幸せの一枚絵

ふとした瞬間に、こんな言葉で私の頭をいっぱいにする。


“あなたにとって、幸せはなんですか”



襲ってきた睡魔を吹き飛ばし、寝不足になるほど考え込んだ。

お風呂の中、シャボン玉が割れるまで、夢中になって考えた。

後ろの人がつまっているのに、トイレを独占するほど時間を忘れた。




私にとっての幸せ。

それはなんだろう。



目が覚めて、仰向けのまま手を伸ばしてみた。

指先まで神経が通っていて、自由に動く。
私はイマを生きている。
生きていることは、幸せ。

ちょっと、違うかも。

そうかもしれないけど、少し違う。

合わないジグソーパズルを無理やり押し込んで、スッキリしないけど、自分を納得させている感じがする。

生きていることは幸せ。でも、世界で私ひとりだけが生きていたら、幸せじゃない。

わがまま。それとも、欲張り。

だけどあれだ、苦手な人と一緒だったら、幸せになれないかもしれない。
だから多分、わがまま。





「おはようございます。朝早くから精が出ていますね」


早朝トレーニング後のベジータさんとすれ違う。
この扉の向こうは重力室。
こちら側でも、重たい重力が何となく伝わってくる。
今は電源が落とされているためただの部屋ではあるが、この向こうはまさに地獄だ。

気持ち良く汗を掻くなんて話しじゃない。
立つことすらできないし、呼吸をするのだってままならない。
私にとっての重力室は、幸せではないのだ。



「久々に稽古でもつけてやろうか」

「ご冗談を。そりゃキレイに痩せたいとは思いますが、ムキムキにはなりたくありません」



お年頃だもん。脂肪でぶくぶく太っているのはいや。
だからって、筋肉でムキムキになるのもいや。

健康的なら、それで幸せ。
目標は大事だけど、欲張っちゃだめ。



「あら、今日は早いのね」

「雨が降りますよ」

「自分で言っちゃだめじゃない」


口元を隠し、クスクス笑う何気ない仕草が可愛らしい。
普段は美人さんだけど、ブラちゃんが生まれたことにも繋がるのかな。
より一層、母親というのを感じるようになった。


「ブラちゃん、寝顔も可愛いですね。こうやってブルマさんが抱いているのを見ると、トランクスが赤ん坊だったのが昨日のように思えます」


ブルマさんの胸の中で眠る、ブラちゃんのふにふにほっぺをつついても気持ちよさそうに眠ったまま。
自然と笑みがこぼれる。これは幸せの証拠。


「トランクスの時との大きな違いは、この頃から父親が面倒見てくれることかな」

今でも戦闘馬鹿だけど。


嫌みな言葉かもしれない。
でもそう感じ取れないぐらい、優しい声だった。

愛する女性に似た、愛娘。

そりゃあ、あのベジータさんでもデレデレパパになるか。
母親は息子に、父親は娘に。
そういうものなのかな。





「随分と早起きですねナマエさん。おはようございます」

「うん、おはよう」


こんなにも早くからお仕事らしく、眼鏡を掛け、コーヒーカップに口を付けるトランクスと挨拶を交わす。

そこで私は、何かを感じた。ホッとして、嬉しくて、キュンとして、気恥ずかしくて。


私にとっての幸せは。


いつもと変わらずに、トランクスと交わす挨拶。

お互いが今日も生きていると、確認する時間。


トランクスの声が耳に届くと、くすぐったい気持ちになる。



これが私の幸せだ。

そして……



「大好き」




パリンと響く音。

散乱するトランクス専用コーヒーカップの破片と、半分ほどのホットコーヒー。

凝視するトランクスに、えへへと笑って見せる。

すると今度は、私との距離を瞬時に縮めると、おでこ同士をくっつけて熱を計りだした。

熱はあるか。寝ぼけているのか。

私の性格上、突拍子もないセリフだったかもしれない。

トランクスが驚くのも当然の反応。

けれどひとつ、おかしな点があるのだ。



私たちは前に一度、キスをしたことがある。
その場のムードに流された感はあったけれど、恋人でもないのにキスをした。

しかしその後は、お互いに触れることのない出来事となったが。


その時の感想が、心地よかったのを覚えている。
だから私、嫌じゃないんだな。
むしろ、嬉しいんだなって。


歳の差とか、身分の差とか。
周りの目だけを気にしていて、既に出ていた答えを、無理矢理遠退いていたんだ。




「オレもずっと、ナマエさんのことが好きで。でもナマエさんはオレのこと……キスをしたこと、ずっと後悔していました」

「トランクスはさ、私と居ると幸せ?」

「全てを疑ってしまうほど、幸せです」





ピタリとハマったジクソーパズル。最後のピースはトランクスが持っていて、どうりで完成しないわけだ。


これでできた一枚絵。

大好きなトランクスがここに居る。一緒に笑い合う。それが私の、私たちの、幸せ?









「まぁそんな感じだからさ、二度寝してくる。お仕事頑張ってね」

「ええ?! やっと両思いだと確信したんですよ! それなのに」

「やっぱり早起きは向いてないなー」




大好き、だなんて。改めてみるととんでもない言葉を口走ってしまったかも。

冷静だからこそ言えたわけだが、どちらかと言えば、今すぐに言いたかったのかもしれない。




「ナマエさん!」

「早起きは三文の得って言うでしょ」

「だったら毎日早起きしてください」

「私に早起きは向いてないのがよくわかったよ。立ったまま寝れる」

「えっ……」






夢の世界へ行くのは宣言通り早かった。
そこにもトランクスは居て、私は駆け足でトランクスに抱きつく。
優しく頭を撫でる手が好き。

優しく名前を囁いてくれる声が好き。



夢の中ではトランクスに思いっきり甘えられて、トランクスは私に甘やかしてくれる。



目が覚めた時、最初に目にした人がトランクスだったら、私はまた好きと伝えよう。


頬を撫でる感触をリアルに感じながら、私はトランクスと幸せな時間を楽しんだ。







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