飴の生る木



(海賊 ルフィ誕)



展望室のベンチに座り、膝の上に乗せられたルフィの頭を軽く撫でた。黒い髪を指先で弄び、ゾロは大きく欠伸をする。静かに寝息を立てているルフィの顔を覗き込んでから、ふと窓の外に視線を向けた。すると、遠くできらきらと光を放つものを見つけ、ゾロはベンチに置かれたままの双眼鏡を手に取った。船かとも思ったが、それにしては光の数が多すぎる。それに、色とりどりの輝きは、今まで見てきたどの財宝ともまた違う。双眼鏡を覗き込み、光源の塊を凝視しようとも、その正体は掴めなかった。レンズ越しではどうしても限界がある。
ゾロは、ぐっすりと眠りこけるルフィへ視線をやり、弛緩しきったその肩を揺さぶると何か見えると声をかけた。離れがたいとでも言いたげに一度ゾロの腰に腕を回し、ぎゅっとしがみついたルフィは、欠伸をしながら素直に窓の外へ顔を向けた。そして、輝く光の山を見つけた瞬間、眠気など一瞬にして吹き飛んだのか、見るからに顔を輝かせる。ゾロは双眼鏡を渡してやり、ナミを起こした方がいいだろうと拡声器の元へ向かう。もう数時間も前に、この場所に錨を下ろして停泊しているのだ。そのときは一筋の光も見当たらなかった。
「みんな起きろー! すっげェぞー!」
背中に飛びつくや否や、耳元で声を張り上げたルフィに、ゾロはうるせェと顔をしかめ拡声器のスイッチを切った。
望遠鏡で覗いてみれば、所々に樹木の陰のようなものが見えた。どうやらその光の根源は一つの島のようだと、二人で結論づける。
不思議島だと嬉しそうな声を上げるルフィと共に、ゾロは足早に芝生甲板へ降り立った。同時に、女部屋からナミとロビンが顔を出した。続いて、まだ半分眠ったままの男共がやってきて、ゾロは光を放つ島のことを仲間たちに説明する。船首甲板からでも、その輝きはよく見えた。もしかしたらお宝の山かも! と目をベリーの形に変えたナミは、フランキーに面舵いっぱいと声を上げる。島には放っておいても一時間もあれば着くというナミの言葉に、ひとまず皆でキッチンへ向かうことにする。ダイニングへ足を踏み入れた途端、腹が減ったとルフィがサンジに夜食をねだった。
ナミが測量室から持ってきた地図をテーブルに広げ、各々の席についた仲間たちは一緒になってそれを覗き込んだ。今いる海域の地図らしいが、光が密集した島のことはどこにも描かれていない。新世界の地図は完璧ではないと聞くが、この辺りに限っては、近くに海軍基地のある島もある。さすがに描き落としということはありえないだろう。ナミはログポースを覗き込み、やっぱりどこもあの島のことは指していないわと顔をしかめた。
「もしかしたらすっげェ危険な島なんじゃねーか」
「ええっ!」
「きれいな姿でおびき寄せておいて、おれたちを取って食っちまう気かもしれねェぞ!」
「お、おれ、食われるのは嫌だぞ!」
ぶるりと身震いをしたウソップは、次々ともしかしたら起こるかもしれない最悪の事態を切々と語る。鼻の色と同じような顔色になったチョッパーは、怯えたようにルフィに抱きついた。
ダイニングには、美味そうな匂いが充満しはじめる。ゾロもだんだんと腹が減ってくるのを感じた。コンソメの香りに、ブルックはポトフですかねえと、椅子に座りながら楽しみだと振り子のように身体を揺らしている。

「まあ、行ってみりゃ分かるだろ! サンジ飯!」
「あとちょっとだから大人しく待ってろっ、てめェは!」
だらだらと涎を床に垂らしながらキッチンにまで顔を伸ばしたルフィを横目に、サンジは思いきり顔をしかめた。ゾロはそんなルフィの首を掴んで引き戻すと、まだ神妙な顔つきで地図を眺めているナミへ視線を送る。ウソップ得意の作り話に恐れをなしたのか、お宝お宝と騒いでいた面影は当に無くしていた。そんなナミの様子に気づいたフランキーが、気になることでもあんのか、とナミを促す。
「どこかで聞いたことがある気がしたのよね…七色に輝く島の話」
「私も、聞いたことがある気がするわ」
ナミとロビンは二人して首を傾げるが、それを一体どこで聞き、どういう内容のものなのかは思い出せないようだった。
そうこうしている内に、サンジが料理を運んできた。ブルックの予想通りそれはポトフで、大ぶりに切られた野菜たちが黄金色のスープの中で湯気を立たせている。
もうすぐ五月といえど、夜はまだ冷える。四季など全く関係のない場所ではあるが、ここ最近では珍しく暦通り春の陽気を湛えていた。
全員で両手を合わせるも、ルフィはいただきますと叫ぶと同時にポトフを水のように飲み干した。いつもの光景に、誰も気にすることなくスプーンを手にする。ゾロは、じゃがいもを丸々口に入れ、もぐもぐと頬袋をいっぱいにして口を動かした。
「これもうんめェー! けどよ、誕生日は肉山盛りな! あと酒も!」
「わあってるよ。でもお前酒飲めねェだろうが」
「それはゾロの分に決まってんだろ」
ポトフを鍋ごと要求しながらそう言ったルフィのせいで、ゾロはスープを飲み干そうとして失敗した。熱々のスープが器官に入り噎せていると、サンジに呆れたような視線を向けられる。すかさずサンジを睨みつけるが、ゾロの悪態は言葉にならなかった。すると、ルフィの腕が伸びてきて、大丈夫かと背中をさすられる。ゾロは口許を拭い、ブルックに手渡された水を一息に呷った。
「涙目のゾロもかわいいなー、ししっ」
今度は盛大に水を吹き出してしまい、ナミに汚いわねえと眉を寄せられる。
「てっめェは…! 変なこと言ってんじゃねェっ!」
「だって本当のことだろ。かわいいぞ、ゾロは」
悪びれる様子のないルフィに、ゾロはこれ以上言及することは諦めた。仲間にとって、これもいつも通りの光景だ。誰も気に止めることはしなかったが、ウソップだけはため息を吐き、やれやれと首を振っている。
ゾロは、まだ湯気を立てている熱々のポトフを慌てて掻き込むと、ごちそうさんと声を上げて世話しなく立ち上がった。島の様子を見てくる、そう理由づけてダイニングを後にする。
ポトフのせいか、喉から胃にかけて身体は熱を孕んだ。甲板に出れば、眩いほどの光の山が、もうすぐそこまでやってきていた。しかしまだ、その輝きの正体は掴めない。どうやら人工的な光ではないようだと、それだけはゾロにも分かった。
地図にない、光を放つ島。新世界においては、それすらもありえない存在ではないだろう。嫌な気配はしない。ウソップが杞憂しているようなことは、まず起こらないだろう。何の根拠もなく、直感でそう感じていた。
船首へ向かったゾロは、目を細めて眩い光源を見据えた。すると、こつこつと高いヒールが甲板を踏みつける音が背後から聞こえ、憮然と腕を組んだ。ゾロの元までやってきたナミは、大きな目の上に片手を翳し、同じように目の前の島を見つめた。

「あと十分もしたら錨を下ろすわよ」
きれいね、吸い込まれそう。返事をしないゾロを気に止めるでもなくそう続けたナミは、手を下ろすと船に張り巡らされている手すりに触れた。
サニー号は留まることを知らず、数百メートル先の光の島へ確実に進んでいく。島に着くのは、ナミの予想よりも随分早まりそうだ。
「あんた、ルフィへのプレゼントどうするの?」
「本題はそれか…」
「当たり前でしょ。愛する船長さんのお誕生日なのよー」
からかうようにゾロの顔を覗き込んだナミを睨みつけるが、怯むことなどせず、ナミは真面目な顔で二年ぶりなのよと告げた。その言葉にぐっと唇を引き結び、ゾロは前へ向き直り、眉間に力を込めた。
この辺りで栄えている島には、どうやら海軍が留置しているらしい。海軍本部が新世界に移ったことに伴い、どうやら海軍基地もそこら中に増えたようだ。二年前、ああも目立ったルフィを引き連れて島に降りることは、さすがに憚られる。海軍のいない島も近くにあるが、そこはどうやら無人島らしいとナミは眠たげに欠伸をした。
ルフィの誕生日まではあと一週間もない。私たちもどうするか迷ってるのよ、そう言ったナミは、この島で何か調達できればいいんだけどと、期待を込めているとは到底思えない声音で続けた。
光る島はもう、目の前に迫っている。誰か人が暮らしているようには感じられなかった。ルフィを喜ばしてやることもできず、酒をもらうことだけは避けたい。ゾロが大きく舌打ちをすると、ナミは物騒ねえと顔をしかめた。



光の根源とは、どうやら所狭しと生い茂った樹木のようだ。光が強すぎるため、見上げて凝視することも叶わずに、一味は島へ降り立った。どこから持ってきたのか、甲冑をかぶったウソップはゾロの背後に隠れ、黒カブトを両手に震えている。ゾロはうっとうしげにウソップを見遣り、構わず先へ進んだ。ロビンはつばの広い帽子を深々と被り、興味深げに木の幹に触れている。
夜だというのに、島の中はまるで昼のように明るかった。しかし、光を放っていること以外は、どこも他の島と変わりない。奇妙な虫も、見たことのない動物もいる。一体それのどこが普通なのだと突っ込まれかねないが、グランドラインにもこのようなことはありふれていた。
直径十キロにも満たない小さな島は、当てもなく歩いていたらすぐに終わりがきた。ウソップが危惧していたことは起こらず、ルフィももう、光る樹木に興味を失ったようだ。
「なーんか、拍子抜けだったな」
「ええ、でもこの樹木のことは気になるわね」
フランキーの髪型は、この島への期待のためか大きな木の形になっていた。フランキーはサングラスをつけたまま空を仰ぎ、光を凝視する。それでもやはり眩しいためか、すぐに目を逸らすと首を捻って木の幹に背中を預けた。
そのとき、ゾロの頭部にこつんと何かが当たった。痛みも何もなく、ゾロは足元に落ちた、赤く色づいた球体を拾い上げる。なんだこれ、首を捻ると仲間たちが取り囲むようにゾロの元へ集まってきた。目玉ほどの大きさのそれを親指と人差し指で挟み、裏返してみる。すると、木々の光を反射させて淀みのない球体はきらりと光った。宝石のように、見えなくもない。
「うまそうだなァ」
「あっ!」
チョッパーが慌てて声を上げるが、ルフィはお構いなしにゾロの指ごとその球体を口に含んだ。舌で指の先から球体を奪われ、きゅぽんという音を立ててルフィの唇が離れていく。
「は、吐き出せ! ルフィー!」
「甘くてうっめェ〜!」
涙目でルフィの肩を揺さぶるウソップとは対照的に、ルフィはあっけらかんと笑った。べえと舌を出し、舌の上に乗せた赤い球体を皆に見せる。その球体は一回り小さくなっており、きれいに丸みを帯びていたはずが、少し歪な形へと姿を変えていた。
いちご味だな、悪びれもせずそんなことを言うルフィの姿に、ロビンは目を細めながら樹木を見上げた。もしかして、飴玉なのかしら。そう言ったロビンに、仲間たちは飴ェ? と首を傾げる。唯一違う反応を見せたナミは、思い出したわと一人目を見張った。

「飴の生る木って、イーストブルーで有名な絵本じゃない! なんで忘れてたのかしら」
「ああ! そういえば、おれもガキの頃よく読んでたぜ」
サンジも煙草を吹かしながら、そういやァ読んだことある気がするなと呟いた。イーストブルーで幼少を過ごしたが、ルフィとゾロは知らねェなと共に首を捻る。
すると、私も思い出したわとロビンが絵本の内容を説明してくれた。ある一人の冒険家が七色に光り輝く島に足を踏み入れると、そこは飴の生る木が生い茂った摩訶不思議な場所だったという、イーストブルーでは有名な童話らしい。その飴は木々に実っている間だけ強く光を放ち、その実を落としたと同時にただの飴玉に変わるという。と言っても、今までに食べたどのキャンディよりも甘く美味い、のらしい。
「どうやら、ただのおとぎ話ではなかったようですね。私もその飴食べたーい!」
「うしっ、おれももっと食いてェぞ! ゴムゴムの〜」
叫びながら腕を背後に伸ばしたルフィは、バズーカ! と声を張り上げ、勢いのついた両腕を思いきり木の幹にぶつけた。樹木は大きく揺れ、ゾロが空を見上げたときにはもう遅く、大量の飴玉が空から降り注いできた。
仲間たちの悲鳴が聞こえたと同時に、大量の飴玉によって身体が埋もれてしまった。さすがに今度ばかりは痛かった。ゾロは球体を掻き分けて顔を出すと、同じように顔を出したルフィを怒鳴りつける。ルフィはただ笑顔を見せて、両手で飴玉を掬い上げるとそのままそれらを頬張った。がりがりと音を立てて噛み砕き。うんめー! と目を輝かせている。
ルフィが力任せに叩き付けた木はすっかり光を失い、その隙間からは夜空が見えた。
仲間たちはルフィの行動に文句を垂れながらも、がむしゃらに飴玉を頬張るルフィを見て、たまらず目の前の球体を口に入れた。うめー! と歓声を上げる皆に釣られ、ゾロも目の前の飴玉を一つ手にする。赤色のそれは、先程ルフィが食べたのと同じものだ。口の中に放り込み、舌の上で転がしてみる。確かにいちごの味がした。だが、記憶にある人工的な甘味とは違う。口内から芳醇な香りが鼻先まで通り抜け、確かにうめェなと知らず呟いていた。そんなゾロの反応を見て、嬉しそうに笑うルフィと視線を絡ませる。ゾロは呆れながらも、口端を上げた。
かなりの量の飴玉がルフィの胃に消えたが、それでもまだ大量に残るそれを全員が腕いっぱいに抱え、船を停めてある海岸へ向かって歩いていた。
「えっ、ちょ、ちょっと!」
「どうしたの? ナミさん」
「サニー号が! 島から離れてる!」
ナミが焦ったように指差した場所へ顔を向けると、きちんと島の脇に錨を下ろしたはずのサニー号が、数十メートル先でゆらゆらと海に浮かんでいるのが見えた。ぎゃああと騒ぐウソップやチョッパーの顔はすっかり青ざめている。
ルフィは抱えていた飴玉を無理矢理口の中に詰め込むと、すぐに腕を伸ばしサニー号の船縁を掴んだ。腕の中に仲間たちを挟みこむような姿に、まさかと、皆一様に顔を引きつらせる。
ルフィが地面を蹴り上げれば、物凄い勢いでゾロも空に浮かんだ。仲間も同時に叩き出され、サニー号へ向かって、とてつもないスピードで空を移動する。そのせいで両手いっぱいに抱えていたはずの飴玉は、飛沫を上げて海の底へと沈んでいった。
すぐに甲板に叩きつけられ、放心状態のナミやウソップ、チョッパーを尻目に侵入者がいないか、手分けして確認していく。だが、錨はしっかりと下ろされたままだった。
「もしかして、島自体が移動しているの…?」
ぽつりと呟いたナミの言葉にロビンは頷き、帽子を脱いで乱れた髪を掻き上げた。
「地図に載らない島…そういうことね」
ゾロはそのとき、遠くに見える光る島を見た。変わらず強い光を放ち、それは海に浮かんでいる。今この間も、少しずつ、移動しているのだろう。
へたり込んでいたナミは、はっとしたように顔を上げると、甲板に落ちたごく少量の飴玉を掻き集めた。せっかくこれでお金儲けしようと思ってたのに! 怒りの矛先は勿論のこと、ルフィに向けられた。





×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -