ギギィ…とドアの開く音がすれば、ひょっこりと金髪のカカロットが屋上にやってきた。
震える体を擦りながら、けれど表情は少し強張っている。
昼間は暖かくても、日が沈み掛ければ冷え込む。それにこの季節はあっという間に沈むから、多少の風でも寒い。
ちなみに今は、夕日が綺麗な下校の時刻。
屋上のカギを頂戴した私は、カカロットを急遽呼び出した。
「オレにも都合があんだよ」
「別に無理にとは言わないけど」
「どこがだよ」
カカロットが開いたガラケーには、数分前に送った「私を待たせるな」というメールが写し出されている。
だけどその数分前は愉快なもので、校門付近でそのメールを読んだカカロットは、慌てて校舎へ走り出していた。私はその姿をここから眺めていたから、思い出しただけでも笑えるのだ。
「素直な子は可愛いわよ」
「そんな言葉でしか呼び出せない姉ちゃんは不器用だな。悩み事があんなら素直にそう言えって」
いつもは姉である私が上に立ち、ふたつ下のカカロットを好き勝手振り回している。
それにこの弟、カカロットは、普段はのほほんとしていて私の言いなりなのに、ここぞと言うときは一枚も二枚も上手になるからそこが悩みかもしれない。
何も考えていなさそうに見えて、実は洞察力が優れている。
肝心な部分は鈍感だけどね。
「ほらよ、冷えるだろ」
「さすが兄ちゃんの弟!気が利くわ」
慌てていた割にはしっかり自販に寄って、ホットココアを買ってくるファインプレーに拍手した。
オレを誉めろとカカロットは言うが、面と向かって素直になれないのは不器用の証拠。
男ができない理由はそこにもある。と、カカロットが指摘してきたので殴っといた。
「暴力反対」
「父ちゃんの拳骨と比べたら可愛いもんよ」
「それより理由はなんだよ。胸が小さいならターレス辺りに揉んで」
「本気で殴るわよ」
「殴った後に言わないでください……」
ポコッと膨らんだタンコブから湯気が立っていて、カカロットは小さく縮こまりながら優しく撫でていた。
姉にセクハラ発言した罰です。カカロットが悪い。
「あんた、一年のくせにエースじゃん。どんな感じなの?」
「どんなって?」
「……期待されることが逆に荷が重い、とか。天才でも苦労するでしょ」
なぜか武道系全ての部活に所属し、その全てのエースになっているカカロット。
元々センスはあったけど幼いときから武道家に囲まれたせいか、大会は連勝、相手になる人を求めて既にあの天下一武道会の本戦にも出場しているぐらいだ。(賞金は我が家の貯金へゴー)
それでもカカロットは言ってしまえばまだ子ども。
不安や緊張、ストレスに関して気になっていた。
「怖いって思うことはあるさ」
「カカロットにも?」
「オレにだって色んな感情を持ち合わせてるよ。でも、わくわくするのが一番だ」
ただ、自分勝手な行動に周りを困らせることもあるかな、と、手摺りに顎を乗せ、カカロットは嬉しそうに笑う。
その笑顔に槍で突き刺されたみたいに心が痛く、同時に悩みを言うのが恥ずかしくなった。
「私は……頭の中がごちゃごちゃしてる…」
引退を延ばして出場するウィンターカップ。
なのに突然、今までに積み上げてきた大事な土台が壊れた。
乗せるものがあっても、乗せる場所が無ければ意味がない。
どうすればテコ入れができるのか。でもそれ以前に、土台そのものがわからずにいる。
「頑張るって、何なんだろ。私は頑張ってるのに、人の目にはそう映らないのかな」
ここ最近コーチに言われる言葉が“もっと頑張れ”
新チームがメインなため、3年生はおまけの存在なのかもしれない。
今更な気もするけど、それでも私は技術を磨きだい。もっとアドバイスが欲しい。
なのにもらう言葉が“頑張れ”
私が感じている思いを口にした。
カカロットの横顔を盗み見したけど、ちゃんと聞いているか不安になる表情をしている。
するとカカロットは、不意にこんな言葉を呟いた。
「父ちゃんはさ、試合前にこう言うんだ……“精一杯やってこい”って」
「……私もそう言われ続けた」
「気が楽なんだよな。期待に応えようと考えるな。自分の納得のいくようにやれ。そう言われてる気がしてさ」
家を出る前に、名前を呼ばれて引き止められる。
新聞越しのぶっきらぼうな言葉だけど、力になっていたのは確かだった。
「自分が納得しなきゃ意味がねえ。全力出さなきゃ、周りは認めねぇ」
「つまり、私はまだ全力を出していなかった……」
「自分でも気づかずにストッパーかけてんだろうな。これでいい、って」
「――っっ!?」
視線が絡み合うと、全てを見抜いているかのようにカカロットはそう言った。
無意識に決めたストップと言うが、そんなんじゃない。
私は意識的にストップをかけたんだ。
メインは3年の私じゃない。
だから目立つ必要なんてない。
もう二度と真面目に部活は取り組まないだろう。だから技術を磨く必要なんてない。
毎日120パーセント出すなんて、そんなのできっこない。
「身体を動かす以前に、気持ちが既に諦めてた……だから誰も認めてくれない。私自身が、納得してないから……」
「自分が納得したものを認めてくれんのは自信に繋がる。だからまた努力する」
「だからカカロットは強いんだね」
「それだけじゃねえさ」
カカロットは指を上げると、オリオン座をなぞるように動かした。
じっとしていられないのは照れてる証拠。
素直な、カカロットの気持ち。
「オレが今ここにいるのは、支えてもらってるからだよ。父ちゃんには自信を、兄ちゃんには生活のサポート、姉ちゃんには……」
「……なによ」
顔には出ないけど、父ちゃんはいつも応援してくれる。
兄ちゃんは、自分の生活リズムの中でサポートをしてくれた。毎日のお弁当、汗を掻いた服を洗濯してくれて、試合前夜は験担ぎにカツ丼を作ってくれた。分からない勉強も、夜遅くまで付き合ってくれた。
私一人じゃ、できっこない。
でも私がカカロットにしてあげたことって………。
「笑顔…かな…」
間抜けな声が出るかと思ったけど、それすら出ないほど茫然としてしまった。
もし血の繋がった弟でなかったら、間違いなくコロッと墜ちてたに違いない。
「オレ以上に喜んでくれるしさ、姉ちゃんの笑った顔、好きだぜ」
「姉をからかうんじゃありません。でもそれ同感。カカロットの姿見てると、自然とやる気が湧いてくる」
何事もそう。一人なんかじゃない。
その時はわからなくても、後になれば誰に支えられていたのかよくわかる。
だから、恩返ししなくちゃ。
言葉なんかじゃない。
私を信じて支えてくれてるんだから、態度で。
もちろんありがとうの気持ちは忘れないよ。
もしかすると私は、この星の数と同じぐらいに支えてもらっているのかもしれない……なんてね。
「さてと。兄ちゃんにお使い頼まれてんでしょ?手伝ってあげる」
「だったら代わりに行ってくれ」
「私より先に校門へ行けたらね。負けたら仲良く同行よ」
「潔く負けを認めさせてやるさ」
合図は奇跡的に流れ星が担当し、同時に動きす。
まず目指すのは、上履きからローファーに履き替えるため玄関へ。
でもそれは履き替えるためであって、既にローファーの私は玄関に用はなかった。
ここが屋上だろうが関係ない。柵を乗り越え木に乗り移ればショートカット。持ち前の運動神経はこんな時にも役立つのだ。
「卑怯だな。勝敗がわかっておきながら仕掛けるなんて」
「見極めないカカロットが敗北したのよ。あんた、そういう所が鈍いんだから」
全力出さなきゃ、きっと後悔する。
時間は戻らないんだもん。
その時にできる精一杯をぶつけてみよう。
そして、感謝も。
「カカロット」
「ん?」
「いつもありがとう」
どこを向いても応援してくれる人達がいる。
だから私は、この広い空の下にいるんだ。
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相互をしてくださっているminami様が帰ってきた記念に。
あれです、プレゼントを無理やり押し付けて、逃げるあの感覚です。
内容は私の意見をただぶち込んだだけなので、お気に召さなかったら本当に申し訳ないです。
これからもminami様のお話が読めるのを嬉しく思います。わくわくキュンキュン、いつも満腹して帰ってきてますw
それでは改めて、お帰りなさいませ!