その逆です

一通り板書をして、生徒達がノートに写し終えるのを待つ。
シャーペンを置く。顔を伏せる。視線を変える。それは終わった事を意味し、再度黒板に注目させ内容の説明に入るのがオレの授業の流れだ。



教師(古文)を始めて早7年。
色んな生徒を見てきたが、たまに居るんだよな、調子に乗るガキが。

丁度クラスのど真ん中に、規則正しい寝息を堂々と立てている女子生徒が居る。
毎度毎度、オレの授業はそんなにつまんねえのか?
自分で言うのはアレだが、生徒や保護者からの信頼は厚い男だぜ。
そんな素敵な先生の授業は張り切っちゃお、ぐらい思わねえのかな。
流石に全て寝られると、呆れるというか、へこむというか。



「爺さん等は姫をだな……」右手で摘むチョークをコンコンと当て、生徒達を注目させる。左手で持つ短いチョークは、目に留まらぬ速さで投げた。
誰にって、そりゃもちろんアイツ以外に居ねえだろ。

体罰だの何だろ知ったこっちゃねえ。
オレの正確なショットに問題があるんだ!


「はっ!あめんぼは……赤いの?あかさたな」

「よー、やっと起きたか」

「……バーダック先生、おはようございます」

「今は5限目の授業終了10分前だ」

「ならこんにちは」

「放課後オレの研究室に来い」



はーいとあくび混じりな返事をすると、顔面を強打した後再び夢の世界へと旅立った。
取り出したばかりの長いチョークは犠牲となり、綺麗に真っ二つ。

その後の解説はほぼ八つ当たり状態となり、怯える生徒達を見て教師失格だなと痛感した。





「お前、家ではどんぐらい寝てんだ?」

「時と場合で、気分次第です。でも半日寝ないと気が済まないんですよね」

「お前の人生、半分が睡眠になるぞ」

「寝ることが生き甲斐なんですよ!だから幸せなんです」



若者の言う台詞には思えなかった。
この年頃って、勉強(教師として頑張ってほしい)とか、友達と買い物、デートやアルバイトに……むしろ寝る時間が勿体無いと感じるものなんじゃねえのか?

なのにコイツは寝ることが生き甲斐って、ちょっと心配になる。

だが今回は言わなきゃいけないことがあり、わざわざ研究室に呼び出したんだ。

正面に座らせ、少しだけ威圧感を出す。
和ませると、今にも寝そうだしな。


「成績ってのは、テストの点が全てじゃねえんだ」

「………」


これでも、テスト結果は学年トップのナマエ。
しっかり勉強をしているのをオレは知っている。
だが成績というのは、授業態度でも左右されるんだ。
テストの点数がいいから授業を寝てもいい、とは言えない。

今更な気もするが、それをわからせるのがオレの役目だ。


「あー、ちょっと違うんですよね、逆なんですよ」

「逆?」


目を合わせずに、俯いたままもじもじするナマエ。
顔を上げず、そのまま話を続けた。


「授業、寝ちゃうじゃないですか。態度が悪いから、テストで挽回してるんです」

頑張って授業を受ける気ではいるんですけどね……。



今にも消えてしまいそうな小さい声だったが、オレとナマエしか居ない静かな研究室ではしっかりと聞き取れた。

未だに俯いたままで、オレの返事を待つかのように口を閉じるナマエ。


確かに言いたいことはよくわかったが、それを許していいのかがわからなくなった。

居眠りは、騒がれて授業を妨害されるよりかは断絶マシであり、授業に置いて行かれるのは自業自得になる。


つまり言える事は……。




「オレがまだまだ未熟って事だな」



天を仰ぎため息を吐いた。
ちゃんとした理由なんざわからねえ。
だが同時に、また目標が出来たのは良い事だ。

生徒を寝かせない授業を作るのも、教師の仕事って事だな。


「最後にひとつ聞かせろ。オレを拒絶して寝てるのか?」



その質問を聞くと、勢い良く顔を上げたくせにポカンとした表情のナマエについ「なんだよ…」と零してしまう。



するとナマエはまた「その逆です」と言うと、笑ってみせた。


逆が何かは教えてくれなかったが、いつか教えてくれるらしく触れずに流しナマエを解放してやる。


「バーダック先生の声、心地良くて安心するんです」



遠くで手を振るナマエが何か言っていたが、それはいつかの日に聞けばいいか。




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