“言葉にしなきゃわからない”
と言うけれど、私はそう思わない。
声に出してみる言葉って、案外安っぽいから。
「お前の気持ちがわかんねえ」
前の男にそう言われた。
でもそんなのは気にしない。
例えどんなに愛してる人でも、声に出したくないのだから。
否、愛してるからこそ“愛してる”と言えないんだ。
一度も愛を伝えない私たちの関係を、周りはどう思うだろうか。
バーダックの仲間、セリパに聞いてみると「らしくていいんじゃないか」と言ってくれて、凄く安心したのはまだお腹にこの子を授かってなかった時だ。
「……っ?!」
気持ちが伝わればそれで十分。
私も頑張るから、バーダックも頑張って。
* * * * *
「うぇーん!うぇーん!」
「戦闘力は低いが、元気な男の子だ。よく頑張ったな」
「…ソン…ゴクウ……」
「この子の名前か?」
「…この子は、カカロット」
意識を失っていたのに、何かを見た。
フリーザ様の前に立つ、山吹色の服を身に纏ったバーダックみたいな青年。
現実に戻されたときには、カカロットが隣で泣いていた。
「気分はどうだ」
「ラディッツと比べちゃ元気。2人目って、案外楽なのね」
「めでたい時に言うことではないが、しっかり見納めとけよ」
戦闘力たったの2。それだけの理由で……規則だから、カカロットは地球という星に送られる。
私とバーダックの子なのに、ラディッツと違ってこの子には、母親らしいことはしてあげられない。それが凄く悔しい。
「だれなんだろ……」
独りきりになったこの部屋で、もう一度思い返してみた。
「まさかね」
カカロット=ソンゴクウ
そんな考えをあり得ないと笑って済ませる。
我が子がフリーザ様に刃向かうなんて絶対にない。
「1人で笑って、ついに頭がイカレちまったか?」
「バーダック?!」
「悪ぃ、トーマたちに仲間外れされちまったからよ、もう行くわ」
「待って!……カカロット、向こうに行っちゃ」
私の言葉を最後まで聞かず、バーダックは行ってしまった。
もしかしたら二度と見ることの出来ない息子なのに、あの人は、仕事が第一なのだろうか?
けど、戦闘民族サイヤ人。
それが当然だ。
子供に愛を注ぐ感情は、ごく一部の変わり者だけだから。
「ラディッツ、聞こえる?相槌もしなくていいから耳に入れてね。えっと、ついさっきカカロットが産まれました。晴れてラディッツはお兄ちゃんです。仕事頑張ってね」
スカウターに通した私の声は、果たして長男ラディッツの所へ届いただろうか。
そっとスカウターをテーブルに置き、そこにある水を喉に通した。
「ちょっと休憩」
先ほど出産したのが嘘のように身体は元気だったが、少し体力を消耗したみたいだ。
ベッドに横になり、目を閉じる。なんだか不思議と心地よい気分だった。
――もし言葉にするなら、最期の時だ。
――わかった。
それが不器用なのかはわからない。
でも私たちは、愛を言葉にしなかった。
100万回愛を囁くのはもちろんありだろう。
だけど私は、たった一度でいい。
だって言葉って、簡単に口から出せるものだから。
多いより、少ない方が価値がある。
「…ん……」
何だか懐かしい夢を見た気がした。
自信を持って、私はバーダックに愛されてるって思えたあの言葉。
カカロットが産まれたからか、より一層愛おしくなったのかもしれない。
『ナマエ……聞こえるかナマエ……!!』
重たい瞼をパチパチとしていた時、ノイズ混じりの通信が入った。すぐにスカウターを装備し、寝起きだからか掠れた声で、バーダックの応答に応える。
「聞こえますよー」
『今すぐ惑星ベジータから脱出しろ!!』
「脱出?」
らしくないその声に違和感を感じたが、寝ぼけた脳には危機感が伝わらなかった。
だって信じられる?
“フリーザはオレたちサイヤ人を裏切ったんだ”って。
フリーザ様のために、私たちは生きていたのに。
「何かの間違いだよ。だって、あのフリーザ様だよ」
『ナマエ、一度しか言わねえから、しっかり聞いておけ』
バーダックの声は徐々にノイズ音に負けてきて、一文すら聞き取るのが難しかった。
だけどしっかり届いたよ。
『愛してる』
それ以降通信が途絶えた。理由として上げられるのはスカウターの故障か、電波の届かない場所なのか。多分、スカウターが破損したに違いない……。
するとその時、微かな大気の揺れを感じた。
急いで外へ駆け出し、空を見上げる。
そこに広がるのは、点々とした光。
星の輝きではなく、不自然な動きで気功波の光だと気づく。
つまりバーダックは居るんだ、あそこに。
「バーダック、私……」
闘っている。彼はひとりで、闘っている。
フリーザ様に……フリーザの裏切りに気づき、バーダックは……
彼を信じる事しかできないのに、目の前に迫る恐怖で震えが止まらなかった。
これが、罪を犯してきた私たちサイヤ人の運命。
今更過去を恨んだ。
早い人生なら、もっとバーダックに伝えるべきだったのかもしれない。
私はただ、かっこつけていただけだったのかもしれない。
でも違う。
私は、私はバーダックを本気で愛してる。
私の考えは、間違ってなどいない。
「私はバーダックを信じてるよ。でもお願い、言わせて。……大好き。私はバーダックを、愛して…る…」
目の前に広がる眩しい光は、一瞬にして惑星ベジータを包み込む。
サイヤ人の最期は呆気なく、宇宙のチリとなり消滅した。
「ドドリアさん、ザーボンさん、美しい花火ですよ」
フリーザの声が宇宙に響く。
しかし、サイヤ人の耳には誰ひとり届かない。
否、希望を託された戦士には、届いたはずだ。
バーダック達の仇をカカロットが………孫悟空が討つ。
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