バカは風邪を引かないと言うが、私は器用な人間だった。
考え込むと熱を出しては倒れ込む。
当然休日デートは中止。
急用が入って行けなくなったとメールをし、それ以来は携帯を開いていない。
寝ても治らない原因は、今現在も心がもやもやするからだ。
「嫉妬……だよね…」
たかが腐れ縁。
お互いの顔は嫌と言うほど見てきた。
それに、友達よりもただのクラスメートの関係。
ターレスが誰と付き合おうが知ったこっちゃない。
なのに嫉妬しているのは、どうしてだろう……?
「ターレスのこと、もっと知りたい」
「…………んっ」
夢か現実か。ぼんやりする頭でそんなことを呟いた。するとそれに答えるかのような反応が聞こえる。
規則正しい寝息。狭く感じるシングルベッド。とても暖かい温もり。
なぜターレスが、隣で寝ているのかしら?
「落ち着け……落ち着くのよナマエ。これはそう、夢!夢を見ているんだわ!じゃあ実体のこれはどう証明するの?あぁわかった。抱き枕だ。よくできた抱き枕ね。オホホホホ」
「……寝ぼけてんのか?」
「魂が宿ってらっしゃる!!」
「相変わらずバカな反応だな」
大きなあくびをして上半身を起こした彼、ターレスは、まだ眠いと漏らすと、再び横になる。
パニック状態なのに、思い通り動かない身体。そして熱が上昇した結果、キャパオーバーです。
「熱い…」
コツンと合わさるおでこで体温を測るターレス。
元気だけが取り柄じゃねえのかよと、嫌味っぽい言葉を言われても反応すらできなかった。
なぜターレスが同じベッドで寝ているのか。なぜ我が家にターレスが居るのか。なぜ私に構うのか……。
聞きたいことがたくさんあるのに、優しく撫でる手が心地よくて、すぐに夢の世界へと向かってしまった。
「ターレス……」
「早く元気になれ。話はそれからだ」
*
夢を見た。
とっても怖い夢。
手を伸ばしても届かない男の人の背中。
あと一歩のところまで来ても、女の人たちに邪魔される。
よく見るとみんな美人さんばかり。
思い切って名前を呼んでみた。
「ターレス!」
そうか、彼はターレスだったのか。
名前を呼んだ瞬間、見る見るうちに霧が晴れていき、見慣れた後ろ姿がはっきりと映る。
そして彼はゆっくりと振り返ると、こう言った。
「おめぇに食わせるタンメンはねえ」
「なんでやねん!!………って、あれ、夢?ターレス…は居ない…それも夢?」
あのターレスがギャグを言うはずないし、私と同じベッドに寝てるとかもっとあり得ない。
熱のせいで変な夢を見てたんだなと一人で納得し、ちょうど腹の虫が泣いた。どうやら食欲は戻ったみたいだ。
「お母さん、朝昼飯とおやつはまだかね」
「やっと起きやがった」
「……いひゃい」
頬を抓る。…痛い。
頬を叩く。…痛い。
台所に立つターレス。…は本物。
夢の世界に逃げ込もうと思い、走りだそうとしたら捕まった。
バタバタと暴れてみるが、ターレスの手がおでこに触れて止まる。冷たい手が逆に気持ちよかった。
「まだ熱はあるみたいだな」
「手が冷たい人は、心が暖かい人だと聞きます」
「はいはい。悪かったな冷たくて。ほら、腹減ってんだろ。飯作ったから食え」
「もしかしてタンメン?」
「そんなに食欲あんのか?」
正夢じゃなくて良かったと一安心して席に着くと、湯気が立つターレスくんお手製お粥が運ばれてきた。
気を遣ってくれたのか、生姜も入っているらしい。
「私の両親、出かけるって言ってた」
「タイミング良くオレが来てな、面倒見るから気にせずにって伝えたんだよ」
「なるほど」
長い付き合いとなれば、両親ですらターレスの名前と顔は一致しているらしい。
だからといって、弱った娘を放置するのもなぁ。
「ターレスは、私と一緒に居て楽しい?」
「急にどうしたんだ?」
「私はターレスを、独り占めしてる。よくないと思う」
「ほんとバカだなナマエは。好きでもねえやつの看病なんかするかよ。それに、独り占めしてんのはオレの方だぜ」
私の口元についたご飯粒を、ターレスは指で摘むとそのままパクリと食べしまった。
「さすがオレの手料理」
と自画自賛し、ニヤリと笑うから私の熱はヒートアップ。
なんて大胆な……むしろ不潔!
金魚のように口をパクパクしても言葉は出なかった。
ただわかるのは、当分熱が下がりそうにないということだ。
「あぁそうだ。今日中止したデート、明日実行だから気合いで治せ」
「無理だよ。それに、ターレスに移るのがオチだと思う」
「そんときゃナマエに看病してもらうさ」
私を殺したいのか!
なんて言ってやりたかったけど、お粥がおいしかったので言わないであげる。
でも本当にターレスに移りそうな気がして、帰ってもらうよう頼んでみたが却下された。
「彼女が苦しんでんだから、ほっとくわけねえだろ」
って。
よくわからないけど、胸がキュンと跳ねた気がする。
これも熱のせいなのか、だけどやっと、お日様が顔を出してくれたみたい。
『昨日の様子が変だったし、風邪を引くなんてらしくねえのな。けど、その感情は忘れないように。意外とカップルらしくなってきてるぜ』