痛いの痛いの飛んでいけ

場所はカプセルコーポレーション。事件はこの部屋ではなく、重力室で起きた。

「えっ、えっと……」

「ナマエ〜―…」

「うん、だれかこの状況をバカな私でも理解出来るように教えてくれ」


目に涙を溜めた悟空さんが私を見るなり、抱きついてはわんわんと泣き出した。この身長差だから何とも言えないが、同じ重力室から出てきたベジータさんに問い掛ける。

「その……カカロットは頭を強打して…」

「痛いよぉ!死んじゃうよお!!」

「まさか…必ずと言ってもいいぐらいに使われるあのネタが、悟空さんに……」


ベジータさんは何も言わず、俯いた。おいおい、ヤバいんじゃないの?

「オラ、“記憶喪失”っちゅうのになっちまったから、ナマエに迷惑掛けちまったか?」

「そんな事、ないよ」

「オラの事嫌いになってねえか!?」

「嫌いにならないよ」

検査の結果、予想していた通り悟空さんは“記憶喪失”になってしまった。けどちょっと違うパターンで、基本的な記憶はちゃんとあるんだけど、性格がころっと変わっちゃって。例えば、ベジータさんはプライドの高い王子だけど、逆にプライドの塊もないただのヘタレになるというね。ちょっ!例え話なのに気弾を撃つなバカ!
要するに悟空さんは、泣き虫弱虫の意気地無しになったんです!!

「カカロット、オレと勝負しろ!そうすれば記憶の1つでも蘇るだろう」

「嫌だ!オラ、ベジータと闘ったら死んじまう」

私の後ろに隠れて、闘う事を全力で拒否する悟空さん。これはかなりの重症です。

「ならばもう一度頭を打て!それで全て解決する!!」

「痛い思いするならオラこのままでいい!!」


服をぎゅっと握る悟空さんの手は震えていて、涙目で、声も、裏返った。
そんなライバルと認めた悟空さんを情けなく思ったのか、「好きにしろ」と明らか元気のないまま行ってしまい、対する悟空さんはベジータさんからの威圧に解放されたからか、パッと明るくなった。

「ナマエ、メシ食いに行こうぜ!オラもう腹ぺこぺこだぁ」

「そこは相変わらず悟空さんなんですね」

“ぐぅ〜”と悟空さんの腹の虫が盛大に響くと、彼は照れながら頭を掻いた。けどそれが悟空さんらしくて安心する。




ファミレスに入ると、テーブルには見る見るうちに食器が重ねられていく。
唖然と前を見つめる私は、フォークに刺したパンケーキのシロップが垂れるまで微動だにしなかった。

「食欲は、相変わらずですね」

再確認したサイヤ人の底知れぬ胃袋。
こんなにも長いレシートは初めてで、もちろん私のお財布はやせ細った。
食った食ったと満足げな悟空さんとは裏腹に、私はただ肩を落とすだけ。
だってこの人、無職だもんね。
お金を稼いだのは天下一武道会ぐらいしかないもんね。




「元気ねえなナマエ」

「ははっ、お金ってやっぱ、パーッと使うのが一番気持ちいですよね…うん、スカッとした」

「ふぅん。まぁナマエがいいなら構わねえけど」

「銀行寄っていいですか?」

「あぁ、いいぞ」



引き出したお金を手に取り、何度目かのため息を吐いた。
何故こうなってしまったのだろう。
悟空さんとファミレスに来たから?
そもそもおかしくなったのが悪い?
ならばベジータさんが原因だ。
よし、ベジータさんに請求しよう。
あの人も無職だけど、一応王子だし。


「へへっ、動くんじゃねえ!!」


バタバタと銃を構えた男が3人、私たちが今居る銀行に押し寄せてきた。
人を脅し金を請求し奪い取る。すなわち銀行強盗だ。
このサタンシティは治安が悪いわよねほんと。

なんていつもなら、こんな状況でもお気楽に対応できる。けれど今日は大きなお荷物、悟空さんが居るんですよね。


「ややややややべえぞナマエ!あいつら銃を持ってやがる!!」

私の肩をギュッと握り締め(かなり痛い)ブルブルと震えている悟空さん。
こらこら、動くなと言われたじゃないですか。


「ん?なんだ兄ちゃん、随分と怯えてねえか?」


ほら見ろ。目を付けられた。
強盗さんが悟空さんに銃の口を向けると、ひぃ!なんて肩を跳ね上げる。
あんた地球を救ったヒーローでしょ?
たかが銃ひとつに怯えるなんて……ベジータさんが見たら間違いなく怒り爆発ですよ。
地球吹っ飛びます。


「おーおー、彼女の後ろに隠れるなんざ、とんだ腰抜け野郎だな」


品のない笑い声が私の癇に障る。


彼女?
私が悟空さんの?

それってなに、私が老けとると言いたいのかね、ん?


「アニキ、察が来ちまいやしたぜ!!」

「慌てんな!こっちにはたんまり人質がいんだよ。利用できそうな奴もいるしな」


これでも一応、武道家の血が流れてるし、何より悟空さんの安全が先決。
これまで何度も宇宙の平和を守ってきたのに、その人を見捨てる事なんて許されない。



「…ナマエ?」

「悟空さん、おとなしく待っていて下さい」


悟空さんの手を肩から退かし、私は強盗達の隙を見計らう。

1人は袋に金を積ませ、もう1人は店内の人々を脅す。そしてもう1人は外を監視……。



ポケットの中に入れていたレシートを丸め、それを私は投げた。
狙い通り、3人の気はそちらにとられる。
動くのは今だけだ!!

「行くなナマエ!!」

「へ?うわぁっ!!」

「動くな!!」

ズリ、ドン、バン。


銀行に、その3つの効果音が次々と響き渡った。

まず始めに、動き出した私のバッグを引っ張り倒れ込む。
これが最初のズリ。
続いて、私が倒れ、その上に覆い被さる悟空さん。地面に叩きつけられた音がドン。
その動作に慌てた強盗の1人が、こちらに目掛けて発砲した。バン。



「…っあ……あ…」

「当たっちまいやがった…」





いくら武道家の血が流れていても所詮人間。
たった一発でも当たればはいさようなら。

けれど、ただ重いと思えるという事は私は生きている事になる。

しかし、もろ弾に当たった悟空さんは生きているだろうか?


と言うか、頭が痛い。
転けた拍子に打ったのか、瘤ができていやがる。


「よっこいせ」

「なっ、う、動くな!!」

「はいはい降参です」


悟空さんから脱出し、銃を向けられたので両手を上げて降参のポーズをした。

ちらりと映った視界の端には、グレートサイヤマン1号2号がイチャイチャ(ポーズ)していたので、殺気が湧くが多目に見て欲しい。


「サイヤマンだ!グレートサイヤマンが来たぞ!!」


だれかがそう叫ぶと、微かに場の空気が和んだような気がした。それほどあのカップルは、人々に信頼されているらしい。

「あれっ、ナマエさんに、お父さんじゃないですか?!」

「来るの遅すぎ。さっさと助けてくださいな」

「お任せください」


キラリとサングラスを光らせて、あっという間に強盗さんたちに手錠を掛けたのだ。
天晴れグレートサイヤマン。
いつ見てもそのポーズにイラッとします。




「悟空さん、悟空さん!!」

「んっ……あれ、ナマエか?」

「長い間、気を失ってましたが気分はどうですか?」

「んー、腹減っちまった。あと体が怠けてる気がすんだ。飯食ったら修行だな」

「そうですね………修行、するんですか?」

「当たり前ぇだろ?」




あの後、悟飯くんと一緒にパオズ山に帰宅し、悟空さんが目を覚ますと普段通りにケロッとしてた。
修行、怖くないんですか?と問えば、楽しいぞ?とこれまた当然のような声で返ってきて……。
そうか、そうなのか。
悟空さん、元に戻ったか。








「ベジータさーん!悟空さん、元に戻りましたよー!!」


嬉しくて、都会の方に向かい叫べば気持ちよくこだました。
いやー、めでたしめでたし。


「ところで、ナマエさんはなぜ強盗犯を捕まえようとしなかったんです?」

「なぜって、そりゃ、私がか弱い女の子だからだよ」

「いいですかナマエさん!第一は人質の安全確保!動けるのはナマエさんしかいなかったのですよ!」

「いやいやいや、私だって人質、女の子、か弱い、理解できます?」

「その力は何のためにあるのですか!?困った人たちを助けるためでしょ!それが正義の味方です」

「意味わかんないって!ほら、悟空さんも何か言ってやってくださいよ。女の子を戦わせるんじゃないって」

「っし、ナマエも修行すっか」

「…………へ?」

「レッツゴー」



もちろん反抗する私は木に這い蹲り抵抗するが、修行相手が見つかり上機嫌となった悟空さんは、お構いなしに木ごと私を無理やり引っ張った。
端から見たら、一本の木が動く不気味な現象だ。


「嫌だよー、修行したくないー!!」




何が元に戻ってめでたしめでたしだ。



にこやかな笑顔と裏腹に、汗水垂らして組み手を頑張った私を誉めてほしいです。


カムバック、泣き虫弱虫の悟空さん。

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