※夢小説ですが夢のないお話です
「ありがとうございましたー」
店を去る客に頭を下げて、先ほどまで使っていたテーブルの上を素早く片付ける。
「いっしゃいませ。3名様ご来店です」
そしてまた、新たな客を案内するのだ。
「ナマエちゃん、休憩入っていいよ」
「ありがとうございます。お先にいただきます!」
お店の裏へ移動し、途中自販機でココアを購入後休憩スペースに向かった。
それなりに人気で忙しいが、スタッフの少ない喫茶店。
同時に休憩を入ることはほぼなく、ローテーションで回している。
つまりこの休憩スペースは、今だけ私のスペースと言うことだ。
「はぁ……」
ホットココアを頬に当て、もう一度ため息を吐いた。
ここのバイトは徐々に慣れてきている。
けれどこの世界の生活は、未だに受け入れがたい。
簡単に説明すると、私は三次元と呼ばれる世界で生きていたが、交通事故で意識が飛び、目を覚ませばこの様だ。
ここは西の都。
車とかが空を飛んでいたりと信じがたい近未来の世界。
つまりそう、ここは二次元であって、ドラゴンボールという物語の世界なのだ。
有名な作品だし、私もファンだからすごく感動した。
トリップという好都合の出来事に巻き込まれて、メインキャラクターと仲良くなり愛される。
もしかしたら期待できる展開! と浮かれてはいたが、物語と言ってもこの世界では時が進んでいるのだ。
怪我をすれば血も流れるし痛みも感じる。
カサブタとなり剥がれれば痕となって体に残る。
あり得ないが、生きているんだと嫌でも思った。
しかし問題はそこではない。
私はまだメインキャラクターたちに会っていないのだ!
モブキャラは見飽きた。
そもそも一文無しの野宿生活に限界がきている。
展開的には、だれかに拾われる……というのを心待ちしているのだが。
これが当然の結果なのか、はたまた運がないだけなのか。
「行かなきゃ」
中途半端の冷めたココアを飲み干して、バンダナを締め直し気合いを込めた。
「お待たせいたしました、ホットコーヒーになります」
店奥の窓際、2人掛けのテーブル席に1名様のご利用。
持ってきたコーヒー、砂糖、ミルク、ドリンクに付くお菓子の順に彼の前へ運ぶ。
そしてついに、運命の時がきた。
「…………」
「なにか?」
「いえ、ごゆっくり!」
急いで、落ち着いてその場から離れた。
あの髪の毛の色、声、見慣れない眼鏡姿はつまり……トランクスが、カプセルコーポレーションの若社長になっている時代ということだろうか。
エイジ何年だ?
それより悟空、悟空は居るのか?
いよいよトリップしたことに実感が湧いてきて、ドキドキが止まらなかった。
ファーストコンタクトが大事。
何を話そうか、どうやって近づこうか。
色々な考えがぐるぐる回り、ついに出た答えがこれだ。
「信じられないと思うけど、私、この世界の人間じゃないの。でもあなたのことは知ってる。カプセルコーポレーションの若社長、トランクスさんですよね」
帰り際での会話だ。
これでもう大丈夫。
ベタな展開へと進むだろうと、勝手に胸をなで下ろす自分がいた。
でも返ってきたのは望んでいたものとは違って、彼は自分の人差し指を唇に当てると、声を潜めてこう言う。
「一応お忍びで来てるから。それと、悪いけどキミに構ってあげられないんだ」
「トランクスさんは孫悟天さんという幼なじみがいて、いつも一緒ですよね。それからお母様のブルマさんは、むかし孫悟空さんたちとドラゴンボールを探す度をしていて、お父様のベジータさんは」
「いい加減にしろ!」
レジカウンターに拳を振り下ろすトランクスは、作中では見たことのないぐらいに怒っていた。
私は恐怖と予想できない展開に混乱するばかり。
「人のプライベートを勝手に調べて何がしたい! つりはいらないし、二度とその顔を見せないでくれ」
ホットコーヒーは、コイン数枚の値段。
けれどトランクスは、この世界にとって一番高い、つまり私の世界で言う万札を置いて出て行ってしまった。
そうだ。いくらトリップをした人間でも、彼らにとっては無関係の存在なんだ。
物語の軸を崩す、邪魔な存在……。
「……わかってた……最初から、わかってた」
わけのわからない登場人物を避けるのは当然の反応。
世の中そんなに、甘くない。
前世で私が何をしたって言うの。
望まれない世界に存在するのは、つらい。こわい。さびしい。
早く悪い夢から、解放してください。
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