「腹減った。メシよこせ」
ここは私の家。
それはテーブル。
足を乗せるそれ違う。
あなたお尋ね者。
その態度間違ってる。
「早くしろ。殺されてえのか?」
「逝くならせめて、じいちゃんが居る天国に…」
「よしわかったすぐに連れてってやる」
「ごめん嘘冗談!私まだ若いから死にとおない!!」
落ち着け私。
そうよ。こういう時こそ平常心。息を吸って、吐いて。よしバチコイ!
「召し上がれ!」
「お前、バカなヤツと見せかけて実は天才か?!」
「そういうバーダックさんこそ、賢そうに見えてアホなんですね」
得意料理のカップラーメンを自慢気に出したら「有り得ない」という表情で私を見るバーダックさん。
カップラーメンを初めて見たんだなというのはよくわかる。
が、ここは三次元。なぜあなたが居る?
* * * * *
数時間前に私はアニメのドラゴンボールを見てました。
そしたらね、悟空がブウに吹っ飛ばされるシーンで、出てきたんですよ。
テレビからバーダックさんが。
「はっ、えっ?」
「…チッ…だれだてめえ?」
「どうして、バーダックさん?」
「なぜオレの名を知ってる?」
お互いがぽかんとしてたと思う。
でもやっぱり、ここでの生活に納得しなかったみたいで家を2分程度飛び出したんですよね。
理由は見たことのない物が多すぎて帰ってきたのですが。
* * * * *
「お前、1人暮らしなのか?」
「戸建てで女子高生が1人暮らしとか、あり得ないですよ。家族居ますよ」
「なんだ、独りかと思ってたぜ」
「あはは。そのバンダナにバーダックさんの血も染めます?」
血管が浮き出るほどの握り拳を見せたが、逆効果だったらしく何故かやる気になったバーダックさん。
指をちょいちょいと曲げ、かかってきなと一言。
さすがサイヤ人、冗談が通用しない。
「家の中じゃ間違いなく壊れますし、私が死にます。一発KO即天国逝き」
「お前は地獄逝きだな」
女の子にふさわしくない乱暴な言葉を言おうとしたけど、少年のような、無邪気に笑うバーダックさんを見て言葉がつまる。
目の前に居るのは悟空……そんな幻覚を見せた。
「いやいや、そもそもバーダックさんがこの世界に居るのがおかしいんだよ。ならばこれは夢か、なら納得。起きろ私」
「……1人芝居か?」
ぶつぶつ喋り、自分の頬に平手打ち。そして縮こまる。
呆然と見つめるバーダックさんの視線が痛かった。
だけど頬が痛くて、夢じゃないらしい。
「夢じゃないなら、大問題じゃね?」
『臨時ニュースです。突如三次元に現れたのは二次元の人物。あの人気漫画、ドラゴンボールに登場する主人公、孫悟空の父親バーダックがテレビから現れた模様です。なお、今もまだ女子高生の家に滞在しているとのこと。詳しい情報は入り次第お伝えします』
【速報:ついに俺らの願いが叶った。神龍は存在した】
【バーダックのロリコン疑惑】
【俺の彼女は恥ずかしがって未だ出てこねえ】
「そんなの大問題ー!!!」
頭の上に浮かぶ妄想の雲を振り払い、一秒でも早く元の生活に戻るよう頭をフル回転させる。
バーダックさんが出てきたのは、悟空がブウに吹っ飛ばされたとき。
ならバーダックさんが戻るには……。
「うまいか?」
「なにやってるんですか!こんな一大事に!」
我が家のうさぎに人参を与えていたバーダックさん。
どこで見つけたんだよその人参。
「オレの息子、カカロットっていうんだ」
「それは存じています」
「大根も食え。葉だけど」
もう嫌だこの人。こんなキャラ崩壊したバーダックさんは見たくない。
強くて、仲間想いで、漢らしくて……。
そんなバーダックさんが。
「あら、お客さん来てたの?」
突然のご登場、我が家の母。
バーダックさんを見るなりスーパーの袋を落とし、手で口元を隠し動揺し始める。
出てきたりんごはバーダックさんの元へ転がり、これなんて昼ドラですか?
「……ターレス」
「ちょっと惜しい。てか、なぜ知ってる?!」
普通のリアクションは悟空のはずなのに、母さんなかなかやりおる。
「ターレス?こいつの名前か?」
「どうして長年飼ってるペットを見て動揺するんですか。あなたの存在に驚いてるんですよ」
「……イケてる男だもんな」
「少し黙りましょうか」
腕を引っ張り私の部屋へ強制連行。こうなりゃ一か八かです。
「バーダックさん、思いっきり画面にぶつかってください」
「は?」
「二次元と三次元の境界線は薄い壁でできてます。液晶画面や紙、怖くなどありません」
「失敗したら、面倒見てくれるんだろうな?」
「まぁいい。………じゃなくて、失敗したら他の方法を考えますよ。目の前のあなたも素敵ですが、やっぱり向こう側のあなたの方が素敵です。数時間でしたが、楽しい一時をありがとうございました」
誰だって一度は思い描く夢。
憧れのあの人が、画面から出てくればいいのにって。
だけど今回の事でよくわかった。
あなたは、あなたの世界に存在するからこそ輝いているの。
だからこそ、好きでいられる。
もしも同じ世界で生きるとしたら、それは夢でお会いしましょう。
「ありがとう、バーダックさん」
悟空が奥に吹っ飛ばされると同時に、バーダックさんを画面に押しつけた。
すると狙い通りに、液晶画面に吸い込まれるバーダックさん。
さすが私、天才。
「おもちゃはおもちゃ箱に帰る、その発想よ!!」
オーホッホッと高笑いすれば、気持ちよく声が反響した。
おかしいなと思い辺りを見渡せば、そこは黒と赤がメインの暗い世界。
私の部屋、いつの間にイメチェンしたのかしら。
「なら、悪者は地獄にってことだな」
「…………境界線はどこですかー!!」
目の前に立つのは、意地悪そうに笑うバーダックさん。
そしてここは、私から見た向こう側の地獄。
緊急事態発生です。
「それはダメですって、色々と問題が起きてますよ!」
「まぁいいじゃねえか。来ちまったもんはしょうがねえ」
それに、こっちのナマエが気になってな。
「………へ?」
小さく漏れた言葉の意味は、私にはわからない。
だけどもしかしたら……
「行くぞナマエ、ついて来い」
「勝手に行くの禁止です!」
本来の生活に戻れる時、全てがわかるかもしれない。
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