幼なじみを男として意識した途端、今までの感情には戻れない。
けれど緊張と不安、さらに戸惑いが私たちの関係をギクシャクする。
上手くいかないなら、今までみたいに幼なじみにしとけばよかった。
だけどもう、後悔した時は後戻りできないほどの感情で…
「恋煩いってやつ?」
「恋に悩む乙女は大変なのよ……へっ?」
「ナマエちゃん、顔死んでる」
鏡越しに映る悟天くんは、愉快そうにけらけら笑っていた。
しかし問題はそこじゃない。
なぜ悟天くんがここにいる?
私しか居ないが、女子トイレですよ。
「個室だし、別にいいかなーって」
「……よくないと思います」
「ほらほら、今はそんな事よりトランクスくんでしょ」
「そうそうトランクスくんなのよ……私って、わかりやすいですか?」
「長いつき合いだもん。て言うか、意識し過ぎじゃないかな?」
誰よりも鈍かった悟天くんは、知らぬ間に成長していたらしい。
さすが女の子大好き人間。
乙女心はばーればれ。
「なんでトランクスくんなんだろ。悟天くんの方が、男の子として意識したの早かったのに」
「それってさ、トランクスくんより、ボクが先にナマエちゃんを女の子って意識したからじゃない?」
「……一理ある。むしろ正論かも」
急に女の子扱いされて、その結果幼なじみから異性へと変化した。
悟天くんの発言はまさにその通りだ。
「ボクね、もちろん女の子は好きだけど、それと同じぐらい、トランクスくんも好きなんだ」
「うん。…ん?女の子と同じぐらい、トランクスくんが好き?」
「恋愛は、素直が一番だから」
今初めて目が合うと、悟天くんはニッと笑い女子トイレを去る。
私はただその場に突っ立ってるだけで、蛇口から出続ける水すら、頭に入っていなかった。
「まじでか…」
* * * * *
「…くそっ」
計算式で埋め尽くされた紙をクシャリと丸め、ゴミ箱目掛けて投げる。
しかしそれは角に当たり、虚しくコロコロと転がった。
余計苛立ち、オレから放たれるオーラはきっと黒いだろう。
クラスメートから集まる視線を見れば一目瞭然だ。
「ふぅん。トランクスくんにしちゃ珍しいミスだね」
「なんだ…悟天か」
「悪かったねナマエちゃんじゃなくて」
「なんでナマエが出てくんだよ」
「トランクスくんも素直じゃないなぁ」
放り投げた紙は、再びオレの前に姿を現した。
ずっしりと詰め込まれた数式。
しかし、何度解いても答えに辿り着けない。
だがそれを悟天が……あの悟天が指摘した。
「そもそも問題の数字と、トランクスくんが思いこんでる数字が違うんだよ。それじゃどんなに頭の良いトランクスくんでも、一生解けないよね」
こことここ。
交互に指を指した所を確認すれば、確かに数字を間違えていた。
凡ミスなんてレベルじゃない。
それに、勉学で悟天に指摘されるのは、それなりに堪える。
「そんなにナマエちゃんが気になるなら、アタックしちゃえばいいのに」
「できることならもうやってるさ。なのにアイツ、何が不満か知らないけど、オレを避けんだ。文句あんならはっきり言えっての」
「ふぅん。トランクスくんも素直じゃないね」
「はぁ?“も”ってなんだよ」
「この先もさ、常にナマエちゃんが隣にいるとは限らないしね。やっぱ恋愛は素直が一番」
ニッと笑う悟天に対し、クシャクシャだった紙はより一層皺を増した。
すると予鈴が鳴り響き、悟天は満足げにこの教室を去る。
それがまた、オレの癇に触った。
「素直になって、ナマエを失ったらどうすんだよ」
幼なじみだった友人が、異性としか見えない。
だけどナマエは、オレを異性として見ているのだろうか?
それとも、オレが変に意識し始めたから避けられているのでは……。
ナマエが欲しい気持ちと、失いたくない気持ちが半々にある。
「らしくねえ」
小さい頃はすぐに突っ走っていたのに、いつからオレは腰抜け野郎になったのか。
こんなにも悩むなら、ナマエを好きにならなきゃよかった。
「けど、もう遅い」
小さく音を立て、紙はゴミ箱へと吸い込まれる。
心地良い風が前髪を撫でると、少し心が晴れた気がした。
* * * * *
「バカだよなー」
素直じゃない。そう2人に言ってきたけど、一番素直じゃないのはボク…。
トランクスくんとナマエちゃんが両思いなのは知ってる(当の本人たちは気づいてないけど)。はっきり言えば応援したい。
だけど、まだ応援できない。
ボクたちはよく丸くなって遊んでた。
でも気づいたら三角形で、みんなの思いは一方通行。
2人には幸せになってほしい。だけどもし今つき合っちゃったら、ボクは邪魔者扱いされる。
高校生でも、まだまだ子ども。
急に親友を失うのは怖い。
だからごめん。
ボクがもう少し大人になるまで、友達でいて。
その時になったら、ボクは2人を祝福するから。
だから今だけは……。
「ほんと、素直じゃない」
授業を抜け出した午後、顔を手で覆い、小さくそう呟いた。
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