コンプレックスとは言わせない

「兄ちゃんがナマエを守るから」

「ナマエ、おにいちゃんのいうことちゃんときく」





「「指切拳万、嘘ついたら針千本呑ます」」



絡め合った小指は、強く上下に振られた。
それは、強い決意を誓うために。








ピピピ…―


午前6時半。
鳴り響くアラームが1日の始まりを告げる。
夢から覚めた私は、まだ重たい瞼を擦りながらリビングへと向かった。


「おはようお兄ちゃん」

「おー起きたか。顔洗って飯食っちまえ」


我が家の朝ご飯は時間厳守。
両親を失った私たち兄妹は、7個離れた兄であるバーダックが朝ご飯を担当しているからだ。

「っとこんな感じかな。相変わらず上出来」


私が席に着くと、入れ替わるように洗面所を使うお兄ちゃん。
歯を磨いて、人一倍凄いくせっ毛の髪を整えて。
それが終わると、ネクタイを少し緩めたスーツ姿のサラリーマンに変身する。
最後に、先ほどまで作っていたお弁当とお茶を鞄にしまうとお兄ちゃんの朝が終了するのだ。

「鍵しっかり閉めろよ。遅刻すんじゃねえぞ」

「わかってまーす」

「んじゃ行ってくる」

「行ってらっしゃーい」


お兄ちゃんが家を出る時刻は午前7時。私の朝ご飯が終わる時間。


「ごちそうさまでした」


洗い物を済ませて、自分の準備に取りかかる。
そして最後は同じく、お兄ちゃんが作ったお弁当と水筒を鞄に入れて、私も学校へ向かう。


午前7時30分。鍵の閉める音が、静かな家に鳴り響く。



これが、私たち兄妹の日常的な1日の始まりであるだ。




「えぇ!!このお弁当、お兄さんの手作りだったの!?」

「そうだよ。朝、昼はお兄ちゃんの手料理」


私が幼稚園入学後、初めてのお弁当で大泣きしたのが全てのきっかけ。
当時小学生のお兄ちゃんは本当に不器用で、家庭科は“もっとがんばりましょう”の評価。
そんな人が朝早くにお弁当作りは無理な注文だった。
お弁当箱につめられたご飯の上には、海苔がぎっしりと乗った海苔弁当が印象的で。
それでもお兄ちゃんは、私のために頑張ってくれた。
その証である両手に貼られた絆創膏も、不器用な所が全開に出ていたのを今でも覚えてる。


「だってこんな可愛らしいお弁当……さぞかし可愛い人なんだろうなぁ。社会人でもいるよね?可愛い人」

「そ、そうだね」



きっと友人の頭の中には、常にお花畑状態の、ふわふわした男性を思い描いているはず。
おかずに刺さるのは可愛い動物たち。ソース入れもご丁寧にくまさん。
お気持ちはわかりますが、残念ながら私の兄は全然違うのです。
これぞ漢!と言えるほどで、目つきめっちゃ悪いです。
妹の私が言うから間違いない。

「お、噂をすればなんとやら。お兄ちゃんからメールだ」


帰りが遅くなるので夕飯はいない。

たった一文のメール。素っ気なく感じるかもしれないが、機械音痴なお兄ちゃんからしてみたら上出来レベルでもある。

了解です。

と返事をし、ふと頭を動かした。
多分呑みに行くんだろうけど、私の事を気にしてくれて基本お兄ちゃんは真っ直ぐ帰ってきてくる。
参加する場合は、それなりの理由があるらしい。社会人は大変だな。



「…うーん、帰りが遅いとわかると、なぜかちょっと寂しい」


学校が終わり、買い物袋を玄関に置くと家が広く感じた。
高校生にもなって兄離れができないのは少々問題かもしれないが、お兄ちゃんは私の親でもあるからね、決してブラコンじゃないよ。

「静かだ」

とは言っても、お兄ちゃんがいない夕飯はやっぱり静か。
今日の出来事をお兄ちゃんに報告する楽しい時間が削られると、黙々と箸が進んでしまう。



「ナマエちゃん起きてるかー?」


「……今行きまーす!」


ソファーで意識が飛びかけた頃、玄関から名前を呼ばれ現実に引き戻される。

そしてそこに居たのは、トーマさんの肩をお借りしている、顔がほのかに赤いお兄ちゃんだった。


「悪かったなナマエちゃん、兄ちゃん借りちゃって」

「たまには息抜きして欲しかったのですが、こちらこそご迷惑おかけしてすみません。それよりあの、ツッコんでいいですか?」


私が就職祝いにプレゼントした赤いネクタイを、頭に巻きつけて私は酔っ払いです。と主張するお兄ちゃんが気になって仕方ない。
トーマさんが言うには


「これで最後だぁぁ!って一気飲みしたら完全に潰れてよ」


はっはっは、と豪快に笑うトーマさんは、お兄ちゃんをソファーに投げ捨てた。それでも起きないお兄ちゃんもお兄ちゃんだけど、2人とも、かなり酔ってらっしゃる。


「ありがとうございました。帰り、気をつけてくださいね」

「ナマエちゃんも、あの酔っ払いに絡まれねえよう早く寝ちまえよ。じゃあ、おやすみ」

「はい。おやすみなさい」



酔っていても、最後まで爽やかな笑顔を見せるトーマさんはさぞかしモテるんだろう。
そう思いながら、私はお兄ちゃんを起こすために声を掛けた。絡むなと言われたけど、できればベッドで寝てほしいからだ。


「お兄ちゃん、お兄ちゃんってば!」


揺さぶってもなかなか起きそうにないが、その時、アルコールの匂いと、女性の匂いが、私の嗅覚を刺激した。
覚悟はしていたけど、やっぱり席には女性も居たらしい。
けれども、匂いがつくほどの距離って……。


考えれば考えるほど、お兄ちゃんのプライベートがわからなくなってきた。
彼女がいてもおかしくない年齢だし、結婚を視野に入れてもいい歳でもある。

とすると、そんな事がいつ来てもいいように、心構えが必要になるみたいだ。




「…ナマエ」

「―!?」


スッと上半身を起こしたと思ったら、何を考えているのか、不意にお兄ちゃんが私を抱きしめた。
酔っているのか寝ぼけているのか、それでもやっぱり、匂いがツンと刺激する。


「ナマエが一番……可愛い」

「………は?」


その言葉を最後に、お兄ちゃんは夢の世界へと旅立った。







後日トーマさんに話を伺った所、酔ったお兄ちゃんは私をべた褒めしていたらしい。
口を開けばナマエナマエと。お兄ちゃんに擦り寄る女性がどん引くほどだから、かなりのシスコンを発揮していた。と、トーマさんは苦笑いしながら語ってくれた。

なるほど、私がブラコンじゃなくて、お兄ちゃんがシスコンだったのか。



「あれ、私、自分のベッドで寝た記憶がないのに」


目が覚めると、それはいつもと同じ場所にいた。
昨日の夜、記憶が正しければ床で寝ていたはずなのに。


「お兄ちゃんおはよー。二日酔いとか大丈夫なの?」

「それは平気だが、代わりに記憶が全くねえ。気づいたらソファーで寝てて、床にナマエが寝てた」

「なんだ、記憶は正しかったのか。それよりこの香り、朝ご飯ってフレンチトースト?そうだよね?!」

「ただし、ナマエは一個な。お前は少し痩せろ」


その意味を理解するのに、時間はかからなかった。どうやらベッドに瞬間移動をしたのではなく、お兄ちゃんが運んでくれたらしい。
どこまでも面倒見の良いお兄ちゃんだ。


「ねぇお兄ちゃん、もし彼女できたら早めに言ってね。急に結婚するって言われたら、驚いて家出しちゃうから」

「世話のかかる妹の面倒で、今はそれどころじゃねえよ」

つまり、私が一人前にならない限り、お兄ちゃんに彼女はできないらしい。
半分申し訳ない気持ちと、もう半分、お兄ちゃんは私のお兄ちゃんでいてくるという嬉しさ。複雑だけど、お兄ちゃんの幸せは私の幸せだから、オッケーってことで。


「いただきます!」

「いただきます」


休日は、朝食から2人で食べられるから大好きです。
今日は何をして遊ぼうか、そう考えながら、口に広がるフレンチトーストを楽しみました。


「この後、とりあえずナマエは掃除機掛けでオレは洗濯な」

「なんですと?!」


一瞬にして、ルンルンな休日のスケジュールが破壊。


掃除機の音と私の叫び声、お兄ちゃんの重たいため息を吐くのは、数時間後のお話です。

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