屋上から恋は始まらない



10000hitえりさまリクエスト ルゾロ←サン、学パロ



桃色の花びらで敷き詰められた地面は、まるでこの日を祝福しているように見えた。と言っても、単なる高校の入学式だ。めでたいも何もないが、可愛い女の子に出会えることが、サンジにとって唯一の楽しみだった。
入学式に興味はなく、さすがに生徒のいない校舎内でサボるのは目立つだろうと、中庭へ足を運ぶ。わざと桃色の絨毯 を踏みつけながら歩いていれば、いつの間にやら大きな桜の木の下に辿り着いた。
それから、幹に身体を預け眠っている男子生徒を見つけ、目を丸くする。風になびく緑色の髪に、桃色の花びらが舞う光景は、春だなあとサンジに単純なことを思わせた。
校章はサンジと同じ物で、こいつもサボりかと知らず笑みを零す。確かに、髪の色や崩した制服からは柄のよさそうな雰囲気は伝わってこない。だが、瞼の閉じられたその顔は、険がなく随分幼く見える。
サンジは興味本位でその男の前にしゃがみ込むと、まじまじとその顔を眺めてみた。おれほどじゃァねェが、整った顔はしてんじゃねェか? そんな偉そうなことを思案する。
そのとき、桜の花びらが男の睫毛の上に落ちた。透き通るような緑色の睫毛は、色素が薄いためか、その長さに一目では気づかなかった。
ふと、瞼を上げた男の睫毛から、ひらりと桜の花びらが落ちた。目の前の男と目が合った瞬間、信じられないが、サンジは恋に落ちてしまったのだ。すとんと、胸の内から全身を、その想いが駆け巡っていく。きっと想像以上に、その眸の色がきれいだったせいだ。


「おーい、ゾロ。飯行くぞ」
「あー…」
机に顔を突っ伏したまま、唸るばかりのゾロに痺れを切らし、サンジは思い切り椅子の足を蹴り上げる。それはゾロごとひっくり返り、さすがに目を覚ましたゾロは、怒りの形相ですぐさまサンジに殴りかかった。クラスメイトはそんな二人を気にかける様子もなく、それぞれ弁当を広げ始めている。
あまりにも日常茶飯事の光景だからか、今更止めようとする者も現れない。教師にも半ば諦められていた。
一通りゾロと殴りあったあと、一時休戦し、屋上へ向かう。なんの因果か、三年連続で同じクラスになり、なんだかんだで一緒に過ごすことが多くなっていた。
無論、告白なんてできるわけもなく、友達としてこの二年間を過ごしている。
ここで、一見人間には見えない毛むくじゃらの保険医に手当てをしてもらったあと、学年も、教師と生徒の壁も越えて、仲のいいメンバーで昼食を共にすることが三年生に進級してからの日課になっていた。
ゾロに告白をする気など全くない。だが、そんなサンジの決意を揺るがせる存在が、最近になって現れたのだった。
サンジとゾロが屋上へ足を踏み入れると、全ての元凶であるルフィが笑顔で駆け寄ってくる。
「遅ェぞ、お前ら。また喧嘩してたのか」
「うっせ」
ゾロの口許にできた真新しい青痣を指でつつきながら、ルフィは飯! とサンジを急かした。ゾロはやめろと文句を言いながら、密着してくるルフィを引き剥がしている。だが、その頬がほんのり上気していることに、サンジは目聡くも気づいてしまう。
眉間のしわが深まるのを感じ、ガンをつけられていると勘違いをして睨み返してくるゾロから、すぐに視線を逸らした。
チョッパーにばんそうこうを貼ってもらい、何十段もの重箱を広げていく。毎日全員分の昼食を作ってくることを申し出たのはサンジだった。美味い美味いとサンジの弁当をつつくルフィが、あまりにも嬉しそうだったということもある。それに、サンジの昼飯がいつもなくなってしまうことも問題だった。荷物にはなるが、毎朝レシピを考え、全員分の弁当を作ることが今では楽しみになっている。
入学してすぐ、どういった経緯でかは知らないが、ルフィはえらくゾロを気に入ったようだ。ことあるごとにゾロを構い、軽いボディータッチだけでは済まされず、ああして抱きついたりすることも少なくない。ゾロもまんざらではなさそうなのが、更にサンジのことを苛つかせていた。

一度ウソップにそこはかとなく、ルフィがゾロをどう思っているのか聞いてみたが、期待していた答えは得られなかった。
サンジを含め、ここにいる全員がルフィに気に入られていることは確かだ。だが、その中でも、ゾロは一等特別なように感じられる。
ウソップは首を傾げるだけだったが、サンジはルフィの想いの正体を確信していた。きっと、ルフィもサンジの気持ちに気がついている。互いに同じ想いを抱えているからこそ、ゾロのことを図らずもよく見ているのだ。
ゾロがルフィをどう思っているのかは分からない。サンジは、必死で目を逸らしていた。
平穏な二年をなんの危機感もなく過ごしていた己を、今更蹴り飛ばしてやりたくなった。
予鈴を合図に皆が屋上を後にし始めるが、サンジは話があるとルフィを引きとめた。最近、ゾロにくっつく頻度が増えてきたことに危機感を覚えていた。そろそろ、腹を割って話すべきなのかもしれない。
あと一ヶ月ほどで夏休みに入る。ルフィが動き出すのも、きっと時間の問題だった。覚悟を決めるべきだと、サンジは強く拳を握る。とんびに油揚げをさらわれるなど、考えたくもない。
今週に気象庁が梅雨入りを宣言したが、ここ数日雨が降る気配などまるでなく、夏のような晴天と暑さが続いていた。
引き止められたルフィは、麦わら帽子を深く被ると、口許に笑みを湛えた。その様子に顔をしかめ、知らずサンジの口からは悪態が出る。
「サンジさん、授業はちゃんと出てくださいね! 今日は私のソウルを皆さんにお聞かせする日ですから」
「わあったよ」
「遅れちゃダメよ、ルフィ」
「なははっ、出てもどうせ寝ちまうけどなァ。ロビンの授業むずかしいし」
あっけらかんとそんなことを言ってみせるルフィに、なんて勿体無いことをとサンジは怒鳴りつける。ロビンは一年生の授業の受け持ちになってしまい、サンジのクラスはブルックやフランキーを始め、むさくるしい野郎の授業しかない。
皆を見送ったあと、屋上の柵に腕をかけて煙草に火をつけた。ゾロが屋上を後にする間際、なんとも言えない表情をしていたことをむりやり頭の隅に追いやる。
ルフィは、上機嫌に鼻歌まで歌っていた。これから何を言われるのか分かっているだろうに、なぜこうも嬉しそうにしてみせるのか。サンジには到底理解できない。
いつだって、ルフィやゾロの考えていることは分からなかった。似た者同士の二人にしか通じ合わないことがあるたび、妙な焦燥に駆られている。
サンジが話を切り出すまで、ルフィは何も明言する気がないようだった。その分余裕を見せつけられているようで、癪に障る。

「お前、あいつに告るつもりあんのか」
わざとゾロの名前は出さなかった。それでも通じるだろうと、サンジは確信していたのだ。
ルフィは麦わら帽子を風になびかせながら、ねェと、迷いもなく笑ってみせる。思わぬ反応にサンジは目を丸くし、口許から煙草を落としてしまった。
コンクリートの上で上がる煙に視線を落とし、靴底で吸いさしを踏みつける。爪先で潰れた煙草を蹴り上げれば、なんの抵抗もなくそれは柵を抜けて落ちていった。教師にあの吸殻が見つかれば大問題になるだろうな、人事のようにそう思う。
「ゾロが自分から言うまで、おれは何も言わねェって決めたんだ」
「あァ?」
それはまるで、ゾロが自分のことを好きだと、そう信じて疑わない声音だった。
「でもよお、ゾロはアホだからなかなか気づかねェんだよなァ。おれもそろそろ限界だぞ」
「んなの、本人から言われたわけでもねェのに、分かるわけ…」
「サンジは分かってんじゃねェか」
おれがゾロを好きなの。そう言われてしまえば、何も言えなくなってしまう。
サンジは遠くに見えるグラウンドを眺めた。体育の授業があるためか、ちらほらと体操着を着た生徒が外へ現れる。今は、可愛い女の子の体操着姿にときめく余裕さえなかった。
ルフィは風に流されそうになった麦わら帽子を片手で押さえつけ、サンジはそれを横目に本鈴が鳴る音を聞いていた。
強い日差しが、風により中和されていく。雨でも降ってくれれば、感傷にでも浸ってやれるのに。サンジはただ笑みを零した。
「それにおれも、サンジがゾロのこと好きなの知ってるしな! にししっ」
「……ああ」
「うかうかしてっとよ、おれがゾロ取っちまうぞ」
「あー、ほんと、てめェには敵う気がしねェよ…」
ため息混じりに告げれば、どこからかギターの音色が聞こえてきた。かなり激しいその音によって、先程のブルックの言葉を思い出す。音楽室から屋上まで、これほど大音量で聞こえてくるとなると、絶対に苦情が入るだろう。やはり怒られたのだろうか、すぐに止まったブルックの演奏に苦笑を零す。
結局、授業には間に合わなかった。このままルフィとサボるしかないと、その場に座り、柵に背中を預ける。ルフィもサンジに倣い、隣に腰を下ろした。
いくら恋のライバルだからと言って、ルフィのことを嫌いになれるはずもない。どこの誰だか分からない野郎にゾロを取られるぐらいなら、ルフィにくれてやったほうがいいんじゃないかとさえ思う。
もう、とっくに気がついているのだ。サンジも、ゾロも、ルフィに敵うわけがないと。今まで目を逸らし続けてきたが、ルフィの態度を見ていたら、サンジは急に恥ずかしくなった。
「例えゾロがてめェを好きでも、おれは全力で足掻くぞ」
「しし、おれはそういうサンジのことも大好きだぞ!」
「おう、ありがとよ」
おれもお前が好きだぜ。サンジが歯を見せて笑うと、ルフィは嬉しそうに目を細めた。
ルフィに、惹かれないという方が無理な話だ。きっと、ルフィがいなければ、こうして仲良くなることもなかった相手ばかりだと思う。実際、この二年間教師や後輩と昼飯を共にするなんてことは一度もなかった。
皆、ルフィに惹かれた結果なのだ。勿論、サンジもその内の一人だった。
しかし、ゾロとだけはルフィを介さずとも出会い、共に過ごすようになっていた。それが何を意味しているのか、答えは出ない。
ブルックの演奏はピアノに変わったようだ。風の強い屋上にも、微かにその音が届く。グラウンドで授業をしているフランキーの声も聞こえてきた。残念ながらロビンの声は聞こえて来ないが、今はこの空間が心地いいとさえ思った。
一時間、ルフィと他愛もない話をしたり、ゾロのことを話したりして過ごした。今まで誰にも明かすことのなかった想いを、ルフィ相手になら簡単に告げることができる。





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