ぐにゃぐにゃリズム



(海賊 童貞の意味を知るルフィ)


「んだよ、この船童貞ばっかかよ! 話になんねェ!」
「ふざけたことを抜かすなサンジくん! このキャプテンウソップ様はだな…!」
「おいサンジ、ドーテーってうめェのか」
「美味いもクソもあるかアホ!」
仲間たちがすっかり寝静まった頃、腹が減ったルフィはキッチンへ忍びこみ、食材を漁ろうとしたところをサンジに見つかってしまった。大目玉を食らったが、騒ぎを聞きつけて起きてきたウソップもついでだから付き合えと、ファーストキスだの、セックスだの、ルフィにはよく分からない話をサンジが語り始めた。ウソップはサンジの言うことの意味は分かっているらしく、照れたように頬を染めて熱心に話を聞いている。
結局はサンジが作ってくれた夜食に夢中になりながら、ルフィはなんとはなしに二人の話を聞いていた。
童貞とは、セックスの経験がない男を指した言葉らしい。女と触れあうことの大切さを、サンジはよく回る舌でつらつらと話し続ける。そして、本当に好きな相手とするキスは蕩けるように甘く、それでいてとてつもない幸福感に包まれるのだという。
そんなキス経験してみてェよなー、煙草の煙をハートの形にしたサンジに、なんだおめェもドーテーか? とルフィが首を傾げた瞬間、脳天に蹴りが落とされた。痛くはなくとも、衝撃はある。サンジに文句を言おうと口を開いた瞬間、キッチンの扉が勢いよく開いた。ナミもビビも、こんな風に乱暴に船を扱うことはない。現れたゾロに、ルフィはぱあっと顔を綻ばせた。
「なんだ、おめェら。珍しいな」
酒もらってくぞ、とサンジに視線を向けて、ワインセラーからゾロは適当に酒を引き抜いた。
にやにやと口元に笑みを浮かべてウソップと顔を見合わせているサンジに対し嫌な予感がしたのか、ゾロはそそくさとキッチンを去ろうとする。だが、まァまァゾロくん、とウソップが慌ててゾロを引き止めた。普段、顔をつきあわせれば喧嘩ばかりのサンジでさえ、お前の好きなつまみ作ってやるよと上機嫌にゾロをベンチに座らせている。
一体なんなのだと訝しげなゾロに、ルフィはゾロも一緒だなんて楽しいなと笑みを浮かべた。ナミとビビも起こしてくるか? そう口にした瞬間、慌てたようにウソップとサンジに止められてしまう。みんな一緒の方が楽しいだろうとルフィは思ったが、新しくテーブルに置かれたつまみにすぐに夢中になってしまった。
「早速だが、お前って好きなやつとかいねェの?」
「はァ!?」
見るからに動揺しはじめたゾロに、サンジとウソップは腹を抱えて笑い出した。ゾロは、顔を赤くさせておろおろと焦っている。その姿に、分かりやすすぎんだろ! とまた笑いが生まれた。
それで、誰だよ。ナミさんか、ビビちゃんか。それとも他のレディ? 容赦なく追及を始めたサンジに、ゾロはぐっと押し黙った。何か言葉にすれば、墓穴を掘ってしまうと分かったのだろう。ルフィはその輪に加わることなく、隣に座るゾロをじっと見つめていた。
ゾロに好きなやつがいたなんて、今まで知らなかった。なんとなく面白くない。むっと唇を尖らせ、ゾロが他のやつを好きだなんて嫌だと、顔をしかめる。そんなルフィの様子に気づいたゾロは、なぜか罰の悪そうな顔をしていた。

「なんだよ、ゾロもドーテーじゃねェのかよ」
子供のように頬を膨らませてそう言ったルフィに、サンジとウソップはテーブルに顔を突っ伏してますます笑声を大きくした。腹を抱えながら、ドンドンとテーブルを叩いている。何がそんなに面白いのかとむっとしたとき、お前にもやっと焦りが生まれたのか! とサンジが目尻に浮かぶ涙を拭った。息ができねェと、ウソップは途中から苦しそうに噎せている。
お前らルフィに何を教えやがった。ゾロは苦虫を噛み潰したような顔をして、サンジとウソップを交互に見遣っている。
ゾロは、ルフィの言葉に否定も肯定もしなかった。それを勝手に肯定と取ったルフィは、ますます機嫌を悪くしていく。サンジが言う焦りだとか、そういうものでは決してない。ゾロのことはなんでも知っていると思っていた。だが、ルフィの知らないことを知っているゾロは、なぜか他人のように感じられた。
「なァサンジ、セックスってどうやんだ」
「お、おいルフィ…!」
「おいおいマリモちゃん、ルフィだってガキじゃねェんだ。それぐらいのこと知っとかなきゃなァ?」
やっと落ち着きを取り戻したのか、煙草に火を点けたサンジはにやりと口端を上げた。
どうやらこの船にはおれとマリモしかいないらしい、童貞のお前らにたっぷりご教授さしあげよう。心底楽しげに、サンジは紫煙をキッチンに霧散させる。するとそのとき、淡い光を放っていたカンテラが、ぱっと闇に紛れた。ウソップが慌てて立ち上がると、サンジにマッチを借りてカンテラに火を点ける。これではまるで、今から怪談でもするような雰囲気だ。
ゾロは、ルフィの隣でただ酒を呷っていた。いつも以上に早いペースで空き瓶は増えていくが、上機嫌なサンジは何も言わない。ルフィには、今すぐにでもゾロがここを立ち去りたいと思っているように見えた。だが、何かの狭間で揺らいでいるのか、一見落ちついているように見えるゾロも、動きが世話しない。
一体、ゾロの好きなやつとは誰なのか。ナミやビビのことは、ルフィだって大好きだ。だが、ゾロへ向かう感情とは何かが違うと、首を傾げる。
サンジから語られるセックスとは、男なら誰もが興味を促されるものであった。ルフィにだって、性欲がないわけではない。今までその捌け口が分からずにいただけだ。
とにかく、愛を持って優しくするのがコツだと、サンジは言った。細かい手順も教わったが、ルフィの頭の中にきちんと入ったのか、本人にさえ分からない。ウソップは頬を染めながら、真剣にその話を聞いているようだ。

「セックスってよ、男同士でもできんのか」
頭に浮かんだ疑問をルフィが口にした瞬間、サンジの顔がしかめられた。ウソップも落ち着きをなくし、ゾロは機嫌が悪そうに深々と眉を寄せている。
「ま、まァできねェことはねェが…お前まさか男が好きですだなんて言わねェよな?」
「うーん、男にも女にもちんこ勃ったことねェから分かんねェや」
なっはっは! と大口を開けて笑うルフィに、サンジは呆れたように白煙と共にため息を吐いた。お前はそういうやつだよな、しかしビビったぜ、ウソップは額の汗を拭う。
男同士の何がダメなのだと、二人の様子を見てルフィは疑問に思った。何につけても黙っていることのできないルフィは、そのままを言葉にする。別にダメとは言ってねェが、なァ? と二人は顔を見合わせて言い淀んでしまった。
好きになるのに、男も女も関係ないようにルフィには思える。だが、そんなこともないのだろうか。男は女を好きになり、女が好きになるのは男。それでも、やっぱり何か間違っているように感じた。
男と女がくっつくのは、自然の摂理だとサンジが言う。それが当然。なぜならば、セックスとは本来、生物が繁殖するために必要とされている行為なのだ。男同士では天地がひっくり返ろうとも、子供はできない。非生産的な行為でしかない。でもまァ、否定はしねェよとサンジは続けた。
ルフィは未だ納得がいかぬまま、腕を組んで体ごと捻り、うーんと唸っていた。ゾロは酒瓶を手にしてはいるが、飲む気配も見せず、どこか思い悩んだような顔をしている。ルフィがベンチに手をついてゾロの顔を覗き込むと、ゾロは肩を震わせてあからさまに身を引いた。
「おれ、ゾロにならちんこ勃つ気がすんだけどな」
「なっ…! てめ、何っ」
ゾロは慌てて立ち上がろうとしたが、足をテーブルにつっかけてしまい、ベンチから思いきりひっくり返った。サンジはまた腹を抱えて笑い出す。いつもならすぐに怒鳴り返すゾロは、そんな余裕さえなかったのか、慌てて起き上がるとキッチンを飛び出していってしまった。
あーあ、お前が変なこと言うからクソ剣士様ご立腹だぜ、完全に面白がっているサンジに、ルフィはそれで、男同士はどうやってやるんだと続きをせがんだ。
ルフィが覗き込んだゾロの顔は、決して怒っているものではなかった。それどころか、茹でダコのように顔を真っ赤に染めて、どこか歓喜しているようにも感じられた。やべェ、本当に勃ちそうだ。そんなことを考えていたら、サンジが顔をしかめてケツに入れんだよ、と心底嫌そうに呟いた。ルフィは礼を言い、ゾロを追いかけるためキッチンを飛び出す。取り残されたサンジとウソップは顔を引き攣らせたが、まさかなァと、何事もなかったかのように猥談を再開させた。

ルフィは甲板に出ると船を見渡し、ゾロの姿を探した。無数の星が瞬く空を見上げたとき、ゾロが見張り台へ上がる姿を捉え、にっと笑みを浮かべる。腕を伸ばして見張り台の縁を掴むと、そのまま宙へ飛んだ。勢いがつきすぎて思わず手を離してしまい、空へ飛んで行きそうになったルフィの腕を、ゾロは慌てて掴む。極限まで腕が伸び、その反動でルフィはゾロの元へ突っ込んでいった。
「ってェな、何してんだバカ」
「うはは、ありがとゾロ。助かった」
ルフィが飛んできた勢いで全身を見張り台に打ちつけたゾロは、腹に乗っかっているルフィに退くよう促した。だが、ルフィに退く気などさらさらなく、それどころかゾロの背中にぎゅっと腕を回す。硬く筋肉質な胸に顔を埋め、どこか胸の高鳴りを感じていた。一度ゾロの体温を感じてしまえば、なんだかずっとこうなることを望んでいたように思える。
ゾロは戸惑ったように身を固くしていた。その顔を覗き込めば、やっぱり茹でダコのようで、とても美味そうに見える。
ゾロは可愛いなァと、ゾロに顔を近づけると慌てたように顎を掴まれ、ルフィの顔は後ろへ追いやられてしまった。
「エロコックの話聞いて童貞捨ててェとか思ってるのかもしれねェが、他当たれルフィ」
てめェを相手にするなんざごめんだ、忌々しげにゾロは吐き捨てた。ルフィはそんなんじゃねェと、きつく眉を寄せる。
ゾロの表情と言葉が、なぜだかルフィの胸をきつく締めつけた。なんだって、ゾロとは通じ合えていたはずだ。特に戦闘中は、言葉がなくともゾロの言いたいことは手に取るように分かった。それなのに、ゾロの言葉は、ルフィが感じ取っていたものとはまるで違う。ゾロにはこの気持ちも伝わっていないのかと、少し切なく感じた。

「おめェよ、なんか言いてェこと他にあんだろ。おれに隠し事すんな」
「…なんもねェよ。いいから退けよ、ルフィ」
「嘘つけ! おれはなァ、ゾロとならやりてェと思っただけだし、 それはゾロが好きだからだ!」
サンジに言われたからとかそんなんじゃねェ! ゾロの胸倉を掴み一息に言い切ると、ゾロの顔はみるみる内に赤く染まった。それから、ぐしゃりと顔を歪めてすぐ、ゾロは逃げるように腕で顔を覆い隠してしまう。なぜ、ゾロがそんな悲しそうな表情をするのかルフィには思い至らず、ゾロの手首を掴んだ。無理矢理引き剥がそうとしたところで、ゾロも譲らないだろう。自ら腕を解かせるしかないと、ルフィはゾロの身体に覆いかぶさったまま考え込む。
ゾロがおれ以外のやつを好きなのも嫌だし、ゾロがドーテーじゃないって分かったときもなんかすっげェ嫌な気分になった。先程とは違い、ルフィが静かに真実を告げた瞬間、掴んだゾロの腕がぴくりと震えた。途端、ルフィの胸はきゅんと音を鳴らす。そうか、おれはゾロが好きなんだと、あのとき何も考えず勢いのまま告げた言葉が妙にしっくりときた。
「おれはゾロが好きだぞ。確かにキスもセックスも興味あるけどよ、おれの初めては全部ゾロがいい」
無反応なゾロに、おれは全部言ったぞと唇を尖らせた。だから、ゾロも本当のことを言え。有無を言わさぬ口調で告げれば、ゾロはゆっくりと腕を解いた。月明かりにゾロの顔が照らされた瞬間、ルフィは目の前の男に得も言えぬ愛おしさを感じた。理屈では分からなかった好きという言葉の意味が、やっと理解できたような気がする。
やっぱり、男も女も関係ない。ゾロだから、ルフィをこんな気持ちにさせられるのだ。
「おれがずっと好きなのは、おめェだけだ。ルフィ」
なぜだか苦しそうなゾロに、ルフィはぐいっと顔を近づけた。折角、互いに好き合っていると分かったのだから、普通はもっと嬉しそうな顔をするのではないか。どうしたらゾロが笑ってくれるのか、ルフィは掴んだままだったゾロの手首を地面に押しつけた。
「なァ、サンジが言ってたんだけどよ、本当に好きな相手とするキスはすっげェ甘いんだって」
だから、試してみねェか? にっと口端を上げると、ゾロは困ったように口をぱくぱくさせていた。何か言いたげなゾロに構うことなく、ルフィは勢い任せで唇を寄せる。そして、ゾロの唇に噛みついた瞬間、今までに感じたことのない痺れが全身を走っていった。
ゾロの唇の味はよく分からなかったが、確かに甘く、蕩けてしまいそうだ。それらをもっと味わっていたくて、ルフィは何度もゾロの唇を啄んだ。ゾロも、恐る恐るといった風だが、徐々にルフィに合わせてくる。突然、ゾロから口内に舌を差し入れられ、サンジがキスにも種類があると言っていたことを思い出す。ルフィはされるがままになっていることが悔しくもあった。しかし、ゾロとのキスはとにかく甘い。そして、気持ち良かった。もしゾロとセックスしたら、それ以上の快感を伴うのだ。
キスの合間にゾロの顔を盗み見ながら、ルフィの中で確かな欲が育っていく。しばらくして唇を離すと、本当に甘ェと、ゾロは照れたように笑った。


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