伸ばしたゾロを察したのか、サンジは逃げるよう身を引いた。そのことで、ゾロの手は空を切り、行き場を無くす。その手を握り込むと、ゾロは自分が傷ついていることを感じていた。じわじわと足元から、不安にも似た心許なさが湧き上がり、きつく芝生を踏みしめる。
サンジの往生際の悪さにはさすがに腹が立つ。鋭くサンジを睨みつけたが、その表情を見て、言葉を失った。手持ち無沙汰になった手を投げ出し、ゾロは眼光を鋭く尖らせ、更にサンジへ放った。
「言いたいことがあんなら、はっきり言やァいいだろ」
「……別に、ねェよ」
「おれはおめェに触わりてェ」
普段、ゾロが決して告げないような言葉を投げかけても、サンジは動かなかった。何をそんなに浮き足立っているのか。ゾロには到底理解できず、煮え滾る腹の虫が治まることはない。深々と息を吐き、バカバカしいとその場へ横になった。それほど広くはないベンチから、足は芝生へ投げ出したままだ。瞼を閉じてもやはり、睡魔がやってくることはなかった。
「おい、ここで寝るなよ。ゾロ」
心許なげなサンジの声を無視し、ゾロは頭まですっぽりと毛布を被る。近くにあった足音が徐々に遠ざかっていき、近くの扉が開かれたのが分かった。
すると、毛布の上に、更に毛布が被せられた。いつもなら揺さぶり起こして無理にでも男部屋へ押し込むのだろうが、サンジはそうしない。そこまで、ゾロに触れるのは嫌だということだ。
ゾロは舌を打ち、しばらく毛布に包まれて考えたあと、キッチンへ消えた男を追った。扉を開けると、サンジはテーブルに肘をつき、沈んだ顔で煙草を吹かしていた。ゾロを見とめ、困ったように顔を歪ませる。先程、ゾロが見た表情と同じものだ。それは暗闇の中でもはっきりと分かった。今は部屋のランプに照らされている。隠れるはずもない。
苛立ちを露わに足を進めても、サンジは逃げなかった。今度こそ、触れたら逃げることもないのだろうか。
だが、サンジはゾロから顔を背け、煙草を灰皿に押しつけると、酒はダメだぞとゾロを言葉と態度両方で拒絶した。そんな用でここへやってきているわけではないと、サンジ自身、よく分かっているはずだ。

「いい加減にしろ、てめェ」
地を這うような声を出し、ゾロがサンジの腕を掴んだ。ぴくりとその肩が揺れ、抵抗もせず、サンジは離せと声を上げる。
「なんでおれに触らねェ」
サンジは俯いて腕を捩り、ゾロの手から逃れようとする。それをゾロが許すはずもなく、掴む手に更に力を込めた。
それからじっと、サンジの言葉を待った。数秒、はたまた数十秒の沈黙が重くゾロの肩にのしかかる。観念したのか、サンジはわななく唇をやっと開いた。
「てめェを見てると、どうしても思い出すんだ」
「…愛想でも尽きたか」
「違ェ! ただっ、あの日以来、触ったらてめェが消えちまいそうで、こうやって動いてんのも夢なんじゃねェかって…!」
喉の震えを隠すようサンジは声を張り上げる。だが、それも逆効果でしかなく、ゾロは深々と眉を寄せてその言葉を聞いた。サンジの腕を離し、力なく手を下ろす。身体の脇で揺れるその手を、サンジの視線が追った。蒼く沈んだ眸の中には、ゾロに触れたいという欲求が顕著に孕まれている。
こいつは心底バカなんじゃねェか、呆れて言葉にならない。ゾロはこうして生きて、サンジに触れた。消えるわけがない。これが夢や幻だったとして、それでもゾロはこの場に存在している。
「てめェが命投げ打って、目ェ覚めたら刀だけ残されてんだ。それがどんだけ怖ェか、」
「…アホだろ、お前」
「っ、残されたおれの気持ちなんざ、どうせてめェにゃ分かんねェだろうよ!」
がしがしと乱暴に頭を掻いたサンジは、そのあと深く息を吐いた。キッチンに広がるぴんと張り詰めた空気は、指先一つ動かすことも憚れるほどだ。普段から身だしなみに気を使うサンジの髪は、四方に跳ねてぼさぼさだった。ゾロは丸いその頭を見遣ったあと、ふと視線を落とす。
時計の針が動く音が、妙に響いていた。サンジはきっと、この場からゾロが立ち去ることを望んでいる。平穏が欲しいのだ。だが、ゾロにそうしてやる気などさらさらなかった。
短針は、深夜一時を指している。その下に貼られた日めくりカレンダーへゾロが目を滑らせたとき、サンジへ視線を戻した。
「お前今日、日付変わってからカレンダーめくったか」
「…あァ?」
訝しげな声を上げたサンジは、同じようにカレンダーへ顔を向け、めくったけど、とくぐもった声を出した。それがなんだと言いたげだが、やはりゾロのことは一瞥たりともしない。
「誕生日」
「……は?」
「今日、おれの誕生日だ」
その瞬間、サンジが座る椅子がぎいと古ぼけた音を立てた。真新しいはずのそれはまだ、傷一つついていない。サンジの動きに合わせ、左右に揺れている。
呆然と口を開閉させ、ぐしゃりと歪められたサンジの顔に、ゾロは喉が詰まる思いがした。
卑怯だ、てめェ。今にも立ち消えそうな声で呟き、サンジは相変わらずおかしな眉を下げている。なんでもっと早く言わねェんだよと唇を尖らせてすぐ、むかつくと忌々しげに息を吐いた。更に頭を掻き乱し、困惑を露わにする。
「プレゼント寄越せ」
「んなすぐ用意できるわけねェだろうが…酒なら下で好きなだけ飲んでろ」
吐き捨てるようにサンジは呟いた。ここまでしても、ゾロを追い出したがるサンジが、あのときどれだけの思いを抱えていたのか、想像する気も起きない。ゾロの腕を掴み損ねたサンジの顔からは、今のように感情が剥き出しだった。想像するまでもない。
ゾロは臆しもせず、ぐるぐると目を回しているサンジに向けて、腕を広げた。ぽかんと目を見張るサンジに対し、鼻を鳴らしてそれを強調してみせる。
「抱きしめてくれりゃァいい」
「なっ、おまっ」
「それに、おれァ、てめェに触れられねェ方が…」
「な、んだよ」
サンジはただ、戸惑っている。ゾロは目を伏せ、それきり口を閉ざした。
今までなら、ゾロがこんな発言をした瞬間に、自分から飛びついてきたことだろう。サンジに触れられないことの方が、ゾロには消えてしまいそうなほど心許なかったなどと、言ってやるのも癪だ。
ただでさえ、今までに感じたことのない苦痛と、思うように動かない身体に気が急いている。鍛錬さえ今までどおりにはいかぬ中、涼しい顔を貫き通していた。
それに、ご丁寧に教えてやるほどゾロは優しくもない。ただでさえサンジに対して腹が立っているのだ。
それでもまだ動こうとしないサンジに焦れて、鼻頭にしわを寄せる。極悪人と呼ぶに相応しい表情で、ゾロはサンジを見下ろした。ランプの灯が揺らめき、ゾロの顔に作り出される影も揺れ動く。
「おれが消えねェことを、てめェが触って確かめりゃいい」
「ああもう、くそっ!」
ゾロの腕を掴み、立ち上がったサンジに正面から抱きすくめられる。弱々しい手つきで背中を撫でられ、肩に触れ、次第にその腕の力は強くなった。それでも未だ、不安と共にサンジは小刻みに震えている。跳ねた金の髪が頬をくすぐり、ゾロもサンジの背中に腕を回した。行為に発展しない、ただ抱きしめ合うことは珍しい。
おれだって、お前に触りたかったよ。鼻白んだサンジは、生きててよかった、そう続け、掠れた声を上げた。お前もな、揶揄するようにゾロは口端を上げる。
こうして歳を一つ取ることも、男に抱きしめられることも、あそこで息絶えていたら叶わなかった。
あのときは、心の底から死を覚悟した。そうする必要もあったと、サンジにあんな顔をさせたとしても、ゾロの中の答えは変わらない。後悔なんてするはずもなかった。
だが、生きててよかったというサンジの言葉に、しみじみと生を実感した。これからも生きて、サンジに触れて触れられるには、強くなるしか道はない。
ゾロがそれを口にする前に、全て分かっているとでも言いたげに、サンジは鼻先を触れ合わせ、ゾロにキスをした。それだけで、全身を蝕む痛みの中でさえも、何かが満たされていくのを感じる。
朝飯から夕飯にかけて、今日はゾロの好物が食卓に並ぶだろう。今はそれと、明確に伝わるサンジの熱があれば充分だった。


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