お砂糖ひとつで大人の味

「ナマエさん、パン用のお皿の在庫って」

「倉庫入って右側、お手拭きとかある場所です」

「ありがとうございます」


学生のアルバイトって、所詮小遣い稼ぎに過ぎない。
もちろん、中には働いている意味がある人もいるけど、私は前者。
だからバイトのある日は憂鬱だった。でも今は違う。


「ありましたよナマエさん。ピカピカですね」


新入りのトランクスさんが来てから、私の生活が変わった。



「素手でよく運べましたね!?」

「男ですから」



爽やかな好青年。
頭が良くて、要領がいい。
仕事をすぐに吸収し、更に更に顔、スタイル、性格良しのパーフェクト人間。

今じゃホールのアイドル的存在で、トランクスさん目当てでやってくる女性客は少なくはない。
と言うより、つい先日、トランクスさん目的のテレビ取材もあったから、連日大行列のできる喫茶店に早変わり。

足を運んでくれるのは嬉しいけど、トランクスさんが休みの日は、文句を言って帰る人もいる。

本人は複雑みたい。



「ご注文お受け賜ります」

「……あなたじゃなくて、トランクスさんを呼んでくれませんか?」

「彼は今、他のお客様の対応を……」

「……ホットコーヒー2つ。大至急持ってきて」





これはまだいい方だった。

前に酷い客がいて、耐えきれなくなった女の子が、辞めたこともある。
受験生だから丁度よかったの、と彼女は笑っていたけれど。



トランクスさんと一緒に居ると、楽しい。
でも、接客をするときはひとりになる。
トランクスさんが平和だった喫茶店の風紀を乱しているんだ。って、お客様とニコニコ楽しそうに笑っていると、八つ当たりする私も居る。




ただのバイト仲間。
私が年下だけど、先輩。
さん付けと敬語に、壁を感じていた。


「それでお砂糖、7個目ですよね?」


運良くトランクスさんと休憩が重なった。
私は真似するように、苦手なコーヒーを持って席に着く。
同じものは自然と会話が弾む、と言うらしいが、少し逆効果だったらしい。
次々と角砂糖を沈める私に、トランクスさんは驚いていた。



「けどオレも、1個入れてます。まだまだ子供ですね」


話を合わせて、微笑むトランクスさん。
その笑顔で私は、好きになってしまったんだ。

甘いホットコーヒーよりも、心も、体も温まる。


好きになればなるほど、お客様が憎くて嫉妬してしまうけど、この時間だけは、誰も知らないトランクスさんを一人占めできる。


「何か良いことありましたか?」


にやつく私を不思議に思ったのだろう。
しかし次の会話のテーマに繋げるにはベストのタイミングだ。
トランクスさんもどこか楽しそうで、より嬉しくなる。


「トランクスさんは、なぜアルバイトを?」

「社会見学、というところでしょうか。勉強と両立できる時期ですから」


大学生活は、高校生活と違って自由に使える時間があると聞いた。
年齢的にもすぐに新社会人生活がやってくるだろう。
つまり、トランクスさんはここに長くは居ない。
所詮、社会見学に過ぎないのか。




「いい加減にしなさいよババア!!」


お冷やとして出したそれを、顔で受け止めた。

お客様は神様……はっ、バカバカしい。


それでも謝らなくちゃいけないのが店側だとしても、「トランクスさんじゃないから」って理由でこの有り様だ。

営業スマイルはとうの昔に消えている。
ゴミカスを見るような目で見下してやった。


「どうされましたか!?」


慌ててトランクスさんがやって来ると、お客様はキラキラした目で黄色い声を出す。



「お姉さん、手が滑っちゃったみたいなんですぅ」

「大変失礼いたしました! お客様にお怪我はございませんか?」




私はその場からそっと離れるが、その前に無理やり頭を下げさせられ、私はトランクスさんの手を払うとロッカールームへ向かった。





「少しは落ち着いた?」

「謝りませんから」



淹れたてのコーヒーは、ゆらゆらと暢気に湯気を立てている。


角砂糖は1個。
底から染み込めば、徐々に全体を覆い尽くす。けれどその前に沈み、コーヒーに甘みを加えるのだ。


「店長に話してるけど、オレは今日で辞めるんです」

「……え」



突然すぎる告白に、頭の中が真っ白になる。

トランクスさんが居なくなるのは悲しさ半分、ホッとするのが半分。
でもやっぱり、イヤだ。




「まだまだ未熟でした」

「…………」

「けど、学べたこともあります。ナマエさん、」

「イヤ、辞めないで! 謝るから! 私頑張るから! 好きなのに……」




悲しみの勢いで出てしまった言葉は、もちろんトランクスさんは驚いているし、誰より私が一番驚いていた。


トランクスさんが辞めてしまう理由はわからない。
今の店の状況に、何を想っているかもわからない。

だから告白をしちゃいけないって、頭の中ではわかっていたんだ。

だけど想いが、先走った。


「ごめん」







「でも、ありがとう」








私の大好きな笑顔で、フられた。









「トランクスくんはね、これ以上店に迷惑を掛けたくないと言っていた。自分の甘さがいけないと、反省していたよ」

「トランクスさんは悪くないのに」

「そして、ナマエの笑顔を奪ってしまったのは自分。だから返したい。と。キミの淹れるコーヒーが好きだった。そう言って彼は出て行ったさ」








フったくせに、変な人。
結局何を考えているのかわからないまま終わってしまった。


冷め切ったコーヒーに口をつける。


お砂糖ひとつ入ったコーヒーは、まだまだほろ苦い大人の味だった。


だけどこの味、嫌いじゃない。




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