彼女の生まれた日



(海賊 ロビン誕)



長い間航海を共にしているが、ロビンは大概、本を読んでいるか、花壇をいじっているか、そのどちらかだ。そんな姿ばかり見ているため、ロビンといえば本か花。それぐらいのものしか思い浮かばなかった。ゾロは憮然として腕を組む。それに、ロビンは自分の好みを大声で主張するようなタイプでもない。ナミぐらい分かりやすければもう少し楽だろうにと、隣を歩くルフィへ促すような視線を向ける。
残金は二人合わせて1000ベリー。少し酒を飲みすぎたか。ゾロがそう思っていると、ルフィが肉すげェ我慢したのになァと不思議そうに首を傾げている。あれでも我慢していたのかと、飯屋での光景を思い出してゾロは呆れた。
そうこうしている間に花屋の前を通り過ぎたが、今夜にはログが書き換わる。ロビンの誕生日までもまだ数日あるため、それまでに花が枯れずに持つ可能性は限りなく低かった。切花なら尚のことだし、鉢植えもそれまで水をやるなりして、世話をしなければならないのだろう。無精者なゾロには少しばかり荷が重かった。ルフィに任せられるとは元より思っていない。
「あ、本屋見つけた! 行くぞ、ゾロ!」
ルフィに早くと腕を引かれ、古ぼけた店内へ足を踏み入れた。顔の半分を覆う、明らかにサイズの合っていない眼鏡をかけた老人が、椅子に腰をかけ、うとうとと船を漕いでいる。こじんまりとした控えめな店構えだが、中は天井までぎっしりと本が敷き詰められていた。掃除が行き届いていないせいか、少し埃っぽい。それでも、なんとなくロビンが好みそうな古書店だった。
ぐるりと店内を見回し、膨大な蔵書の数にゾロはただ立ち尽くす。ルフィも同じように、腰に手を当てて目の前の本棚を見上げていた。
「おい、ゾロ。ロビンっていつもどんな本読んでんだ」
「…さァな。おれたちにゃ一生無縁なもの、ってのは確かだな」
ゾロは適当に目の前の本を一冊、棚から引き抜いてみる。古い本なのか、それとも日焼けのためか、その本は茶色く変色していた。まるでシミのように広がるそれは、どうやらカビらしい。ぱらぱらと中身をめくってみるが、見たことのない文字の羅列に顔をしかめた。古書独特の匂いがゾロの鼻先をかすめていく。紙も、指先に纏わりつくような感触を残し、とてもめくりずらい。
文字が読めないことには、どんな内容の本なのかも分からなかった。ルフィに読ませれば、一瞬で睡魔に襲われることだろう。自分のことは棚に上げて、ゾロは音を立てて本を閉じた。それから、裏表紙に貼られた値札を確認した瞬間、驚きに目を見張る。なんだなんだと首を傾げるルフィと共に、0の数を一つずつ数えていった。1、10、100、と桁はどんどん増えていき、100万、と最後の0を指で辿りつつ数え終える。
「なんだと! 肉何個分だァ!?」
「刀だって買えるぞ、こりゃあ」
偶然にも、手にとったこの本の値段がおかしいだけだろう。ゾロがまた適当な本を引き抜こうとしたとき、うちには10万ベリー以上の本しかないよ、と店主の声が聞こえてきた。ゾロは大欠伸をしている老人に視線を向け、そんな高価な本を前に随分無用心だなと、どうでもいい感想を持つ。
すると、あのじいさんメガネザルに似てんなァ、ルフィは店主を指差してあっけらかんとそう言い放った。言い得て妙だと、ゾロは堪えきれず口端を上げる。それに顔を赤くした店主は、お前らに売る本はないと憤慨した。ピンク色のはたきをめちゃくちゃに振り回し、出て行けと二人して店を追い出されてしまう。
本もダメとなると、ゾロはいよいよ困ってしまった。何かいいプレゼントはないものか。考え込んでいると、突然腰に当てていた手にルフィの腕が伸ばされた。そのまま、指先を絡め取られる。

「…何やってんだ」
「にししっ、せっかくだし手ェ繋ごう」
「せっかくって、一体なんの話だ」
「だって久しぶりのデートだろ」
よくよく考えたら二年ぶりだと、ルフィはどこか浮かれたように指先に力を込めた。ゾロは周囲の人々から向けられる好奇の視線を一身に感じながらも、ルフィの手を振り払うことができない自分に向けて、苦虫を噛み潰したような顔をする。結局、文句を言いながらもルフィに逆らうことなど不可能なのだ。心底目の前の男に惚れているのだから仕方がない。元より考えることが苦手なゾロは、そう開き直る。呆れたようなポーズは崩さぬまま、好きにしろとルフィの手を握り返した。
「素直じゃねェなァ、ゾロは」
「っ、それより、てめェもちょっとはプレゼントのこと真面目に考えろ」
「ちゃんと考えてるぞ。ロビンの喜ぶ顔が見てェからな!」
ゾロは肩をすくめ、じゃァどうするとルフィに問いかける。うーんと唸ったルフィは、とりあえず歩こうとゾロの手を引いた。
結局何も考えちゃいねェじゃねェか。ゾロは諦めてルフィのあとに続く。当てもなく商店街を歩き出し、目についた店に適当に入っていく。だが、何も買わずに店をあとにすることを繰り返していた。心許ない懐と、元々プレゼントを選ぶのが苦手なことも相俟って、なかなかロビンへのプレゼントは決まらない。
その間も、二人の手元には訝しげな視線が向けられ続ける。中にはあからさまに顔をしかめる者もいた。ルフィがそれらを気にしている様子は全くない。赤の他人に見られるならまだしも、いつか仲間に出くわしてしまうのではないかと、ゾロは内心ひやひやしていた。
小さな島だから、商店の終わりはすぐにやってきた。その間も、ルフィとずっと手を繋いでいた。熱くもないのに、互いのてのひらは熱を持ち、じとりと汗ばんでいる。柄にもなく緊張しているのをゾロは感じていた。
そもそも二年前だって、デートだなんて名目のものをした覚えはない。こうしてルフィと手を繋いで歩いたことも初めてのことだった。なんだか騙されたような心地になり、隣を歩くルフィを恨みがましく睨みつける。
今更だ、そう思い、もう一度商店街に戻ろうとゾロはルフィの腕を引いた。だが、ルフィはその場から動こうとせず、ゾロは不審に思いなんなんだと振り返る。その瞬間、ルフィは強くゾロの手を引いた。中途半端な体勢だったため、踏ん張ることも出来ずにゾロはルフィの元へ倒れ込んでしまう。体型が全く違うにも関わらず、ルフィはなんなくゾロを受け止めると、はむ、と目の前の唇に噛み付いた。
「な、にしやがんだバカ!」
ちゅ、と音を立てて上唇を吸われたとき、ゾロは慌ててルフィを突き飛ばした。加減はしたが、力いっぱい肩を押し返したはずなのに、一歩後ろへよろめいただけのルフィに眉間のしわを深める。
口許を着流しの袖で擦りながら、怒りを露わにルフィを怒鳴りつけた。ついでに熱が集中した頬を腕で隠し、踵を返す。
「なんかすっげェ美味そうだったから!」
ルフィを置いて、ゾロは元来た道を歩き出した。理由になってねェと憤慨するゾロに、ルフィはむうっと唇を尖らせる。
「だってゾロ、人前でしたら怒るだろ」
「当たり前だ! てめェも少しは体裁ってもんを考えろ!」
振り返らずどんどん先へ進んでいくゾロに、商店街はこっちだぞ! とルフィは声を張り上げた。ぴたりと足を止め、やっと振り向いたゾロに向けて、ルフィは歯を見せて笑う。ゾロは一度フン、と鼻を鳴らし、ルフィの指し示した方向へ一人歩き出した。

「なんだあれ」
未だ腹の虫が収まらないゾロに気づいているのかいないのか、ルフィはこともなげに声を上げる。ルフィの示す先へゾロも視線を向けると、所狭しと建ち並ぶ商店の狭間に小さな露店が見えた。その先には古書店がある。先程、この道を通ったときには、露店の存在に気がつかなかった。
テーブルに薄汚れた白い布を敷いただけの店には、珍しい色をした花が一輪ずつ小瓶に入れられ、無造作に並べられている。どうやら、花屋の類のようだ。行ってみようと言うルフィに頷き、人波を掻き分けてその露店を目指した。
「いらっしゃい」
にやりと、半分ほど欠けた前歯を剥き出しにして笑った商人は、どう好意的に見ても人が良さそうには思えなかった。
垂れ下がった布にでかでかと書かれた値段を見とめ、ゾロは思わず顔をしかめる。花一輪に3000ベリーなぞ、どう考えてもぼったくりだろう。確かに、見たことのない色をした花ばかりだが、元々切花はロビンへの誕生日プレゼントには無理だということを、ルフィも納得していた。
「聞いて驚くなよ! なんと、この花はな、絶対に枯れることがねェのさ!」
大仰に身振り手振りを加えた商人に、ゾロは訝しげな視線を向けた。しかし、ルフィはというと、すっげェ〜! と声高に目を輝かせている。
特別な薬剤を使って育てた花なのだと、商人は小瓶を手に取りよく回る舌で説明を始めた。その薬剤は植物の生命力を高め、色も時間の経過によって様々なものに変わっていくという。海軍の科学者であるベガパンクが発明したのだと、商人は得意げに手の中の小瓶を掲げてみせた。日の光を反射させた小瓶を一瞥し、ゾロは目を眇める。
「なあゾロ、これにしよう!」
「お前な、どう考えたって怪しすぎんだろ…」
「だって不思議花だぞ! ロビンも絶対喜ぶだろ!」
一度こうなったルフィを止めることは不可能に近かった。
本当にベガパンクの作った薬剤ならば、こんな小さな露店で売られる花に使われるとは到底思えない。どう甘く見積もったところで、商人の言葉の信憑性は限りなく低い。
「そもそも、金が足りねェだろ」
「安心しろ兄ちゃん、今なら1000ベリーに負けてやる! さァ、どうだ!」
「よしっ、買った!」
ゾロは慌てて、ちょっと待て! と声を張り上げた。しかし、みるみる内に話はまとまってしまい、結局海と同じ色をした一輪の花に1000ベリーを払うことになった。
隣を歩くルフィは、大事そうに小瓶を抱え、ひどく上機嫌だ。ゾロは深々とため息を吐き、こうなったら商人の話が真実なことを祈るしかないと、一人眉を寄せる。ちゃんとロビンへのプレゼントになればいいが。それに、ルフィが悲しむ結果になることもゾロは避けたかった。
手持ちの金を使い果たし、他にすることもなかったため、二人で船に戻った。ロビンはまだ島から戻ってきていないようだ。ならば今のうちだと、ゾロとルフィはプレゼントの隠し場所を探し、船内を歩き回る。結局、男部屋にあるロッカーの中に小瓶は落ち着いた。頼りなく揺れる花をまじまじと眺めては、ゾロはもう一度深々とため息を吐いた。




そろそろロビンの誕生日を祝う宴が始まるという頃、プレゼントを取りに行ったルフィが戻ってこないことに気がついた。ゾロはがしがしと乱暴に頭を掻き、キッチンを後にする。他の仲間たちは、用意したプレゼントを早くロビンに渡したくて、うずうずしているようだ。
男部屋の扉を開けてすぐ、ロッカーの前にしゃがみ込んでいるルフィの姿を見とめた。すぐ傍まで歩みを進め、ゾロは麦わら帽子を被ったその頭に乱暴に手を置いた。そうして不躾に頭を撫でるようにしてやると、ルフィはそこでやっと顔を上げた。ぐっと眉間に力を込めているが、その顔はどこか困っているように見える。それから、手の中の小瓶をしげしげとゾロへ差し出した。
「枯れちまってる」
枯れねェって、あのおっさん言ってたのに。拗ねたように唇を尖らせたルフィは、立ち上がるとぎゅっとゾロを正面から抱きしめた。ロビン悲しむな、ゾロの肩に顔をうずくめて声をくぐもらせる。ゾロは宥めるよう、ルフィの背中を優しくさすった。こうなることを危惧していたのだ。新しいロビンへのプレゼントを用意するにも、もう時間がない。
花びらの縁はほとんど茶色く濁り、澄んだ海の色をしていた花は、今はもう見る影もなく小瓶の中で頭を垂れている。
やっぱりあのとき、ルフィを殴ってでも買うのを阻止するべきだったとゾロは後悔した。せっかくの祝いの席で、枯れた花をロビンに渡すなど、できるはずもない。ゾロの中にも、もし商人の言うことが本当ならば、不思議なものが好きなロビンは、大層喜ぶだろうという期待があったのも事実だ。それが、この結果だった。顔をしかめ、ロビンに素直に謝るしかないと、ルフィと男部屋をあとにする。
「ロビン、ごめんな」
「本当にすまねェ」
仲間たちが一通りロビンにプレゼントを渡したあと、ルフィとゾロはロビンに事情を話し、頭を下げた。元気のないルフィの姿に勘づいていたのだろう、ロビンは納得がいったように笑みを零す。そうして、よければその花をもらえないかしらと、二人を交互に見遣った。
ルフィは驚いたように目を丸くして、一度ゾロに視線を向ける。ゾロもただ、片眉を上げることしかできなかった。後ろ手に隠していた小瓶をルフィが差し出せば、ロビンはそれを見とめ、きれいな色ね、そう言ってにこりと微笑んだ。
「気ィ使うな」
「あら、気なんて使ってないわ」
 本当に嬉しいのよ、お世辞にも美しいとは言えない一輪の花に、ロビンは慈しむよう視線を落とした。
「花は枯れるからいいのよ、ゾロ」
「…でもやっぱり、咲いてこその花だろ」
「ふふ、勿論それも素敵ね」
ロビンがテーブルの上に小瓶を置いたとき、変色した花びらが一枚散った。サンジの料理はいつも以上に手が込んでおり、ずいぶんと華やかなテーブルの上に、その花はどう見ても不釣合いだ。ゾロは苦々しい思いでそれを見つめ、ロビンの言葉の続きを大人しく待つ。ルフィは、ロビンの言ってることムズかしすぎて分かんねェと、困ったように首を傾げている。すると、ロビンは心から楽しそうに笑みを零した。その姿は本当に喜んでいるように見え、どうやら気を使ってそう言っているわけではないようだと、ゾロも安堵する。
ロビンはどこか労わるような手つきで花に触れた。慎重にそこから種を取り出していく様を、ルフィもゾロも、眺めていることしかできない。小さな粒をてのひらに乗せて、ロビンはもう一度二人へ向けて微笑んだ。
「花壇に植えましょう。きっときれいな花が咲くわ」
素敵なプレゼントをどうもありがとう、そう続けたロビンに、ルフィはぱあっと顔を輝かせた。おれも手伝うからな! 笑顔を見せたルフィと共に、ゾロも頷く。
ロビンは、私は種を植えてから、花が育つ過程が一番好きなのよ、と少し照れたように言った。珍しいロビンの表情に、ゾロは呆気に取られる。
そうして、謝るばかりで、まだ大切なことを言っていなかったと、ルフィと顔を見合わせて二人でロビンに向き直った。


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