※捏造多いです
人気のない裏道に千鳥足で歩く女は
「終わる……あたしで終わる…」
呪文のように、ぶつぶつとそう呟いていた。
「あたし…の…ヒック…せいかよ……」
壁に背を預けずるずると腰を下ろし、ふと空を仰ぐが相変わらずこの惑星ベジータの空は不気味に赤く染まっている。
何度も眺めてきた景色だ。女はただ「あー」と嘆くと、そのまま浅い眠りについた。
『それは昔の話でね』
父と母、そして娘が川の字になる布団の中で、数少ない団欒の風景が女の夢の中で広がっている。
遠い昔の、女がまだ少女だった頃の思い出だ。
「…もも…割ると…」
「邪魔」
「…………っ何事!?敵襲!?」
道を塞いでいた女を邪魔に思ったのか、通りかかった男が蹴飛ばした。
女は吹っ飛び瓦礫の中。数十秒後に目覚め、反射的に構えるが目の前に立っているのは男が1人。
見覚えのあるその容姿に一瞬構えを緩めるが、一歩男から下がりすぐに体制を整えた。
しかし、何故か男から殺気を感じず、終には先ほどまで座っていた場所に腰を下ろしたのだ。
恐る恐る男の前までに近づき、様子を伺おうとしたその瞬間
「?!」
「相当のバカだな」
女は目を開き、この状況で妖艶に笑う男を見つめた。
脚を絡められ、両手も掴まれている。さらに男と女の関係だ。この先どうなるかぐらい、嫌でも脳裏を過ぎるだろう。
「私、赤ちゃん産めないよ?」
「………は?」
思いもよらぬ女の発言に、男は目を丸くした。
そして次の瞬間、女はいとも簡単に自らの力で脱出したのだから、驚くのは無理もないだろう。
サイヤ人に性別なんて関係ない。戦闘力の問題だけだ。
「若いってのはいいわねえ。どっこいしょ」
「婆さんかよ」
女は再び元の場所で腰を下ろし、隣に男も腰を下ろした。
既にもう襲うなんて事はしないその男だが、元々そのつもりはなかったらしい。ただ数少ない女を見たからちょっかいを出しただけ。そう告げると、女はもう一度、若いっていいわねえと目を細めて笑った。
「あんた、歳いくつ?」
「あら、いくつに見える?」
「……いくつに見られてると思ってる?」
「そりゃピチピチギャルってとこでしょ。じゃなきゃこんな色男釣れないわよ」
「…で、いくつだ」
「私はいいけど、レディに聞いたらビンタされるわよ。んで歳なんだけど」
その時、2人のスカウターに3つの気がこちらに近づいていることを示した。
徐々に近づきついにその姿を現した男は、驚くことに女の隣に座る男と同じ顔。大きな違いは肌の色ぐらいだろうか。
「バーダック」
隣の、浅黒い肌をした男は、聞こえるような舌打ちの後に目をそらせた。
逆に女は、バーダック、バーダック、とぼやき、脳の隅にある微かな記憶を引っ張り出す。
「あらやだ、私の息子と同じ名前だわ」
「バーカ、正真正銘てめえの息子だ。ほらよ」
やってきた男、バーダックは、抱えていた赤ん坊を女の腕に収め、清々しい顔で背を伸ばした。
一方女は、クエスチョンマークがいくつも浮かぶなか、腕の中で眠る赤ん坊と、前に立つバーダックを交互に見る。
そして……
「……私の子?」
「なわけねえだろ!…あっ、あながち間違っちゃいねえか」
「なるほどな。だいたい話は掴んだ、が、恐るべしサイヤ人。外見だけ若くても意味ねえな」
「これが婆さんだぜ、笑えるだろ」
「婆さん?私が?へっ、じゃああなたがバーダックで、この子が孫?!嘘やだ、時の流れって早いわね」
解説すると、この女、ナマエは正真正銘バーダックの母親であり、晴れてお婆さんに昇格した。
しかしお婆さんとは思えないその若さは、戦闘民族サイヤ人ならではの特徴だ。
次男カカロットが無事産まれ、産休中の妻の代わりに、息子たちの面倒を見ることになったバーダック。
しかし予想を遙かに越えた家事仕事は、どうやら本職よりも厳しい様子。
そこで誰かに手伝ってもらおうとした時、ターレスとナマエの気を見つけたのだ。
「つか、丸々バーダックの遺伝子だよな。さすが最下級戦士」
「死にてえか?」
「あらあら、私にそっくりですねー」
「どこ見て言ってんだ?」
「全体的に、可愛いところ」
「目ぇ腐ってんじゃねえのか糞ばばあ」
「そんなことないわよ。それにそっちの子もね」
すやすや眠るカカロットを高く上げて見つめるナマエは、視線を送らずにそう言った。
すると、今までバーダックの背に隠れていた長男、ラディッツが顔を出す。
「よおラディッツ、またでかくなったな」
「…こんにちは」
「でかいのは体だけだぜ。根性は持ち合わせてなくてよ、ったく、だれに似たんだが」
「あんたでしょ」
「あ?」
最下級戦士でも、一目置かれているバーダックのガンをもろともしないナマエ。
さすが母親だ。いくらグレても息子への対応は朝飯前らしい。
「あんたはまだ小さいとき家出をした。それから二度と帰って来ることはなかったが、今更再会。しかも息子を連れてくるなんてね。正直複雑な心境。都合良すぎ」
「あんな糞な家、オレじゃなくても出ていくさ」
本当に親子なのか。と思うほど、2人の間には火花が散っている。
しかしそれを見たターレスは、ラディッツの頭を撫でるとこう言った。
「何があったか知らねえし、他人様の事情に首は突っ込まねえ。けど、羨ましく思う。オレは婆さん所か母親の顔も知らねえんだ」
女は子を産む生き物。
女性が人口の1割のサイヤ人なら尚更の話で、子が母親を知らない所か、母親が子を知らないのも珍しくない話だ。
そんな中、小さいながらも強い、家族というチームを持つバーダックが羨ましい。と、らしくないターレスはそう語った。
「なら私が母親に…って言いたい所だけど、パートナーを見つける方が断然いいわね。案外、恋ってのはそこらに転がってるからさ」
「まるでオヤジが転がっていたかのような言い方すんな」
「あらやだなんでわかったの?アタリよバーダック。あなたのお父さんは転がってたのよ。むしろ死にかけていたわ」
まさかエリート戦士が最下級戦士に落ちるなんて思ってもいなかったなぁ。
小さくはっきりと、2人の耳にその言葉が入った。
まるで自分がエリートのようなその口振りに、息子であるバーダックは驚きが隠せていない。
アホなエリートなんて存在するはずがない、と。
「あれ言ってなかったっけ?私は今のベジータ王のお父さんに仕えてたんだよ。歳も近くて、立場を忘れて親友だったし」
「けどこの星を制圧した時は、今のベジータ王だろ?」
「残念な事にベジータくんのご両親が亡くなって。だから新たな世代の幕開け。それがここ、惑星ベジータ。にしても、あのベジータくんも息子、ベジータくんにターブルくんを授かるとか、ほんと時の流れは早いわよ」
「……混乱する話だな」
わかることはただひとつ。
ナマエがサイヤ人の中で、最年長だということである。
「正直言うと、バーダックはもう死んでると思ったからさ、我が家は私で途切れると思って落ち込んでたのよ。それに、この老いぼれた身体じゃ子どもは産めない。諦めてたわ」
ピクリとターレスの肩が跳ね上がった。あの時、ナマエに言われた言葉を理解したみたいだ。
それを尻目に見ながらも、バーダックは真っ直ぐナマエを見つめ、こう言う。
「オレたちに任せろ。それにこいつらも、オヤジとあんたの血、途絶えさせたりしねえさ」
「そうね。うん。初めて良いこと言われた気がする。これが親孝行ってやつかしら?じゃあついでに、ご先祖様から受け継いだこの話しも途絶えさせないで欲しいわ」
微笑むナマエとは対照に、額に汗を流すバーダックは一歩引き下がった。
恐れていたのは的中し、語り出される昔話は、家出の原因となったトラウマでもある。
「サイヤ人の仕事を、子供にわかりやすく説明するためのお話」
「あのなぁ、桃が墜落して割ると赤ん坊が死んでいて、爺さんも婆さんも死んだ後に鬼が村を制圧するって、これのどこが子供向けだ!」
「私は毎晩それを聞いて、立派に育ったんだから」
えっへん、と胸を張るナマエと、息子達の耳を震える手で塞ぐバーダック。ターレスも、ゾッとするような寒気を感じた所で一言
「家出してもおかしくない」
ごもっともな感想だった。
後に自分の家族を持つカカロット……孫悟空も、微かな記憶を頼りに我が子へと伝統を伝える。
出きることなら永遠と繋げたいが、青ざめた息子達を見ると、ここで途絶えてもおかしくないだろう。
しかし強さの秘訣であるこの血は、途絶える事なく引き継がれるに違いない。
戻る