全て愛して欲しいとは言わない

遠征中に頭をやられた。
一瞬死にかけたけど、脳に異常はないみたい。

でも私は恐怖を感じたんだ。

だってまだ、大好きなバーダックに好きと言ってないもん。


* * * * *

変化があったのは、頭をやられた後のこと。

今までのナマエは、陰からこそこそ覗いているやつだった。
オレが振り向けば慌てて顔を隠す。本人は完璧だと思っているらしいがバレバレ。
その時はただ、めんどくさいやつに絡まれたとしか考えていなく、でもほっとけば諦めると思ってた。だってナマエは引っ込み思案で、会話すらしたことなかったから。

だけどオレの考えは、甘かったみたいだ。


「私ナマエ、よろしく」

検査を受けた後、真っ先にナマエはオレの所へ駆け寄ってきた。
どこで情報が漏れたのか、そこがシャワー室でもお構いなしにやってきて、勝手に手を取られぶんぶんと上下に揺らされる。
初めてナマエの声を聞いた日だった。





「いつもここで飲むんですか?」

座っていたカウンター席の隣に、ナマエはそう切り出し座った。
まるで偶然の出会い、なんかじゃない。
オレが一人だろうがトーマ達と居ようが、そこに女が居ても、ナマエはずっと陰から見ていた。
オレがここの常連なのは以前から知っていたというわけだ。


多分これは、ストーカーってやつなんだろう。
今まで気にせずにやり過ごしてきた自分が怖くなった。


「私、ここのカシスオレンジ好きなんです」


女ひとり、カウンター席でのカクテルに、魅了する微笑み。
ナマエのくせに、男を虜にする力はかなりある。
確かに抱けるかと聞かれたら抱ける、かなりの高得点。但しストーカーを除けば。


「ジュースだろそんなの」

「立派なお酒ですよ」


必要以上にさくらんぼをくるくる回すから、気になって視線だけをずらした。そしたらさくらんぼのように顔が赤くなっていて、初めてオレが話したことに気づく。

ストーカーのくせに、ウブらしい。



「私、バーダックさんのことが好きです」

「………は?」

「では、明日も仕事なのでお先に失礼します」


突然の告白に、二拍ほど遅れた。
ストーカーだから、好意があるのはもちろんわかっていたつもりだ。
けれど純情野郎だと甘く見ていたらしい。

ナマエはチップを置いてさっさと帰りやがったが、オレはその背中を見送らず再び酒を口にした。



「だーれだっ」



酒に潰された翌日、たまたま歩いていると背後から細い腕が絡みつき……オレは気にせず歩き続ける。


「バーダックさん!ね、ちょっとバーダックさんってば!!」

離れようとしないナマエを睨みつけてやりたかったが、ガキみてえに瞳をキラキラさせて、尻尾もぶんぶんと振っていた。
昨日の色気はどこへ行ったのやら。


「何の用だ」

「バーダックさん、大好きです!」


満面な笑みと、告白。
またオレは反応できず、声を掛ける前にナマエはぎこちないスキップで行ってしまった。

色気のあるナマエと、ガキみてえなナマエ。
いよいよ頭を悩ます存在になってきたが、考えることすらムカつく。
何に対しての舌打ちかわからず、ナマエに背を向け歩き出した。


「よっ、バーダック!元気ですかー?」

「今さっきまでは元気だったぜ」


メディカルマシーンに世話になった日、扉が開くとナマエが待ちかまえていた。
首から下げているのはカメラで、色んな角度から撮影するナマエはキャーキャー叫んでいる。
なんとなく状況が理解できたら、ナマエからカメラを取り上げそれを握りつぶしてやった。
目に涙を溜めたって無駄だ。
粉々に壊れたものは修復できねえよ。


「ひどい……でもそんなバーダックが大好き!」


復活早い…。




「バーダック様バーダック様、これでその……ナマエをお仕置きしてください!」


ある日は鞭を手渡され、日々の怒りを発散させるために思いっきり叩けば…


「愛の鞭………バーダック様、大好きです」



何故か喜び、さすがのオレも一歩引いてしまった。
だが便利な道具が見つかった気がして、次の日も叩いてみれば…


「ご主人様に刃向かうとは良い度胸してるじゃない。ん?この小汚い小猿が」


真逆な性格になっていて、今回はナマエが鞭で攻撃してくる。
だがオレはそれを軽々と全て避け、肩で息を吸うナマエの手が止まりオレの勝ち。

すると無表情で近づき、スッと手を伸ばすから自然と身構えた。
素手でくるかと思ったが、優しく頭を撫でられる。
ガキ扱いされてる気がして、あまり良い気分ではなかった。


「バーダック〜、居るんでしょバーダック〜?ねぇってばー!開けてよー!おーい!放置されたら泣いちゃうからね!!」

「うるせぇ!」

「あっ、バーダックだー!」


丸一日休みだって言うのに、連続で鳴るインターホンとバカでかいナマエの声で叩き起こされた。
こんな早朝で機嫌が悪いのは当然のこと。
けれどナマエはお構いなく家に上がり、部屋を一周し「大好き」と告げれば何事も無かったかのように去っていきやがった。

わけがわからねえ。



「よぉバーダック、お疲れの様子だな」
「……トーマか」

「残念だったな、ナマエじゃなくて」

「冗談よせ」


ナマエが現れるのは一日に一度。
(ちなみに今日は、昼過ぎにオレの飯を奪って去っていった)


慣れとは恐ろしいもので、時間が経った分ナマエの行動パターンは理解した。
時間や場所に決まりはないが、突然現れては何かをし、最後に告白をすると去っていく。

今のところ同じ行動をしていないため、そこは感心してしまう。


「あの子、お前以外に興味がないらしいぜ。オレが声掛けたら、時間を置いてバーダックさんの友人Aとか言いだしてよ」


困ったもんだなと愚痴を言っているように見えるが、その横顔はなぜか嬉しそうに笑っている。

「とりあえず、これでも飲みながら聞いてくれ」

そう言ってマスターに合図すると、俺の前にはご丁寧にさくらんぼの乗ったカシスオレンジを出された。

唯一ナマエが飲める酒。
オレからしてみりゃ、ただのジュース。



「なんだよこれ」

「早めに決断すべきだろ」

「なにがだよ」

「とぼけるな」



ナマエのこと……なのは既にわかっていた。
決断ってのも、気持ちに応えるかフるかの二択であって。


ナマエのストーカー行為に気づいたとき、オレの生活を邪魔した瞬間脅してやろうと思ってた。
けれどあいつはただ見ているだけ。気にする必要はなく、オレにつきまとっていても特に気になることはない。


つまり邪魔ではなく、居ても良い存在になっている。


「気が狂う前になんとかすべきだろう。愛に狂った女は、なにをするかわからねえ」


その言葉に、以前オレを見て「おいしそう」と涎を垂らしていたナマエを思い出した。
確かに、ネタ切れするとオレを殺すことだって考えられる。



だがナマエは……


「オレの返事を聞く前に、すぐ逃げんだよ」

「なんだ、答えは出てたのか」

「……どうだか」



ナマエとの時間を過ごしたとしても、本当のナマエをオレは知らねえ。

熱くなった喉にカシスオレンジを流し込むが、やっぱりそれはジュースだった。








「…あっ」

「なに逃げてんだ」



一日に二度会うのは異例であり、流石のナマエも驚きを隠せなかった。

オレを見るなり走り出すから襟部分を捕らえ、ナマエは空中をただひたすら走っている状況。

「とにかくここに座れ」


先ほどまでトーマが座っていたカウンター席にナマエを座らせる。

どうせならそっちがいいとオレの席を指差し、何故だと理由を問えば「温もりの違い」とのこと。

もちろん席は交換することなく、駄々をこねるナマエをテープでぐるぐる巻きにしてやった。
これで会話が出来る。まったく、世話の掛かるやつだ。


「オレはお前に、言わなきゃいけないことがある」

「私は、バーダックさんが大好きです」

「オレが話すから。ナマエ黙ってろ」

「伝えられる限り、私はバーダックさんに好きと言い…」



一方的過ぎて、例えるならベルトコンベヤーで流れてくるナマエの気持ちを、機械的に受け取っているだけ。

逆送しない限り、オレの気持ちはナマエに届かない。


ならば方法はひとつ。
停止させて、オレ自らがナマエのところへ行き、直接届けてやることだ。


不意打ちのキスをすることで、ナマエは停止する。
さらにオレの想いも届けられる。

我ながらナイスなアイデアだと思った。



「好きだ」





色んなナマエを見てきて、どれが本当のナマエなのかわからなかった。けれどオレへの想いは全部本物で、色んなナマエに愛されたのではなく、ナマエという女に愛されていて。そしてオレも…。


逃げられる前に想いを伝えられて、何だか勝った気になったオレは鼻で笑ってみせた。
しかしナマエの反応はなく、プルプルと震える顔を覗いてみれば


「もう限界。死んでもいい。悔いはありません」



目が回っていて、顔は真っ赤。次の瞬間ぼんっと湯気が立つと、テーブルに顔面を直撃した







オレたちは戦闘民族サイヤ人。死と隣り合わせの生活を送っている。

けれど個々の個性は豊かで、例えばこのナマエ。


オレなんかが大好きで、ストーカーで、ウブ。

正直この先どんな関係になるかは予測不可能だが、死ぬまで構ってやるのも悪くない。


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