この1週間は内容が濃く、充実したもので、人生で最も早く感じた時間だった。
もしわがままが許されるのなら、イマが止まればいいのに。
なんてね。
「私に付き合ってくれて本当にありがとう。“恋”についてなんとなくわかったかもしれない」
「じゃなきゃ、付き合ってた意味がねえもんな」
「それもそうだね」
徐々に冷え込むこの季節、屋上でのんびりするには少し肌寒い。
だからホットの飲み物で冷える手を暖めた。隣に座るターレスはブラックコーヒー。私はミルクティー。
同い年なのに、この味覚の差は何なんだと一人で笑ってしまう。
そんな私にターレスは若干引いてたけど、私は無理してもブラックコーヒーなんて飲めやしない。
だからターレスに合わせられない。
いや……合わせる必要なんてないんだ。
「恋って大変だけど、面白い。私たちだけしか知らない交換日記。わからないことは丁寧に教えてくれた。嫉妬の醜さも学んだっけ。本当に交際してるわけじゃないのに、調子に乗っちゃったね。それでも側に居てくれたから、気持ちは晴れた。たかが服装を選ぶのに時間は掛かるしさ。でもどこに居ようが、一緒なら楽しい」
この1週間で感じた、恋らしき感情を全て言葉にした。
私の、素直な気持ち。
あの日はなにをして、なにが起きたか。
すぐに思い返すことができる。
「なるほど、かなり学んだな」
さすがターレス様!
と、オレ様ぶるけど、やっぱりターレスで良かったって心の底から思える。
私たちの長き腐れ縁は、やっと友情へと進化した。そんな気がして、もっと早くから仲良くなれば良かったと後悔するぐらいだ。
もっと早くに友達……か……。
「…そうか……わかった!!」
「急にどうした?」
私は立ち上がりターレスと向かい合い、拳を突き出して自信満々にこう言う。
「親友の男の子!これが恋だ!!」
次の瞬間に、ターレスはひっくり返った。
奇跡的にコーヒーはこぼれてなく、無意識に拍手をする私。
ただ、なぜターレスがこうなったのかはわからない。
だけどそれはまるで、バラエティー番組を見ているかのようだったから、とりあえず笑っといた。
「オレの時間はいったい……」
「っとそうだ!あのさターレス、お願いがあるんだけど」
「延長の場合多額の金を請求する」
ベンチを直し、座り直すとそう言ってコーヒーを口にした。
延長料金という単語に突っかかり、これからは友達になってください……とは言い出せず。
勢いを無くした私は、そのまま地面にぺたんと座り込んだ。
「コンクリート冷たい。ターレスみたいだわ」
「確かに、オレの手は冷たいな」
「そうじゃ……なんでもない…」
ターレスに憧れを抱く女の子はたくさんいる。
もしかしたら、お金を払ってまで近づきたいと願う子だっているかもしれない。
私はターレスと友達を続けたいけど、お金を払うのはちょっと意味が違ってくる。
上っ面の友達は……って、贅沢言えないか。
「延長はしないよ。だからまた……腐れ縁に戻ろう。意味もなくターレスに近づこうなんてしないからさ。それが今までの私たちだよね」
夢は続かない。いつかは覚めるもの。
だったら綺麗のままで終わらせたい。
思い出として残しておきたい。
これ以上のわがままは……許されないんだ。
「それよりナマエ、報酬をまだもらってねえんだけど」
「あっ、そうだね!ほんと金欠でさ、クーポンとお金渡すから、それで勘弁……」
ほんのわずかの出来事なのに、時が止まったように感じた。
座り込んだまま、バッグから財布を取り出している最中にターレスは立ち上がり私に近づいた。
しゃがみ込み、一瞬目が合うとターレスの顔は目の前にある。
そして頬だけど、唇近くにしたのはあえてなのか。
「した後で悪いが、報酬はこれで許してくれ」
「あ、あのっ」
「それと、今までどおり交換日記は続行で」
言ってる意味がわからず、思考回路がぐちゃぐちゃのまま、帰ろうとするターレスの裾を掴んだ。
急にだったらか、それとも私の顔が赤いからか、ターレスは驚いた表情をしている。
「今もまだ交際中だからなの?!」
「は?」
「だってさ、その……夫婦であることの…誓いと言うか…」
「なぜオレがキスをしたか。それが聞きたいのか?」
ボンッと沸騰するかのように、顔は真っ赤になって湯気が立っているに違いない。
よくもまぁそんな単語が易々と言えるものです。
そしてターレスにとって接吻というのは……軽い弾みでできるものなのでしょうか。
不安と恥ずかしさでドキドキが止まらず、裾を掴んだままなのに目を合わせることができなかった。
でも、ターレスに何を言われるかが怖くなり、できれば先のことは聞きたくない。
ターレスが声を出した時、つい私は目をぎゅっと瞑った。
「キスは報酬としてもらったんだ。つまり、ナマエの言う男女交際が終わった後の関係」
「それじゃ、たかが腐れ縁でもそんなことができるって言うの?接吻……キスって、誓うためにする行為でしょ」
「なら誓うさ。オレが仕事して生活が安定したら、ナマエを迎えに行く」
ターレスの言葉に驚きを隠せないまま、つい顔を上げてしまう。
そしたらターレスは、見たことがない優しい笑顔をしてこう誓ってくれた。
「交際の次の関係はオレもまだわからねえ。けどナマエと一緒に学んでいきたい。今回の事でそう思えた」
「……次の関係?」
「姫は王手を待つもんだろ?ナマエはおとなしくしてりゃいいんだよ。必ず迎えにいくさ」
そっと私の左手を手に取り、顔に近づけると薬指に唇を落とした。
お試し男女交際では感じなかったこの感情は……いったい何なのだろう。
全身が痺れたり震えたり。
簡単な単語すらも噛んでしまうほど動揺している。
顔を合わせるのが恥ずかしいのに、視界から外せない。
これじゃまるで……
「ストップ」
ターレスの人差し指が、私が言おうとした単語を止めた。
お見通しなのかはわからないけど、今はまだ言うな、って。
「やっと友達になったんだ。学生のうちはこの関係を楽しみたい」
「友達になってくれるの?!いやー良かった。うん。ターレスと友達か。嬉しいや」「ほんとお前、友達いねえんだな」
「失礼な!……大学の友達は、居なくはないよ。うん」
「………まぁいいか。そろそろ戻るぞ。寒くなってきた」
「うん」
恋という感情がわからなくて、腐れ縁だったターレスにお試し男女交際をお願いした。
だけど本当は、その時にはもうターレスに恋をしていたのかもしれない。
だから私はターレスを選んだ。
後々知ることになるんだけど、ターレスは私に恋をしていたから引き受けたんだってさ。
これを両想いって言うらしいよ。
「……なんだよ」
「ぽてぇ〜とぉ〜」
「急にどうした」
「サクサク?ふにゃふにゃ?ターレスはどっち派?」
「そうだな。オレは」
「私はふにゃふにゃ派」
「あのなぁ……」
おわり。