お日様メロンパン

――…ちゃりん

ポケットの中で擦れたコインの音が、余計に緊張と不安を高めた。
左手を突っ込んで何度も念入りに数える。
コインが4枚。350ゼニー。


「時は来た!!」


まだ授業終わってねえぞ、と私を呼び止める先生をシカトして、長い廊下を走り長い階段を駆け下りた。
きっとこの後職員室にお呼ばれするだろう。
肩がぶつかったM字ハゲの人にボコられるだろう。
なんて恐ろしい未来。でもそんなのは、あれと比べたら可愛いものなのです。



「おばちゃんいつもの!!」


焼きたてパンが売られる購買で、私はポケットに入れていたお金を台に叩きつける。
するとおばちゃんはニコニコ笑うと、お目当てのそれが姿を現した。

「いつもありがとう」

「また来週来ます!」

おばちゃんには申し訳ないが、できるだけ時間は短縮したい。時計を確認し、今度は地下から屋上庭園目指し階段を駆け上った。
毎週金曜日に売られるリッチメロンパン(350ゼニー)を買いあの人に届ける。
それが私の、生きるための試練です。


「…お…たせ……す」

「……遅い」


ベンチに寝転がるその人にリッチメロンパンを突き出すと、目を閉じたままそう言われた。
金色の髪、胸元全開のシャツ。一目でわかる、お決まりの不良スタ…

「いだっ!」

「ああ悪ぃ。蚊が頭に止まっててよ、叩いてやった事に感謝してくれ」

「蚊を殺してたら感謝します」

「んー、だめだ。逃がしちまった」

ほれ、と大きな手の平を私に見せるのはいいが、そもそも蚊なんていなかったのを私は知っている。
この人……カカロット先輩は、暗黒魔界の魔王なのです。


「んなことねえって。これでもオレ、信頼関係は幅広いぞ」

「いやいや、下部の間違いじゃ………カカロット様素敵!私みたいなろくでなしが、カカロット様のお役に立てて幸せでございます!!」


無邪気な笑顔で一枚の写真を見せてきた。
そこに写るのは……墓まで持っていくレベルです。
口が裂けても言えない!!


「別にパシりを卒業させてもいいんだぜ。その代わり、これはオレとお前だけの秘密じゃなくなるがな」

「嫌だなカカロット先輩、私達だけの秘密って素敵じゃないですか。あははは!」


こんなものが学校中に流れてみろ。もれなく私は土に潜りますよ。

「それよりリッチメロンパンです」

「おう、サンキューな」


そもそも、全ての始まりはこのリッチメロンパンにある。
私は入学当初リッチメロンパンが気になりすぎて、上級生だろうが何だろうが構わず買いに行ったのだ。
戦争を勝ち進め、運良く最後のリッチメロンパンを目の前にした。しかし問題が発生。
50ゼニー足りなかったのだ!
どうやら100ゼニーと50ゼニーを見間違えていたらしい。
教室に戻ればお金はある。けれど戻ってきた時には、間違いなくリッチメロンパンがいなくなっている。
私は悩んだ。食べたい。お金足りない。諦める。今食べたい。

そんな時だ。ほらよと50ゼニーを私に差し出す人がいた。
金髪がやけに輝いて見えて、神様のような人。
それが、私とカカロット先輩の出会い。
でもね、良い人だと思ったのはそこまでだったのです。
その後、屋上庭園までついてきたカカロット先輩は私のリッチメロンパンを奪い、ペロリと食べました。

「いやー助かった。オレの所持金じゃ買えなかったからな、サンキュー」

「ちょっと待ってください。えっ、つまり割り勘的な感じ?」

「そうそう、割れた缶詰」

「割り勘です。それにしちゃ、多く払った私は未だ一口ももらってません」

「オレのもんはオレのもん。お前のもんはオレのもん」

「どこのガキ大将ですか!」

それでわーきゃーしてたらついうっかりどじをして、弱みとなる写真を撮られました。
以来私は毎週金曜日、数少ないリッチメロンパンを自腹で買いカカロット先輩に届けている。

「やっぱうめえなこれ!」

「私が体を張ってますからね。それより……」


実を言うと、一口も食べたことがないリッチメロンパン。
もちろんカカロット先輩はお構いなく、美味い美味いと幸せそうに頬張るから少しだけ嫉妬した。
でも、その顔が見れるなら頑張って買う甲斐があったと思えるから良しとしよう。

「先輩は、お日様みたいですよね。明るくて、みんなを優しく包んでくれる。前に先輩のクラスを覗いたら先輩が中心となってましたし、みんなが楽しそうでした」

「ふぅん」

興味ありません。と、行動で示すかのように、最後のひとかけらを空に投げパクリと口の中に入れた。
とりあえず一週間、生きられるみたいです。

「また来週、頼んだぞ」

「はーい」

毎週金曜日のお昼休みのみ、私はカカロット先輩のパシりとなる。他の時間は、ただの他人。どちらからも会いに行こうとはしなかった。それが、私達の関係。




「ごめんねぇ、今日は売り切れちゃったのよ」

「…それは、…面白いジョーク……ですね…」

悪夢だ。悪い夢を私は見ているのだ。
リッチメロンパンが売り切れ?
いつもと変わらずに教室を出たんですよ。今まで普通に買えたんですよ。なのに何で今日だけ……


「とりあえず、メロンパン、ください」


ごく普通の、120ゼニーのメロンパンを購入。
コインが増えたポケットは、虚しくジャラジャラと音を立てた。


「ついに、死ぬ時が来たのか……」

あの写真が学校中に広まる前に姿を消したい。
何なら、カカロット先輩から姿を消そう。
袋を握りしめた私は、屋上庭園前の踊場で小さくしゃがみ込んだ。
窓がないここは、薄暗く肌寒い。今の私にとって、最適の場だった。



「あれだけは…あれだけは…」

あの写真を撮られた私が悪い。
カカロット先輩と出会ってしまった私が悪い。
リッチメロンパンを食べたいと思った私が悪い。
この学校へ来た私が悪い。


恨んでも恨みきれない過去の自分。

もう顔を上げることすら嫌になった、その時…

「いつまで待たせる気だ」

お日様の光が、明るく、優しく踊場に注がれた。


「待ってやるのは3分。そう言ったよな」

「………」


逆光で表情は読み取れず、それでもご不満だとわかる低い声が私の動きを止める。
逃げられない。ならば最終手段。


「すみません…でした…」


ゆっくりと膝をつき、頭を下げた。たかがメロンパン1個で土下座なんざ馬鹿げた話だ。
けれども私は何度も謝る。
カカロット先輩が楽しみにしている時間を奪ったのは、紛れもない私だから。


「メロンパン、買えなくて…」

ぴろりん。

「できれば今回は見逃してくだ…………ぴろりん?」


状況に合わない音が鳴り、勢いよく顔を上げてみた。
するとそこには、携帯片手に愉快そうな、悪魔が降臨してなさったのです。


「安心しろ。オレは綺麗な心の持ち主で、尚且つ口は堅ぇ方だ」

「楽しそうに土下座の写真を撮るのは魔お……ひゃあ!」

これが瞬間移動。と言えるような速さで、ニコニコと笑うカカロット先輩の顔が近くにあった。鼻の先と先が触れ合うほどの距離だ。

「カカカカカカカカロット先輩!」

「オレは太陽みたいって言ってたけど、ナマエの方が太陽なんじゃねえの?顔真っ赤」

「だってそれはえーっと、ほらだふっ!」

「ははは!なんだよ“だふ”って」

パニクる私で遊ぶカカロット先輩は、確信犯だと言いたいぐらい笑っている。急に鼻を摘まれたらまぁそうなりますよ。乙女心などとうの昔に捨ててきた!!

「喜べナマエ、今日のオレは神様よりも優しいぜ」

「えっ、魔王復活?…ワーイ、カカロットサマー」

「たまには飴をやらねえとな。ほれ」

今更気づいたが、先輩が持っていたビニール袋から、あの、あのお姿が現れた。
私が買えなかった……リッチメロンパン……


「今回はオレの奢りだ。食え」

「カカロット先輩…」


世界の中心は自分だと勘違いしている可哀想な

「ぐへっ!」

「どうだナマエ、憧れのリッチメロンパンで叩かれる気分は」

「良い弾力で悪くないです。って違う!メロンパンで叩くな!私の心を読むな!」

「ったく、わがままはどっちだよ」

「カカロット先輩です!…あ!」

慌てて口を抑えても、出してしまった言葉は回収できない。もう一度土下座かなと腹を括ると、想定外の展開が起きた。

「へいへい、オレが悪かったよ」

「なに、その反応」

「言ったろ、今日のオレは優しいって」


階段に腰を下ろしたカカロット先輩は(ぺちゃんこな)リッチメロンパンを半分に千切ると、私に差し出した。
もちろん、その行動に一拍後れをとり私は受け取る。


「欲しいもんは、どんな手を使ってでも手に入れる。それがオレのやり方だ」

「なるほど。だから後輩の私でも容赦なくパシるんですね。納得しました」

「……没収です」

「ああ、私のメロンパン!!」

やはり言い方がよくなかったのか、機嫌を損ねてしまったカカロット先輩は私のメロンパンを奪った。でもいいの。私の手元には夢にまで見たリッチメロンパンがいるから。


「へへっ、いただきます」


ぱくり。一口食べただけでわかる旨味。口に広がる甘味と、外はカリッ、中はフワッのメロンパン。確かにリッチだ。


「幸せだぁ」

「………」


頬に手を当てじっくりと味わう私を、ただじっとカカロット先輩に見られていた。
嫌みでも言われるかなと覚悟していたが、これまた思いがけないセリフを。


「早くこうすりゃ良かった」

「何がですか?」

「この鈍感野郎」


鈍感……そう言われたのは初めてだが、私は意外と敏感な方だ。だってほら、カカロット先輩が急に顔を近づけてきたんですよ。鈍感な子は「どうしたの?」と余裕を見せて笑うはず。でも敏感な私は冷や汗だらだら。

「あのー、カカロット先輩?」

「わざわざこのオレが口元のカスをとってやんだ。ありがたく思え」
「いいです遠慮しますできますから!」



階段ですからね、後ろに下がろうとしても段が邪魔をして、むしろカカロット先輩に有利な体勢になるんですよ。

その後の事ですが、手を離したリッチメロンパンが宙を舞い、お日様と重なったところまでは覚えています。

それより先は……ある程度までならご想像に任せますよ。

私は思い出したくありません。


「来週からは2つ買ってこい」

「えー、どんだけ食いしん坊なんですか」

「文句ばっか言うな、鈍感野郎が」




いつかはお財布も底を突く。
悪ぃ悪ぃ、お金無くなっちゃったテヘッ!
なんてぶりっこしたら間違いなく殺されますが、丁度よくお小遣いがもらえるんですよね。
世の中上手くできています。




「まだ号令してないぞー」


今日も私は走る。金曜日にしか売られない人気のリッチメロンパンを求めて。
2人並んで食べる、至福の時間を過ごすために。


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