アイラヴユーの訳し方



(海賊 ゾロ誕)



 カジノが有名な島だった。煌びやかなネオンが輝く街並みは、どこか非現実的で、仲間の誰もがわくわくと胸を高鳴らせている。中でも、とりわけ目を輝かせているのはナミだった。お金儲けの匂いがするわ、そう言ってゾロに視線を定めたナミから、どうやら嫌な気配をしかと感じ取ったのらしい。サンジの横で不躾に腕を組んでいたゾロは、分かりやすく顔をしかめた。頭を使うゲームはことごとくダメな男だが、勝負運が強いことは確かだ。それにこの仏頂面、用心棒にだってなる。ギャンブルにはもってこいの男だろう。ナミがゾロを連れて行くだろうことは必至だった。ルフィも勝負運こそ強いが、騙されやすい上、余計なトラブルを招く心配がある。
 やはり予感は的中し、カジノにはロビンやサンジを含めた四人で向かうこととなった。ナミはすでに稼ぐ気満々で、ルフィたちには羽振りよく小遣いを渡し、船はドッグに預けた。ギャンブルが盛んというからには、金持ちや海賊連中も多く立ち寄るのだろう。島人も割り切って商売をしているようだった。


「やっぱりゾロを連れてきて正解だったわ!」
 透き通ったアクのないシャンパンを傾けながら、ナミは上機嫌に言い放った。その隣でロビンは楽しげな笑みを浮かべ、本当に強運よね、と思い出すよう頬に手を当てている。初めから庶民の通うカジノなんかに興味はないと、街一番の高級カジノへ足を運び、さんざっぱら稼ぎ尽くしたあとだった。適度に稼いでは店を移るの繰り返しで、面倒ごとにも巻き込まれずに済んだ。さすが、ナミやロビンは引き際も心得ている。
 ここでも街一番と評判の高級レストランへ赴き、申し訳程度に流れるジャズの生演奏と、客の喧騒にサンジは耳を傾けていた。さすがに豪華絢爛なレストランなだけあって、ここへ訪れる客は、普段から金を持っていそうな落ち着いた雰囲気の者が多かった。しっとりと談笑する声に紛れ、このテーブルだけは海賊らしく、今日の成果について盛り上がっている。
「イカサマや頭を使うゲームならまだしも、運となるとロビンやサンジくんでもどうにもならないもんね」
「やっぱり、頭空っぽってのがいいんじゃない」
「あはは、そうかも!」
 今まで大人しく酒を飲んでいたゾロが、サンジの言葉を合図に眉を寄せた。高級カジノへ入るにはドレスコードが必須であり、嫌がるゾロを着せ替え人形にするナミとロビンは、少女のようにはしゃいでいて可愛かった。その光景を思い起こし、サンジはたまらず鼻の下を伸ばす。レストランに入るなり、窮屈だとネクタイを緩め、胸元近くまでシャツのボタンを開けていたゾロだが、そんな姿でもギリギリ下品にならずに済んでいるのは、かっちりと着込んだベストのおかげだろう。二人の見立てはさすがだった。
 当のゾロは、ナミがサンジの言葉に同意したためか、反撃することなく不機嫌に唇を結んでいた。終始居心地が悪そうではあるが、それでも静かに座っているのは単純に酒が美味いからだろう。さすが、高級レストランなだけあって、料理の味も及第点だ。まァおれの料理の方が百倍うめェけどな。そんなサンジの思考を見透かしたように、隣のゾロが鼻で笑う気配があった。横目でゾロを睨みつけたが、ここで喧嘩をおっぱじめては、ナミやロビンにも迷惑がかかってしまう。こうして静かに食事ができることなぞ、そうそうない。
 コース料理も終盤、デザートがウェイターによって運ばれてきたところで、店内の照明が突然1トーン落ちた。敵襲などの気配に一番敏感であるゾロが飄々としているのを確認し、サンジたちは談笑を続ける。ゾロは会話に混ざるつもりもないようで、ガバガバと酒を流し込んでいた。
不安に駆られ始めた周囲の客が、何事かとざわめき出した頃、巨大なケーキが厨房から運ばれてくるのが目についた。数十本もの蝋燭の灯が、暗くなった店内で黄金色に揺らめいている。ジャズを奏でていた音楽家たちが、それを合図に一度演奏を止め、指揮者が再び腕を広げた。すると、ここでは場違いに感じるほど、聴き馴染みのある曲をまずはピアノが奏で始める。次第に他の楽器も混ざり始め、パレードか何かかと思うほど、豪勢な曲へと移り変わっていく。
「誰かの誕生日みたいね」
 ロビンがそう呟いたとき、店内の明かりが完全に消え、ちょうど中央のテーブルに照明が当てられた。気障ったらしい男の向かいには、極上のレディが座っている。どうやらこの演出は、レディの誕生日をサプライズで祝うものらしい。そこでやっと周りの客も状況を把握し、うっとりとした様子で二人に注目している。レディは感涙し、いつしか店内は祝福のムードに包まれていた。しかし、そんなことには目もくれず、ゾロは酒を呷り続ける。そんな男の横顔を盗み見ていたサンジだったが、拍手がまばらになったのを機に店内に明かりが戻った。サンジも慌ててゾロから視線を逸らす。すてきね、ナミは呟いた言葉とは裏腹に、退屈そうにして少し形を崩したアイスをスプーンで掬った。
「お二人の誕生日には、おれがもっと素敵なプレゼントを用意するよ」
「でもやっぱり、恋人だからいいんじゃない。ああいうのは」
「ひどいなあ〜、ナミさん!」
 黒いドレスに合わせてアップしたオレンジ髪の隙間から、耳元のイヤリングがきらりと光る。レディをああして感涙させる男でさえ、目の前の賢い女性たちは落とせないだろう。軽い優越感と、何やらもやもやとした感情を抱えて、サンジはまたゾロへ視線を送った。客の殆どが先程の光景に未だ熱中している間も、ゾロは次々と酒を空にしていった。気がつけば、味わいながら飲んでいたサンジのワインも、ゾロによって飲み干されてしまっている。非難を込めてテーブルの下で軽く脛を小突いたが、当の本人は気にした様子もなく、通りかかったウェイターへ新たな酒を要求していた。ナミは一連のゾロの行動に顔をしかめながらも、酒を報酬にゾロを連れ出したため、咎めることができないでいるようだ。
「この船で一番誕生日が近いのは船医さんだったかしら」
「そうそう、一応この島でプレゼント用意しておいた方がいいかもね」
 これ以上大きな島に辿り着けるとは思えないもの。続いたナミの言葉に全員が同意した。どうやら話自体は聞いていたらしく、ゾロも考えるような仕草を見せる。チョッパーには興味を示す男に呆れ返ったが、サンジもすぐに思考を仲間の誕生祝いに移行させた。うんと甘くて、綿あめも乗せたスペシャルケーキを作ってやろう。ケーキのレシピを一瞬のうちで作り上げ、満足して頷くとシャンパンのボトルを手にする。空になったレディ二人のグラスへ注ぎながら、はたと、ゾロの誕生日を知らないことに思い至った。野郎の誕生日だなんてどうでもいいと進んで聞くことはなかったが、ルフィもウソップも誕生日が近づくと自ら騒ぎ出したため、そのたび豪勢な料理やケーキを振る舞ってやっていた。しかし、ゾロが自ずと誕生日を告げるだなんて、気の利いたことをするはずがない。先程感じたもやもやの正体は、どうやらこれだ。盲点だった。ワックスで固めてあるのをすっかり忘れ、サンジは髪を掻き上げようとして思わず手を滑らせる。
「あっ、すっかり忘れてたけどゾロの誕生日っていつなの?」
「そういえば知らなかったわね」
 思い至ってからも、なかなか聞く勇気が持てず、ちらちらとゾロへ視線を送り、意味もなく手元のナプキンを小さく折り畳んでいれば、二人が助け船を出してくれた。弾けるようにしてサンジが顔を上げると、ナミがいたずらにウインクをする。稼いでくれたサービスよ、声には出さずそう告げられて、サンジは感謝の気持ちとバレバレだったことへの羞恥から、苦笑を零す。
「あー……分かんねェ」
「はァ!?」
 忘れた、あっけらかんと言ってみせたゾロに、サンジは素っ頓狂な声を上げる。ナミも呆れたように眉を寄せた。あのルフィでさえ自分の誕生日は覚えているのに、忘れるなんてあるか。がっくりとうなだれていると、ゾロが余っていたシャンパンをボトルごと呷り、甘ェな、と顔をしかめていた。行儀が悪いと叱るのも億劫で、そろそろ出ましょうかというナミの言葉に賛同する。ウェイターが持ってきた伝票は数十枚にも渡り、一通り目を通したナミは、テーブルの下でゾロの脛を蹴り上げていた。優に10センチはあるピンヒールが食い込む様を見て、他人事ながら身震いする。だがまァ自業自得だろうと、サンジもジャケットを羽織った。
「今日は奮発していいホテルに泊まらせてあげようと思ってたけど、あんたたちはいつも通り安宿ね!」
「ええー! ナミさんっ、おれも!?」
「当たり前でしょ!」
 店を出ると、ナミはべえと舌を出した。いたずらな少女のような姿にサンジは胸を高鳴らせ、結局は素直にその要求を受け入れた。ナミは口ではそう言いつつ、いつもより多く小遣いを渡してくれる。
夜も更け、煌びやかなネオン街はますます彩りを濃くしていた。ナミたちはこのままレストランの隣にそびえ立つ高級ホテルへ泊まることにしたようだ。あわよくば二人と同じ部屋に、そう思っていたサンジであったが、隣にはゾロがいる。それに、小遣いを全額はたいても泊まれそうにはないホテルだった。そうこう考えている間にナミたちはホテルの扉を潜り、結局はゾロと二人で立ち尽くす羽目になった。さすがに刀を差したままでカジノやレストランに入れるわけもなく、まずは船を預けたドッグへと戻ることにした。
おれはこのまま船で寝る。船に着くや否や、そう言って着慣れないスーツを脱ごうとしたゾロを、サンジはむりやり引き止めた。大欠伸をかますゾロを引きずりながら、二人でふたたび夜の街へ繰り出す。カジノの他に深夜まで営業している遊園地もあるようで、ルフィたちはおそらく、そこで遊んでいるのだろう。
「金はあるし、朝まで退屈しねェ島ときた。こりゃ遊ばなきゃ損だろ」
「一人で遊べばいいだろうが」
「ったく、野暮な野郎だな」
 互いの想いが通じ合って初めての上陸なのだ。一人で遊べばいいだなんて、あんまりだろう。サンジは不機嫌に鼻を鳴らすと、レストランでは我慢していた煙草を胸ポケットから取り出した。いつもよりワンランク上の宿を取っても、一晩遊ぶには充分な金が、今や手元にある。
「……お前、遊園地って興味あるか?」
「ねェ」
「だよなァ」
 サンジはしばらく考え込んだあと、原色のネオンの光に目を細めた。それから伸びた灰を足元へ落とし、じゃァ飲み直すか? そう言ってゾロの顔を覗き込んだ。するとゾロは、見るからに顔を綻ばせてみせた。ゾロは酒に関するとき、分かりやすくいい顔する。なかなか見せてくれない笑顔を酒で簡単に引き出せることへ多少口惜しく感じながらも、この顔見たさに自ら甘やかしてしまうのだからどうしようもない。誰にともなく言い訳をして、サンジは光の海の中をゾロと並んで進み始めた。
 カジノやレストランにいたときもそうだったが、周囲の人間の視線が二人へ集中するのを一身に感じ取る。ナミやロビンに向けられる男共の下種な視線には辟易したが、今は野郎二人だ。麗しいレディからの熱い視線に悪い気などするはずもなく、たまに混ざる野郎からの悪趣味な視線にも、おれの恋人はいい男だろうと、サンジはどこか鼻が高くなる思いだった。少し前まで、ゾロに向けられる視線全てが鬱陶しかったはずなのに、我ながら調子がいいものだ。
この界隈では比較的良心的な値段のバーへ入るなり、ゾロは上機嫌に次々と酒を飲み干していった。対してサンジは、ちびちびとカクテルを飲みながら、レストランでのゾロの発言を思い出していた。
「なァ、本当に覚えてねェの。誕生日」
 今度ばかりは、レディの力を借りるわけにもいかない。代わりに酒の力を借りて、あれからずっと気になっていたことをゾロへ問いかけた。すると、いとも簡単に頷いたゾロに対して、呆れから深々とため息を吐く。誰かに祝ってもらったことぐらいあんだろ、そう言おうとして、サンジは寸でのところで口をつぐんだ。ゾロが今までどんなふうに生きてきたのかは知らないが、そこまで詮索するのはさすがに憚られる。ゾロのことはなんでも知っていたいと思う反面、自分のことを全部知ってもらいたいかと言えば、そうではない。我ながら自分勝手な考えだと、サンジは吸いさしの煙草を灰皿の縁に立てかけた。
「別に誕生日なんざ知らなくても問題ねェだろ」
「……大アリだ、バカ」
「言っとくが、レストランで注目されながらケーキのろうそく吹き消すなんて真似、おれァ死んでもごめんだぞ」
「こんなときばっか核心ついてくんじゃねェよっ、このクソマリモ!」
 いつもは鈍いくせに! 大声で喚くと、サンジはテーブルに顔を突っ伏した。どれだけモーションをかけようが、全く気づいてもらえなかった空回りの日々を思い起こす。それと同時、苛立ちも募ってくるというものだ。何も、あんな気障な真似をゾロ相手にできるとは思っていない。だが、やっとのことで恋人同士になれたのだ。誕生日ぐらい、思いきり甘やかして祝ってやりたいと思うのが、男心ってものだろう。と言っても、ゾロはこの手の男心にはめっぽう疎い相手だった。
「それに、恋人らしいことしてェじゃん」
「んなの、てめェの誕生日にすればいいだろうが」
 伸びた煙草の灰を落として、吸いさしをふたたび口許へ運ぶ最中、耳を疑うようなゾロの発言に、サンジはぴたりと動きを止めた。緩慢に顔を上げれば、まるで失言だったと言わんばかりに、ゾロは苦虫を噛み潰したような顔をしている。ゾロに誕生日を祝ってもらえるだなんて、これ以上嬉しいことはない。しかしサンジは、それ以上に愛しい恋人が生まれた日を祝ってやりたいのだ。目の前の男にそんな思いの丈をぶつけたところで、どうせこの気持ちは理解されないだろう。
「にやにやしてんな……気色悪ィ」
「えー?」
ゾロはますます顔をしかめたが、照れたようにそっぽを向かれては、説得力も何もあったものじゃない。サンジはにやにやと口許を綻ばせて、こういう素直じゃないところも好きなのだと、新たに胸を高鳴らせた。普段、生まれてきてくれてありがとうだなんて、とても言えたものじゃない。だが、心の底からそう思っているのだ。それを自然と伝えられる日が、一年に一度くらいあったところで罰は当たらないだろう。
「なァ、ゾロ」
「なんだ」
「まだ飲み足りねェ?」
 今すっげェちゅーしたいんだけど。体裁もなく正直に告げれば、ゾロは驚いたように目を見開いたあと、腹を抱えて笑い出した。島に上陸してからずっと、期待していなかったと言えば嘘になる。それでも、この状況では怒鳴られて即刻却下されると思っていたため、サンジはそんなゾロの反応に泡を食った。
 酒代が思いのほか嵩んだが、少しばかりいい宿に泊まるのは造作もない。バーを出てすぐ、酔いに任せて隣へ並んだゾロの手を取った。握り返されこそしなかったが、振り払われることもない。それが、サンジの気持ちをますます高ぶらせていく。今はただ、理性を保つことに必死で、人混みのなか野郎二人で手を繋いでいようとも、周囲の視線など気にならなかった。
 宿に入ってすぐ、ゾロを壁に押しつけた。優しくしてやりたいと思う反面、これからする行為のことを思えば、とてもじゃないが余裕など持ち合わせていられない。引き締まったゾロの腰へ腕を回して、サンジは隙間なく身体を密着させる。かちりと視線が絡み合った瞬間、唇の感触を感じる暇もなく、サンジは荒々しくゾロの呼吸を奪った。まだアルコールの余韻が残るゾロの舌を吸い上げ、ねっとりと口内を味わい尽くす。ベッドへ移動してゾロに覆い被さる頃には、さすがに多少平静さを取り戻していた。さっきは楽しむ余裕もなかった柔らかいゾロの唇へ吸いつくだけのキスを二、三度落とし、ベストのバックルへ手を回した。
「なんか、脱がせるのがもったいねェな」
「アホか」
 せっかく似合ってんのに、そう言ってゾロの首筋へ舌を這わせる。ほとんど解けかけているネクタイを引き抜いて、白いワイシャツから覗く鎖骨の窪みへ吸いつけば、ゾロの身体がぴくりと跳ね上がった。更にその下へ顔を移動させるが、やはりベストが邪魔でそれ以上進むことができない。結局はそれを取っ払うと、シャツのボタンを一つずつ外していく。そのたび、露わになるゾロの肌を丹念に撫で、吸いつき、舌で味わう。シャツのボタンを全て外し終えたあと、ゾロの頬を手のひらで覆い、唇を啄ばんだ。
「優しく、するから」
 自制の意味も込めてそう告げれば、挑発的に口端を上げたゾロは、サンジの下唇へ吸いつくと、その表面を舌で辿った。誘い出されるがまま、サンジが舌を差し出せば、先端を何度か唇で吸われ、裏筋を焦らすように舐られる。サンジの舌を丹念にしゃぶるゾロは、どこか健気で、それでいて獰猛だった。早く寄越せと、鋭い視線で訴えかけてくる。やっぱり優しくできそうもないと、サンジは心中で謝罪した。

「なあなあ、今日がお前の誕生日ってことにしたらどうだ!」
「まだ気にしてやがったのか……」
 二人で一枚の毛布に包まりながら、サンジは一人頬杖をつき、眠たげなゾロの顔を覗き込んだ。今にも眠ってしまいそうにしながらも、律儀に目を眇め、見上げてくるゾロがひどく愛おしい。サンジはゾロの短い髪を指先で弄びながら、ランプのすぐ脇にかけられている日めくりカレンダーへ視線を向けた。島に降り立ったのが、11月10日だったはずだ。日付はとっくに変わっているから、今日は11月11日。ゾロ目でちょうどいいと、謎の理論を展開すれば、ゾロはひたすら呆れ返っている様子だった。
「んなの、決めてどうすんだよ」
「甘やかしてェんだよ。一日中、思いっきり」
「分っかんねェな……」
 げんなりとした様子で顔をしかめたゾロへ、お前は分かんなくていいよと笑う。おれが甘やかしてやりてェだけだから。サンジがそう続ければ、ゾロはフンと鼻を鳴らし、寝返りを打ってしまった。背中を向けられたのは残念だったが、頭まですっぽり毛布を被るその姿は、照れ隠しにしか思えない。サンジはだらしなく口許を緩ませながら、ベッドから上体を起こした。
「それで、早速甘やかしてェんだけど、何かご所望で?」
 毛布の上からゾロの耳元へ唇を寄せ、内緒話をするように囁いてみる。少し身じろいだゾロは、しばらく無言を通していたが、酒、と諦めたように呟いた。それから、これ以上何も言うなと拒絶するようにして、身体を丸めてしまった。恋人らしい応酬も色気もあったものじゃないが、ゾロらしいとサンジの胸はときめく。今日は、ゾロの要望を全て聞いてやろう。考えれば考えるほど、愉快な気持ちになってくる。船へ戻ったらケーキでも焼いてやろうか。なんと言われようと、今日はゾロの誕生日なのだ。
 かしこまりました。大業な声を上げ、サンジはゾロから離れると上体を起こした。淡いランプの明かりだけを頼りに部屋の中を見回し、そこに小さな冷蔵庫を見つける。さすがにビールぐらいは入っているだろう。今になってやっと、宿の設備や間取りを確認していることに、思わず苦笑を零した。ベッドの脇に脱ぎ捨ててあった服を適当にかき集め、ひとまず下着を身につける。酒を取りに行くため、ベッドから降りようとしたそのとき、ふいに手首を掴まれた。ゾロは全身すっぽりと毛布を被ったままだが、その腕だけがサンジへ向けて伸ばされている。引き止めるようなその仕草に、サンジは懲りもせず胸をときめかせた。どうした? 首を傾げ、とびっきり甘い声音が出たことに自分でも驚いた。離れていこうとしたゾロの手を引き止めて指を絡ませる。もぞもぞと布の中で身じろぎ、毛布から顔を出したゾロは、やっぱりいいと、あさっての方向へ視線を向けたまま、ぶっきらぼうに言い放った。
「……酒はいいから、てめェも一緒に寝ろ」
 じわりと、ゾロのてのひらに汗が滲むのを感じ取る。サンジは下唇を噛み締め、歓喜のあまり肩を震わせた。我慢できず、そのままベッドへダイブすると、ぎゅうぎゅうと毛布の上からゾロのことを抱きしめる。結局、甘やかされているのはおれの方だと、情けなくも思う。だが、それを上回る愛おしさから、顔を真っ赤に染めたゾロの頬へ何度も唇を落とした。ああもう可愛くて仕方がねェ! そんな言葉から始まり、思いつく限りの愛の言葉をまくし立てていれば、しまいにはうるせェ! という怒鳴り声と共にげんこつが降ってきた。ここでゾロの機嫌を損ねてしまうのは得策ではない。サンジは大人しく毛布へ潜り込むと、やはり背を向けてしまったゾロを背後から抱きしめた。皮膚を通して体温が混ざり合い、次第にサンジにも睡魔が襲う。瞼が重くなり、抗うことのできない波に攫われる直前で、おめでとう、と小さく呟いた。それに対してゾロは、呆れたようにため息を零すだけだった。


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