ミルクとビター

「どういう風の吹き回しだ」

「ただの気紛れ。そうだ、ケーキ作ろう!的なね」



オーブンを覗き込み、膨らむ生地をただ見守っていたら他のやつが乱入してきた。
耳元でズズーっと啜る音にイラつき、睨みつけると本日ひとつ目のイチゴ牛乳を幸せそうに飲むバーダックの姿。

流れ的には疑問を持たないが、ここは私の家。自分の家並みにくつろぐバーダックが居るのはおかしな話しである。



「っと、ほらよ。オレに献上しな」

「ほれ」


バーダックはソファを独占すると、背もたれに手を乗せる。そして右手は私の方に向き、クイクイッと指を曲げた。
やることやって、さっさと帰ってもらいたい。



「おぉ、今年もなかなかだな。流石オレ」

「はい撤収」

「却下」


私がバーダックに渡したのは、チョコレートがパンパンに詰まった紙袋。

そう、今日はバレンタインデーで、バーダックに直接渡せないシャイな女の子たちは私を通してバーダックの手元に届けているのだ。

一応「私が食べちゃうかもよ?」とは言ってるが「バーダックとはただの幼なじみなんでしょ?」と言われる始末に。
それが信頼に繋がる根拠とは言えませんけどね。



「ッチ、これもビターか。おらよ」

「そんなにミルクがいいなら、本性見せればいいじゃない」

「ただでさえモテるオレだぜ。これ以上モテたらどうすんだ」

「ご心配なく。確実にファンは減りますから」



人を寄せ付けない一匹狼。

ツンとした表情と、ぶっきらぼうな声。


それのどこがいいのか、顔が整ってればなんでもアリなのかもしない。
長年の付き合いだが、未だにそこが理解できず。


けれどそれこそ毛皮を被った狼で、本当のバーダックは目の前に居るこいつである。



一口食べてはポイッと私に投げつけるチョコレートは、大人の味。

一匹狼のバーダックさんは、甘いミルクチョコレートを嫌うと世間様は勝手に決めつけていた。
しかし現実はその真逆。甘いのが大好きで、虫歯になって苦しんだり糖尿病になって私に泣きつけばいいと思う。


「おぉ、これぞまさにミルクチョコレート!やっとたどり着いたぜ至福の時間!」


背もたれに片足を乗せ、チョコを高く掲げる。
パクリと一口で食べると、全身がチョコのようにとろりとなっていた。
なんかこう、力が抜けた感じ。そのまま蒸発しないかな。



「後のお楽しみは是非ともご自分の家で。ほら、さっさと帰った」

「ナマエの目の前で食うからより一層美味いんだよ。ハチ公みたいにお座りしてても、やらねえぞ」

「一度もあんたの前でお座りしたことないけどね」



バーダックとのキャッチボールに疲れてきた頃、焼き上がりを告げるオーブンのメロディーと甘い香りが私を呼んだ。

美味しそうに焼き上がったビスキュイをつまみ食いし、次の工程へと移る。

一方その頃バーダックは、必死にミルクチョコレートを探し求め、分別されたビターチョコレートをポイポイ投げていた。そして数時間後。


「初の割にはなかなかね」

「オレのだったビターチョコをこう再利用するなんて、腐った女だな」

「捨てられるよりマシよ」


食べないからと言って、捨てるわけにはいかず。けれどバーダックを想い頑張ったチョコレートをそのまま食べるのもなんか嫌なので、一度溶かしてチョコムースにさせていただきました。
最低な女と言いたいなら言えばいい。その代わり、私を通すのは今後一切お断りさせていただきます。



「今から出掛けるけど、バーダックは帰る?」

「は?今から?」

「そっ、バレンタインデーはまだ終わっていませんから」


ケーキ用の箱に入れて、可愛い袋(さすがにそれは購入)でラッピングをし準備完了。


出掛ける支度を始めると、何故か勢いよくバーダックが追いつめてきたので自然と後ろへ下がった。が、背中には壁で正面にはバーダック。
顔すれすれにバンッと音を立てたから肩が跳ね上がってしまい、足の間にはバーダックの足が絡んできて身動きがとれず。

こんなにも体が密着したのは、小学生以来かな。
「前から思ってたんだけどよ、オレにはないよな」

「欲しかったの?いっぱいもらってるし、私なんかじゃ申し訳ないと思ってた」

「ガキの頃はくれただろ、きのこの上の部分」

「懐かしいなぁ」



まさかバーダックがそんな事を覚えているとは思わず、ついふふっと笑えばご不満だったのか眉間に皺を寄せた。
そこまでチョコレートが好きだとは知らなかったな。



「じゃあ来年からあげるね」

「……今年はねえのか?」

「準備してなかったから、来年はちゃんと用意するって」

「だったらあれはなんだよ」


あれとは何ぞや。ん、とバーダックが視線で訴える場所には、可愛くラッピングしたケーキがあった。
私がケーキを作った事に、疑問を持ったらしい。


「あれはビターチョコレートだよ」

「元はと言えばオレのだ」

「食べれるの?」

「他の野郎に食われるよりかはマシだ」

「ふぅん。なら、おじさんとおばさんと仲良く食べる事。約束出来る?」




ケーキはバーダックのお父さんとお母さんの為に作った物だったから、無理がなければ勿論バーダックだって食べていい物だった。だけど自らビターチョコレートを食べるなんて、変なチョコレートでも紛れ込んでたのかな。



「じゃあこれね、確かに渡しました……まだ不満?」

「ナマエは、男にあげたりすんのか?」

「あげないよ。私みたいな酷い女が居ると思うと、参加する気無くすんだよね。まっ、どっかの誰かさんがもらったチョコレートを全部食べてくれるなら、気は変わるかも」

「なら一生無理だな」




何故か勝ち誇った表情で私を見下してきたので、急所目掛けて足を振り上げる。
するとバーダックは体勢を崩し、目に涙を溜めて睨んできた。

女にはわからない痛み?
女にも同じ激痛が走るのよ。
女だって痛いんだから。



「来年は私だけのを受け取ってね。そしたらとっておきの、あげるから」



膝を抱え、バーダックの目線に合わせてそう言った。
密かに焼き餅を妬いていたバレンタインデー。
来年は私も、バーダックファンに焼き餅妬かれるバレンタインデーにしてみよう。

そう想いを込めて、軽くチョップをお見舞いした。


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